百万の魔物掃討戦、その1~前哨戦①~
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そこからの動きは早かった。イェーガーとグルーザルドが翌日には出陣を始めたのだ。イェーガーとグルーザルドはわざと出陣後の動きを遅らせ、北の隘路もゆっくりと抜けた。もちろん奇襲を警戒して、という体で、諸侯のいち早い動きを促したのだ。
動きが早い諸侯は、それについてきた。合従軍合計16万の軍隊が、北部商業連合の集めた軍隊に合流するところだった。
途中、北部商業連合の諸都市を抜けたのだが、アルフィリースはどの代表とも顔を合せなかった。その理由を馬を並べて歩くリサが尋ねる。
「どうして無視を? これから戦うのであれば、顔合わせくらいはしてもよいのでは」
「その必要性を感じないわ」
「なぜゆえに」
「理由はいくつか」
アルフィリースは一本指を立てる。
「一つ目に、既にフェニクス商会を私は味方につけている。アルマスとも部分的に協力を取り付けたわ。この大陸における商業力はアルマスが圧倒的に一位、そしてフェニクス商会が追随を許さない二位。北部商業連合は第三位と言われていたけど、北部からの鉄鉱石輸入事業が上手くいっていないせいで、最近では三位から六位で差がないそうだわ。ちなみに、三位から六位までの財力を全て集めて、ようやくフェニクス商会と張り合える程度」
「組んでも旨味が少ないと」
「そうね。それに主義主張がなくて、なのに欲の皮が突っ張っている。ターラムを上手く取り込んでいれば三位の座は揺るがなかったでしょうに、それもできていない。北部の鉄鉱石加工事業なんて、ローマンズランドの胸算用一つ。私がローマンズランドの外政官なら、軍による圧力と関税で少しずつ利権を削って、紡錘事業を有利に運ぶわ。先の見えない商人なんて、沈みゆく泥舟と同じでしょう?
これを契機に解体して取り込むように、ターラムの支配者に進言しておいたわ。ターラムがその気なら、この戦争が終わって数年後には北部商業連合はなくなっているでしょうね」
リサは背中がぞくりとした。そんな裏工作をいつの間に進めていたのか。アルフィリースは二つ目の指を立てる。
「二つ目は、武器を扱うアルマスならともかく、実際の武力を持たない商人では戦のことはわからない。会うだけ時間の無駄よ。それなら現地の指揮官と会った方がマシだわ」
「現地の指揮官とは?」
「一応、都市自衛部隊なるものがいるようね。それらの指揮官はまぁ話せる相手だそうだけど、実際の指揮官はブラックホークの隊長ヴァルサスと、カラツェル騎兵隊の隊長オーダインだそうよ。彼らを雇うことに成功したのは北部商業連合を褒めてもいい点だけど、実際にはターラムが資金援助をしたようね」
「ターラムにとっても、隘路を抜かれるのは死活問題ですものね」
ブラックホークと、カラツェル騎兵隊を丸ごと雇って数ヶ月。それほどの財力がある商業連合だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
アルフィリースが三本目の指を立てた。
「三つ目。戦時における商人を私は信用していない。おそらく、北部商業連合は形勢が不利になると裏切るわ」
「不利に――オーク相手に?」
「いえ、それはまだ先の話だと思うし、そうなるとは限らないという可能性の話よ。ただあの隘路は5000も兵がいれば通行不能になるわ。そして北部商業連合が動員できる兵数はおよそ10000程度いるにも関わらず、隘路は5000で塞いでいる。彼らは知っているのよ、あの隘路を塞ぐ方法を」
「きな臭さいですね」
リサが鼻をつまむ姿をして、アルフィリースは少しだけ堅い表情を崩した。
「そういう胡散臭いのとは、一部でも関わった形跡を残したくないわ。以前ターラムに訪れた時についでに渡りをつけられないものかと連絡を取ってみたけど、侮られたわ。そんな連中とは対等に話すつもりもない。機会あらば潰す。理由は以上よ」
ここまでアルフィリースがはっきり言うのも珍しいのでリサは少しびっくりしたが、リサはアルフィリースの肩を叩くと告げた。
「そこまで明確に考えているのならよいでしょう。リサにできることがあれば言うのです」
「ありがとう。実際に潰す段階になれば、裏工作で戦うことになると思うわ。その際は情報統制をお願いね」
「お任せあれ、社会的な抹殺なら得意ですよ。ここまで大きい相手は初めてですが、腕が鳴りますね」
からからとリサが笑ったので、リサも大概なのか、それとも自分に合わせてくれているのか。アルフィリースはミランダといい、リサといい、旅の初期に良い友を得たと最近強く思うようになった。
「ではそろそろ防音の結界を解きます。戦の準備はよろしいですか?」
「ええ、リサもついにそこまでできるようになったのね」
「コツを掴んでしまえば簡単なものです。魔術での防音の結界も、結局は気流の操作ですし。それに魔術を介在させるか、気を放って同じようなことをするかの違いだけですから」
リサは簡単に言い放ったが、同じことをするにもさじ加減一つ違えば、100も数える間にセンサーは大幅に消耗する。それをリサは会話をしながら、半刻でも維持するのだ。全く無駄のないセンサー能力。大陸では同様のことができるとなると、十指にも満たないとか。
純粋なセンサー能力でS級に到達した傭兵はいまだいないが、リサはその領域に到達する可能性が出てきた。それも、今回の戦争次第では、すぐにでも認可が下りるかもしれないのだ。その時、リサは名実ともに大陸最高のセンサーとなる。
リサが馬を先に走らせながら、アルフィリースに告げた。
「アルフィが私にセンサーの部隊を組閣しろ、と言った理由がわかってきましたよ。この戦いを想定していたのですね?」
「ええ、いずれ来る可能性を考えていたわ。センサーが等級を上げるには、戦の経験が必要だと以前言っていたでしょう?」
「この戦いが終われば、イェーガーのセンサーは最低C級以上、B級とA級まみれになることを保証しましょう」
「今日の戦いでは、一匹も逃がさないつもりよ。そのつもりでお願いするわ」
「しばらく豚肉は食べられない覚悟で臨みますよ」
リサが手を振りながら持ち場に向かったので、アルフィリースも馬を早めて小高い丘に向かう。そこにいるのは、ドライアン、ヴァルサス、オーダイン。今回の戦いで先陣を切る指揮官たちだった。
続く
次回投稿は8/26(木)14:00です。