大戦前夜、その31~軍議②~
「皆様、こうは考えられませんか? 今は数が減った、だが軍は出動させてしまった――ならば、戦功をあげた方が国でも覚えがよろしかろうとは。ギルドで傭兵が狩ることができるほどの相手に、軍を出動させたのです。しかも相手はこちらの既に半分以下。普通、ギルドの依頼では4-5人で20-30体程度のオークを狩ります。戦功をタダで挙げる好機――そう思いませんか?」
アルフィリースの言葉に、諸侯が顔を見合わせ始めた。言われてみればその通り、有象無象の傭兵が狩る相手に対し、なぜ自分たちが恐れなければいけないのか。しかも相手の方が少ない――そう考えた諸侯は少なくなかった。
諸侯の顔色の変化を見ながら、アルフィリースはリサに地図を広げさせた。
「さて、現在の戦力図とこれからの戦略戦略を説明します」
「こんなものまで用意しているのか」
諸侯の一人から思わず感嘆の声が漏れた。アルフィリースは顔色一つ変えず、話を続ける。
「オークの軍勢に指揮官らしき個体はおらず、既に四分五裂しています。それぞれの群れを率いている個体はいるようですが、群れは大小さまざま。自国の戦力に応じて担当を決めていただきたく、戦力図を作成いたしました」
「一丸となってことに当たるのではないと?」
「戦術も戦力もばらばらなので、合しても上手くいかないこともありましょう。互いに秘密にしたいこともおありでしょうし。単独で事に当たるか、部分的に団結するかこれからまとめたいと思います。まず敵の群れですが、大きなものは三つ。こことここ、一番厄介なのは都市を占領してそのまま砦として使用している群れで――」
アルフィリースの説明は非常に理路整然としており、わかりやすかった。もちろん詳細な情報まで掴んでいるとは限らず、これから軍を動かすにあたって変化も当然出るだろう。だが現時点ではここまでの戦略図を作成することができるのは、この場にはアルフィリース以外いないことも事実だった。
いつの間にか諸侯はアルフィリースの話に聞き入り、それぞれが意見を述べていった。そしてどこに誰が当たるかをアルフィリースは全て聞き取り、絶妙に采配した。希望者がいなければそこはイェーガーや、自分たちに好意的な勢力を充てることとした。詳細は作戦行動開始前に最終調整することを伝え、夕刻前に会議は終了した。
会議が終わる頃、諸侯の表情には自信が現れ、戦いに向けて士気が上がりつつあった。そしてアルフィリースが軍師であることに不満を述べる者は、一人もいなくなっていた。
会議が終わり諸侯が自分たちの陣地に引き返す頃、その手際にドライアンとレイファン、それにミューゼが賛辞を送った。
「見事だったな。軍師に推した甲斐があろうというものだ」
「よくぞあそこまで滔々と語ることができますね。余程準備を重ねていたのですか?」
「軍事のことは門外漢だけど、話はわかりやすかったわ。あれなら不満を出す諸侯もほとんどいないでしょう」
「そんな、褒め過ぎですよ」
アルフィリースが苦笑したが、リサだけが疑問を呈した。
「しかし大戦力のことはさておき、よくもあんな敵の細かい戦力まで把握していますね。いつ情報を集めたのですか?」
「え、適当だよ? 多分、そうかなーって」
その言葉に、リサとドライアンたちが呆気にとられた。
「て、適当? 百人近い諸侯の前で、嘘八百を並べ立てたと?」
「八百はないかな、せいぜい二百くらい」
「不敬罪と虚偽報告罪、扇動罪で死刑相当ですよ!?」
「だって、これから出陣して敵に当たるまでにまた状況が変わるし、小戦力のことなんてわかるわけがないじゃない。そのこともわかっている諸侯は何人もいたよ? わからない方が世間知らずだってば」
「アルフィリース、嘘というのは完全な妄想なのか、それとも予測なのか」
ドライアンの言葉に、アルフィリースは悪そうな笑みを浮かべた。
「希望的観測で諸侯を煽ったのは事実だけど、おおよそ予測が当たると思うわ。戦力は過小評価しているけど、オークの数が戦うまでに増えたとでも言っておけばごまかせるでしょう」
「増えた・・・ああ、都市陥落からの日数を考えれば、そういう時期になりますか。知恵ある個体が率いている群れでは、特に」
レイファンがやや言いにくそうに告げたが、そろそろ都市が陥落してからの日数を考えると、連れ去られた女たちがどういう目にあっているかは想像がつく。オークが出産から成人になるまではおおよそ一月。減った分を補充していると考えても、おかしくはなかった。
「まずは出陣をすることが大切。動き出してしまえば、引き返すのも面倒だし、おそらくは一回は全員が戦うはず。一度でも勝てば、あとは勝手にやってくれるでしょう」
「悪い、さすが悪い」
リサが茶化すが、これにはアルフィリースも同意した。そしてアルフィリースがもう一つ、恐ろしい可能性を告げる。
「自分でもそう思うわ。でも出陣を急ぐ理由はもう一つ。大規模な魔物の一斉蜂起から、大魔王が生まれたケースがアルネリアの記録に残っているわ」
「そうなのか?」
「ええ。特に王として君臨する種類の、知的でカリスマ性に溢れた個体が出現したと。一番心配しているのは、軍隊として組織された訓練が始まった魔物の群れは、そう簡単には倒せなくなる。その前に潰しておきたいの」
「どのくらいの時間で大魔王候補の個体は出現すると記録にあるのです?」
レイファンの質問にアルフィリースが難しい顔をする。
「アルネリアの記録では、20万の魔物の群れから半年以内に出現したと言われているわ。諸侯には少なく言ったけど、魔物の群れが100万いたのは事実。そして途中で他の魔物も合流し、最大150万まで一時は膨れている」
「その情報は初耳だわ?」
ミューゼの驚きを、アルフィリースは宥める。
「諸侯の混乱を防ぐために、開示していませんから。ローマンズランドは、内々にある程度対応していたそうです。それもあって相手の現在の勢力は確かに減っていますが、それでも30万はいると踏んでいます。単純計算で、大魔王級の個体が5体発生してもおかしくない。そして混乱が起きてから、既に三か月以上が経過しようとしている。この一月が勝負。それまでに魔物の群れを壊滅させるわ」
「思ったより状況は良くないということか」
「ええ、でもそれを知るのは私たちだけで十分よ」
アルフィリースの言葉に、ドライアン、レイファン、ミューゼがそれぞれ頷いたのだった。
続く
次回投稿は、8/24(火)14:00です。