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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2219/2685

大戦前夜、その30~軍議①~

***


「傭兵が軍師ですと!?」

「何か文句があるのか?」


 ターラムにて一度集結した諸侯が軍議を開くなか、思わず出た不満の声にドライアンがじろりと諸侯を睨みながら不機嫌な声で返す。その圧にびくりと怯える諸侯が多い中、少なからず真っ向から反発する者もいることをアルフィリースは観察していた。

 もちろんまだ参集していない諸侯もいたが、ドライアンがまちかねたので予定より早く諸侯が集められていた。

 そもそもドライアンはせっかちな性格で、思い立ったら軍を動かして相手が対応する前に潰すのが信条。軍もついてこれる者だけがついてくればいいと考えていたのだが、宰相のロンやロッハに窘められ、ゆるりと進軍して諸侯が集まってくるのを待っていたのだ。

 ターラムは獣人にとっても楽しめるような娯楽のある街だが、ドライアンはそれを良しとしない。時間があるから歓楽街で時間を潰す――などということはせず、今はただ戦闘のためだけに爪先一筋まで研ぎ澄まされていた。

 そのドライアンの圧である。当然軍人でない文官や、ただ貴族であるというだけで軍を率いることになった者では、耐えかねて当然だった。

 ドライアンと諸侯の間に緊迫した空気が流れる。それぞれの反応を見ながら、ドライアンの隣に座していたリサとアルフィリースは、冷静に互いに指文字でやりとりをしていた。


「(予定の七割が参集)」

「(烏合の衆が3割)」

「(交渉次第で使えそうな諸侯が2割、こちらに好意的な諸侯が2割)」

「(シェーンセレノの一党3割は未知数だけど反発の意思なし)」

「(うん、これならなんとかなるかな)」


 アルフィリースの確信めいた指文字に思わずリサが驚いたようにアルフィリースの横顔を見たが、諸侯に悟られないように慌てて冷静な表情に戻した。

 諸侯とドライアンのやり取りは続いていた。


「どうせ諸君らは誰が軍師にふさわしいだとか、やれ誰は身分がふさわしくないだとか、最後は挙手だの投票だので一月もじっくりかけるつもりであろうが? そんな悠長なことをしている暇はない」

「ですがオーク如き烏合の衆など、どうやっても蹴散らせるでしょう? それに先陣を切ったブラックホークとカラツェル騎兵隊が優勢に戦いを進めているというではないですか。たかが二千少々の傭兵と北部商業連合の軍隊が優勢に進められる程度の戦いなら、我々などそもそも戦わずとも――」

「そんな暇はないと申したっ!」


 ドライアンの咆哮が会議場に響き渡り、思わずグラスの水が揺れる。アルフィリースとリサは冷静に耳を塞いでいたが、間に合わなかった諸侯には放心する者すらいる始末だった。


「最前線でオークが進化を始め、既にローマンズランドの衛星国では都市がいくつも陥落している! 被害者の総数は数千人にも及び、一部オークには魔王化しているという報告も上がっている。それが10日前のことだ。今日、軍を動かしたとしても前線に到着するまで10日は最低かかる。それまでに何が起きるか、想像できぬとは言わせぬぞ!」


 ドライアンの言葉に会議場はしんとなった後、事態を全く把握していなかった諸侯が騒ぎ始めた。それを見てリサは、アルフィリースがイェーガーの訓練や組織において、常に重要視していたあることを思い出す。


「(ああ、なるほど。軍隊といってもこの程度なのですね。だからアルフィは――)」

「(わかったでしょう? どうして私がリサにあの部隊を作らせたのか。そして何が戦争で重要なのか)」

「(ええ、よくわかりました。そして黄金の純潔館と懇意にしている理由もね)」

「(まだまだ。その効果がわかるのはこれからよ)」


 アルフィリースの表情は微動だにしなかったが、その内心でどんな表情をしているか、リサには容易に想像がつく。そして自分も同じ表情をしていることがわかると、重要な軍議の最中であると言うのに、笑いを堪えるので精いっぱいだった。

 そして諸侯がざわめくなか、アルフィリースがすっと手を挙げた。その行為に一斉に注目が集まる。そしてその場にいたレイファンやミューゼも、興味深そうにアルフィリースのことを見ていた。


「ドライアン王、発言をよろしいでしょうか」

「無論だ」


 ドライアンの許可を得たうえでアルフィリースが立ち上がり、話し始める。


「暫定ではありますが、軍師に任命されたアルフィリースです。皆様、どうかお見知りおきを」

「あの者が・・・」

「なるほど、確かに黒髪だな」


 既にアルフィリースの統一武術大会での活躍、そして最近の隆盛を知らぬ者は諸侯にはほとんどいない。黒髪であることも相まってか、その容貌まで知れ渡っているようだ。ひそひそ声で話し合う諸侯をよそに、アルフィリースは笑顔で発言を進めた。


「先程の前線の話ですが、続きがあります。昨日の話ですが、ローマンズランドの軍とも連絡を取りました。当初は100万と呼ばれたオークの軍隊ですが、その実際は50万程度でしかありませんでした。そして数を減らした現在は10万もいないと考えられています」

「ふん、アルネリアの報告も当てにはならぬな。桁が一つ少ないではないか」


 諸侯の一人が不満げに漏らした。もちろんここに至るまでに多くの血が流れた成果でもあるのだが、アルフィリースはそのことを指摘はしない。

 むしろその貴族に笑顔で話しかけた。


「雲霞の如きオークの群れがいれば、それが正確に何万であるか、正しく伝えることのできる伝令などそうはいないでしょう。アルネリアの軍隊とて、人外ではないのです。その程度の方が安心しませんか? まぁアルネリアが頼りないくらいでなくては、私はおまんまの食い上げなのですが」


 アルネリア寄りだと思われているアルフィリースとイェーガーだが、その言い方に諸侯の一部が笑った。

 アルフィリースは続ける。


「それに、100万といえば諸侯も緊張感を持つでしょうが、10万だといかがでしょうか? アルネリアに任せておけば何とかなる――そう思いませんか?」

「う、うむ。そうだな」

「私も思います。オークなんて倒す面倒と強さの割に儲からないし、倒せば死骸が匂うし、何よりあの脂ぎった体から汗が飛び散ってきた時なんて、気分は最悪です。風呂の傍におびき寄せて戦いたいと、いつも思っています」


 これには諸侯がどっと笑った。オークは比較的諸国で出現する魔物のため、ほとんどの国に討伐経験がある。だからアルフィリースの言い分はよくわかったのだ。

 巨体で大食漢。村を襲えば女を犯し、食材を食い尽くす。簡単な武器を使うくらいの知能があり、性格は臆病なくせに戦闘力は高く、徒党を組むと途端に脅威が増す。

 そして死体がいち早く腐り、素材とならない。しかもゴブリンとは違って物を貯めこむ性質もなく、ある程度拠点に物が集まると燃やしてしまうため拠点を潰してもうまみがなく、適切な処置をしないと土地が汚染されるため、害獣扱いしかされない傾向にある。

 しかもゴブリンはまだ人質を生かす傾向にあるが、オークは力加減を間違えてすぐ殺してしまう。ギルドの依頼も速度が求められるため、危険度もその分高くなる。ギルドだけで処理できないほど成長した群れは、軍隊にまで仕事が回ってくる。傭兵と軍隊が共同でことに当たる――なんという依頼も発生することが多い。

 アルフィリースは頷き、ゆっくりと諸侯の間を歩きながら続けた。



筒dく

次回投稿は、8/22(日)14:00です。

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