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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦前夜、その28~ドードーとカトライア②~

 中にいた男はばさりとローブを取ると、いきなり盛大な大あくびをしてからアルフィリースをずいと覗き込んだ。


「ふあぁ~あ、待ちくたびれて寝ちまったぜ坊ちゃん。こんなこんまいのが、引き合わせたい女傭兵かぁ?」

「その通りだ」

「こんまい・・・」


 それはアルフィリースにとって初めて言われた言葉だったので、嬉しいやら恥ずかしいやらで、もじもじして戸惑ってしまった。見かねたリサが小突くまでそれは続いたが、ドードーはアルフィリースを品定めするようにのぞき込むと、首をかしげていた。


「こんなのに俺の娘が負けたとはなぁ・・・」

「娘・・・ドードー・・・あ、そっか。統一武術大会の、サティラのお父さんか」

「娘が泣いてたぞぉ、まともに戦ってもらえなかったって」


 ドードーが髭をさすりながら、意地悪く問い詰めるようにアルフィリースに迫る。その前にリサがすっと立つと、ぺこりと頭を下げながらアルフィリースの胸をとんとんと叩いていた。


「我々の団長がすみません。少々いかがわしい手段で、娘さんをふんじばったもので」

「余計に誤解を与えるようなことを言うな、お前」


 悪ノリするリサをラインが窘めると、ドードーが禿頭をぺしりと叩きながら大音量で笑い始めた。耳を押さえる全員をよそに、笑い過ぎたドードーがその筋骨隆々の腕でアルフィリースの肩をばんばんと叩いたので、その力の強さにアルフィリースは思わず膝をつきそうになるほどだった。


「いやいや、悪かった。いつの時も勝負の世界じゃ負ける方が悪い。サティラも他の団員も言ってたぜ、イェーガーは強かったってなぁ。今回の依頼で一緒にやれるって聞いて、楽しみにしてたのよ」

「こちらこそ楽しみにしていたわ。大陸でも最大勢力を誇る傭兵団の一つ、ミュラーの鉄鋼兵。その団長のドードーさん」


 アルフィリースの指摘に、丸眼鏡を直して挨拶をするドードー。


「呼び捨てで結構だぜ。だが大陸最大の、は言い過ぎじゃねぇか? せいぜい俺らの手勢は15000程度だ。もうそっちの方がデカいだろ」

「分離独立した息子さんや娘さんの傭兵団を入れれば、総勢40000程度はいるはずよ? それらを数えないと言うのなら」

「いや、これは恐れ入ったぜ。そこまで知ってたか」


 今度は背中を叩くドードーに、アルフィリースが激しくむせ込む。クローゼスが背中をさすり、カトライアがドードーを窘めた。


「そのへんにしたらどうでしょうか、ドードー。あなたの馬鹿力を考えなさいと、いつも娘や妻たちに言われているでしょう?」

「だけどよぅ、カトライア。この女、本気で鍛えてやがるぜ。俺の上の娘たちと良い勝負するんじゃねぇの?」

「それはそうでしょう、統一武術大会の上位八傑に入った女傑ですよ? 彼女の活躍は私も仲間から耳にしましたから」


 カトライアがばさりとフードを下ろすと、そこには美の女神がいた。アルフィリースやラインはおろか、人の美醜に何の感慨をもたないクローゼスでさえ、うっと思わず言葉に詰まるほどの美貌。

 ローブを脱ぎ捨てるその仕草すら艶やかで、短いスカートからすらりと伸びた脚は鍛えこみながらも細く長く、そして悩ましかった。シーカーであるフェンナや、エルフであるシシューシカですら彼女の前では見劣りするだろう。男にとっては欲望の、女にとっては羨望となる要素を全て詰め込んだかのような外見。

 だがもっとも印象的なのは、やはり目だとアルフィリースは思う。睫毛が長く、切れ長の目に込められた忍耐と誇りは、誰にも穢されることがない。フォルミネーが人を包み込む暖かな南方に咲く大輪の花なら、カトライアは氷風吹き荒ぶ高地に咲く可憐な一輪の花だった。

 カトライアはゆっくりと歩むと、優雅にアルフィリースのしゃなりと手を取って挨拶をする。その仕草は貴族と見まがえるほど完璧な所作だった。


「お初にお目にかかります、イェーガーの団長殿。フリーデリンデの天馬騎士団、第一部隊アフロディーテ隊長カトライアと申します。以後お見知りおきを。そして我々の仲間がお世話になっております。重ねてお礼を」

「いえ、こちらこそ。ターシャはとても頼りになりますから。彼女のおかげで、何度危機を回避できたか」

「私生活は自己破産の危機を迎えていますが」

「おい、リサ」


 ラインに小突かれるリサだが意に介した様子はない。カトライアがくすりと笑うと、その場には花が咲いたような華やかさがあった。


「ターシャの賭け事の癖は母親譲りでしょうね。父上は真面目な方だったから」

「母親譲りなの?」

「ええ、天馬騎士団では一番の賭け事好きで有名でしたから。ですから三番隊隊長のエマージュは反動で生真面目になり、隊長の座まで上り詰めました。母親を引退させるためにね」

「そ、そうなんだ・・・って、エマージュは私も知っているけど、彼女の入隊から知っているの? カトライアって、何歳?」

「あら、女性の年齢を聞くのは同性でも野暮でしてよ。それとも、寝物語にでも聞きたいのかしら?」


 カトライアがアルフィリースにそっと近づいて耳元で述べたので、顔を真っ赤にするアルフィリース。手玉に取られたと感じたアルフィリースだが、ラインはカトライアの歩法の見事さに感心していた。当然ながら、ただの美人ではなさそうだ。

 カトライアがアルフィリースの様子を見て微笑む。


「うふふ、可愛い団長さんね。どんな女丈夫かと思ったけど、ターシャづてに聞くのとは少し違うみたい」

「ターシャ・・・いったいどんな報告を」

「割と対外的には怖い女ということになっていますよ?」

「え、そうなの?」


 実績から想像されるアルフィリース像は、リサの情報操作の甲斐もあってかなり畏怖を持って大陸東側に知られているのだが、知らぬは本人ばかりである。

 カトライアもまたため息交じりに続ける。


「黄金の純潔館を貸し切って遊んだり、足繁く通っていると聞いたから、どんな好事家で好色なのかと思ったけど、初心ねぇ・・・気に入ったわ」

「そ、そんな豪遊しているわけじゃ・・・わひゃっ!?」


 アルフィリースの耳にカトライアが突然息を吹きかけたので、アルフィリースが飛びあがった。文句の一つも言おうと息巻いたアルフィリースだが、間近に女神の如き相貌が見えると全ての怒気や毒気が抜かれるようだった。


「戦いの最中に『お遊び』したくなったらお声がけをくださいな。部隊アフロディーテ総勢100名、お相手させていただくわ。黄金の純潔館とは、また違ったお楽しみがあってよ」


 あ、これはだめだ、精気も抜かれる。薄く微笑むカトライアの前でそんなことを考えてしまうアルフィリースである。



続く

次回投稿は、8/18(水)15:00です。

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