大戦前夜、その27~ドードーとカトライア①~
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「おう、アルフィリース。客だぞ」
「やっぱりここまで来たか。宿をとっておいて正解だったわね」
アルフィリースがグルーザルドでの用事を終えて最寄りの街に戻ると、ラインが宿を指差していた。宿は念のために貸し切っていたが、どうやらその懸念が当たったようだ。
当初アルフィリース、ライン、リサ、クローゼスの四人で宿を貸し切ると言う気前の良さに歓喜していた宿の主人は、びくびくと怯えた様子でアルフィリースたちを伺っている。
アルフィリースはラインを顎で促すと、ラインが金貨を数枚宿の主人の前に置いた。
「親父、心配すんな。これは迷惑料だ。今晩ここに俺たちはいなかった、客もだ。わかるな?」
「は、はい」
宿の主人は恐縮しながらも金貨を崇めるようにしてアルフィリースたちの顔を見ないようにした。
その様子を見てアルフィリースがくすりと笑う。
「すっかり怯えているわ」
「そりゃあ客の風体を見ればな。あの親父、うっかり口を滑らせたりしないだろうな?」
「大丈夫ですよ、しっかり弱みを握っておきましたから」
「だから怯えているのではないのか」
クローゼスがリサにちくりと嫌味を言ったが、リサがその程度で行動を改めるわけでもなし。
アルフィリースが階段を昇りながらラインに確認する。
「客は?」
「四人」
「二人じゃなくて?」
「ああ、驚くぜ。俺も驚いた」
ラインが驚くのは珍しいが、リサも否定はしなかった。それどころか、どこか面白そうである。
「二階の床が抜けないうちに用事を済ませた方がいいでしょう」
「? わかったわ」
アルフィリースが応接室としてしつらえられた空き部屋に足を踏み入れると、そこにはブルネットが美しい馴染みの顔があった。
「アンネ!」
「アルフィリースか、待ちわびたぞ」
ローマンズランド第二皇女殿下、アンネクローゼがそこにいた。アンネクローゼは夜更けにも関わらず、疲れた様子も見せずアルフィリースに歩み寄ってその再開を喜んだ。
アルフィリースもまた彼女に歩み寄ってその手を取る。この二人は馬が合うというのか、距離があることを感じさせぬ友情を育んでいる。アルフィリースは思わず身分を忘れていたが、その背後から一つ咳払いをして2人の再会を窘める者がいた。
アルフィリースも気付いてはいたが、あえて気付かぬふりをして出方を確かめていたのだ。
「アンネ、そちらは?」
「ああ、すまなかった。我が兄、第二皇子であらせられるブラウガルド殿下だ。今回の遠征軍の実質的な指揮官でもある」
アルフィリースはすっとアンネクローゼから離れると、平服せぬまでも一礼して敬意を払う。
「これは殿下、失礼な姿をお見せいたしました。天翔傭兵団団長、アルフィリースにございます。この度は宜しくお願いいたします」
「うむ、そうかしこまらずともよかろう。そなたの雇い主はアンネクローゼだ、私には最低限の儀礼でよい」
「とは申しましても」
アルフィリースももちろん今回の指揮官についての事前情報もあるが、スウェンドルとは似ても似つかぬこの穏やかで癖っ毛の青年将校相手にどう接するべきか測りかねていた。
そんなアルフィリースを見かねてか、アンネクローゼが助け舟を出す。
「心配せずともブラウガルド兄上は軍人としては優秀だが、王族としてはもっとも穏やかで、気のおけぬ兄だ。私も信頼している、多少の粗相は多めに見てくれよう」
「ははっ、それを言ってしまうアンネにも困ったものだ。まぁ、堅苦しいのは嫌いだが、ローマンズランドでは私のような者はそもそも珍しかろう」
「その様子ですと、アンネに散々迷惑をかけられ通しのようですね、殿下」
「わかるかい、アルフィリース殿」
「どうかアルフィリースと、殿下」
アルフィリースとブラウガルドが意気投合したので、アンネクローゼがむくれ、しばし三人は歓談することとなる。そこに横やりを入れたのは、リサ。
「ご歓談中あいすみませんが、既に夜も更けております。今回のローマンズランド遠征軍の総指揮官が内密に軍を空けておりますのも、互いにとって余計な風評被害の元となりましょう。要件をまずは済ませませんか」
「ふむ、供の者よ。意見至極もっとも。面通しも目的ではあるのだが、早速要件に入るとしよう。ドードー、カトライア」
ブラウガルドに呼ばれると、背後にいたソファーがむくりと起き上がった。いや、それはソファーではない。ローブをまとった巨大な人間だったのだ。
「大きい・・・」
「わかってはいましたが、これは・・・」
ローブを脱ぐと、中からは髭を蓄えて丸い色眼鏡をかけた巨人が出てきた。いや、巨人は比喩の話で、確かに種族としては人間である。だがその体躯はダロンよりも一回り大きい。部屋の天井に頭がつきそうな巨体を見上げ、アルフィリースの目が丸くなった。
続く
次回投稿は、8/16(月)15:00です。