大戦前夜、その26~決意と画策~
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さらに20日余りが経過した。アルフィリースたちがターラムで英気を養う間にも、続々と諸侯が集結してくる。
各国の軍隊の規模は様々で、少ない所では数百。多ければ万を動員している国もある。彼らの役割は大陸平和会議でおおよそ話し合われており、後方支援のみを担当する国もあれば、前線で戦う国もある。
装備も様々で、槍が標準装備の国もあれば、騎兵中心の国もあり。あるいは重装歩兵が中心の国もあった。彼らの特徴を全て把握し、戦闘をまとめるのは簡単なことではないと、彼らの様子を見ながらアルフィリースは改めて思い直していた。
予定では軍の総数は20万にも及ぶ予定だ。総司令官は彼らに指揮を飛ばす者は誰になるのかと、アルフィリースは考えている。
「総大将はドライアン王では?」
数日前にリサが質問をしたが、アルフィリースはそれを肯定も否定もしなかった。その理由をリサも今になって理解した。
「なるほど。これだけの多様な軍団を指導する能力は、たしかに獣人の王にはないでしょうね」
「ええ。ドライアン王の個人の戦闘力を疑うわけではないけど、これだけの軍団をまとめて指導できる軍師がいるものかしら」
「アレクサンドリアもいませんし?」
「レイファン小王女もさすがにそこまでの才能はないでしょう。同じくミューゼ殿下も」
「あの完璧な騎士レーベンスタインとやらは?」
「彼は騎士として優秀で、たしかに一軍も率いるけど、これほどの規模の軍となるとまた話は別よ。それに、そもそも合従軍に参加しているかどうかも定かではないわ。だからシェーンセレノが出張るかと思っていたんだけど・・・」
シェーンセレノはターラムと自国の中間地点の街に陣取り、ここまで兵士を送る補給線を確認しながら後方支援に徹しているらしい。やがては前線に来るだろうが、合従軍で主導権を握りたいわけではないようだ。
「散々最後に煽ってやったのに、冷静だわ。こっちの動きも知っているはずなのに」
「対抗意識を燃やして前線に来ると踏んでいたのですか?」
「そうしてほしいから煽ったのだけど。何をしているのか掴みにくいわね」
アルフィリースはしばし悩むと、はぁとため息をついた。
「しょうがないな。ならば第二案を使いましょう」
「どうするのです?」
「私が軍師になる」
「へぇ?」
リサが思わず間抜けな声を出し、コーウェンがそれを面白そうに見ていた。
「団長~まさか合従軍二十万を動かすおつもりで~?」
「やれなくはないでしょう、コーウェンの協力があればね。それとも自信がない?」
「いえいえ~。でもよろしいんですか~? その後のことも考えると、非難轟々ですよ~?」
「わかってる、私だって嫌だわ。だけど、策士クラウゼルが出張ってくる前に手綱を握っておきたいでしょう?」
「もちろん~それはそうですね~」
「グルーザルドは到着まで時間がかかるみたいだから、ちょっとドライアンに一筆書いておくわ」
アルフィリースが執務室に向かい、コーウェンがへらへらしながらアルフィリースのあとを追いかけ、リサははっと我に返ってそれに続いた。
「いち傭兵が、諸国の軍勢20万の総指揮を執る・・・? ありえないでしょう、歴史書に名前が刻まれますよお馬鹿さん。悪名が轟いたら、どうするんですか!?」
さすがのリサも焦りを覚えたのか、今までになく足早にあとを追った。
***
「よかろう」
「ですよね」
グルーザルドの到着を待ちきれないアルフィリースは、書簡を出したあとしばらくしてそのあとを追った。
結果として、丁度宿泊用に天幕を組みあげたところで合流した。ドライアンが書簡を呼んだ頃にその眼前に到着することに成功したのだ。
ドライアンの返事は簡潔。是である。
「俺としても、よくわからん人間が推挙されるよりも知っている顔が軍師をしてくれる方が安心だ。だがその答えを期待していたのは少々気に入らんな」
「どうしてですか?」
「俺が考えなしの単純な男みたいではないか」
不機嫌に答えるドライアンの言葉に、アルフィリースは首をかしげる。
「・・・単純ですよね? 良い意味で」
「・・・お前が部下なら、半日強制訓練を課しているぞ」
呆れるドライアンとが腕組みをして、盛大にため息をついた。そして帯同する獣将のうち、初めてアルフィリースを見る者はあんぐりと口を開け、二回目の者は忍び笑いをこらえきれない。ここまでドライアンに対してずけずけ物申す者は、グルーザルドにもまずいない。
それをただの人間の女がしているとなると、アルフィリースの人となりを知らない者にとっては現実味のない光景だった。
アルフィリースは物怖じすることなく続ける。
「複雑な君主を相手にすると、腹の読み合いで疲れるので願い下げです。権謀術数を巡らす相手ならわかりますが、軍を動かす時には無駄なことですから」
「それはそうだが、もうちょっと言い方があるだろう」
「さすがに20万の軍を動かすともなると、私にも自信がありません。できればグルーザルドの用兵について、どなたかにご教授願いたいのですが、いかがでしょうか?」
アルフィリースの申し出に、ドライアンが宰相ロンに目をやる。
「ロン、グルーザルドの軍の構成と得意戦法、そのあたりを教えてやれ」
「よいのですか?」
「二度言わせるな」
手で追い払うようにドライアンが指示したので、ロンは疑念を感じながらもアルフィリースを作戦会議用の幕舎に促す。その前にアルフィリースがくるりと振り返った。
「ドライアン王、最後まで手紙は読んでおいてね」
「・・・『毒』、で合っているか?」
「そう。できれば書簡は埋めて伏せてくださるとありがたいけど」
その言葉でドライアンがはっとする。そしてアルフィリースがいなくなったあとで、手紙はちぎって燃やしてしまった。
その光景を見た老将カプルが瞼を開けて質問した。
「良いのですか、燃やしてしまっても。埋めるのでは?」
「あれはたとえだ。俺にしかわからん」
「王にしか?」
「初めてベストセラーという概念をこの世に生み出し、複写士という職業を生み出した作家、グリンドバレルが最高の傑作と謳ったが世に受け入れられなかった作品のタイトルを、お前達は知っているか?」
その場にいた獣将は全員顔を見合わせた。人間世界の書物のことなど、ドライアン以外に知るわけがないからだ。そもそも共通語を読めるのだって、ドライアン以外にはロンとカプル、そしてロッハと最近チェリオが学んだことくらいしか知らない。
そしてドライアンがため息とともに語る。
「しばらくはアルフィリースが全体指揮を執ることになるだろう。何が起きてもあまり驚かぬように」
「驚くな、とは」
「多分、途中で突拍子もない指示が出る。だがそれも最終的には勝つためだ。疑ってもいいが、従え。いいな」
「はぁ・・・」
「王命である。その時になって迷うなよ」
ドライアンはそれきり腕組みをして小さく唸りながら黙してしまった。その沈黙は悩んではいるようだったが、決して不機嫌ではなさそうだった。
そしてアルフィリースは宰相ロンとの打ち合わせを半刻もかけずに終えると、軍内をぐるりと歩いておおよそのことを把握し、そのまま近くの街に向けて夜の街道を馬で駆けて行った。あまりの早業と行動力に宰相のロンもアルフィリースという人物を測りかね、しばし呆然としてアルフィリースの背中を呆然と見送ることになった。
続く
次回投稿は、8/14(土)15:00です。