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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2214/2685

大戦前夜、その25~深き地の底にて~

***


「さて、潜入したはよいのですが」


 アルフィリースがその姿を探していたアーシュハントラは、アルネリア近くのウッコが覚醒した遺跡に侵入していた。

 入り口付近には大勢のアルネリア関係者がたむろしており、その入り口を何重もの魔術で塞ぎ、またそれ以上の物理的な閉鎖を施していた。

 アーシュハントラは正面からの潜入は無理と考え、他の出入り口を探した結果、グウェンドルフたちが出入りした縦穴を発見した。まだここは封鎖が万全ではなく、飛びこみさえすれば何とかなると考えたのだ。

 一度落下してしまえば帰還することが困難どころか、ほぼ不可能と考えられた。だがそれでもアーシュハントラの興味と探求心を止めるには至らず、アーシュハントラはしばしの逡巡のあと、縦穴に飛びこんだのだ。

 アーシュハントラは『ある方法』を使い、無事に地面まで降り立った。床を抜くことも考えたが、不思議な魔術に阻まれそれは構わない。アーシュハントラは明かりを灯すと、横道に向けて遺跡の探索を開始したのだった。


「さて、随分と広大な遺跡のようですが・・・おそらくは本物の遺跡でしょうね。しかし先ほどの戦いの余波を考えていると、死んではおらず生きているはずなのですが」


 アーシュハントラはウッコの強大な魔力の余波を受けて、この遺跡に急行した。だが大陸西側のほぼ端にいたことが災いし、どう転移魔術を使おうが飛竜を借りようが、この遺跡で起きた出来事には間に合わなかったのだ。

 人生の一大事とも呼べる、生きた本物の遺跡の調査に間に合わなかった。アーシュハントラは珍しく怒りも露わにしばし周囲の景色に八つ当たりしたが、ほどなく我を取り戻し、まだこの遺跡が活動を止めていない可能性に賭けた。そして今に至る。

 アーシュハントラはほぼ真の闇と化したこの遺跡を進んだ。地の底には空気すらないことも多く、突然の崩落に巻き込まれることもあり、一歩一歩が命がけだった。だがそんなことも気にならないほど、アーシュハントラは無我夢中だった。

 念のためここまでの経路にはヒカリゴケを撒いてはいるが、この広さでは足らなくなると考え、要所要所のみに残すことにした。そして下りとなれば迷わずそちらを選択し、下へ、下へと向かったのだ。


「長い・・・」


 時間間隔は既にないが、数えて半日歩くことを繰り返し、四分の一日は休息、四分の一日は睡眠にあて、探索すること5日目。行き止まりになりながら経路を選び直し、ウッコがいたと思しき部屋にようやく到達したのだった。


「ここが・・・魔力の残滓からも、ここに強大な魔獣がいたことは間違いない。だが・・・」


 下からより強い魔力を感じ、アーシュハントラはさらに落下した。これも無事に落ち切ると、床を調べる。


「青い床だと・・・しかも歪ででこぼこだ。まだ下に空間があるな。最近人為的に塞いだものか? 急いでいたのだろうが」


 剣で感触を確かめるが、何でできているのか想像もできないほど固い。真竜の首を落とすことできる剣でも傷がつく様子もない。

 

「ふむ、だが魔術的な対策はなされていないな。ならば通る方法はあるのだよ」


 アーシュハントラは「隧道トンネル」の魔術を使ってさらに潜り込んだ。今では忘れられた魔術の一つ。通路を強制的にこじ空けて通る魔術だが、魔術の組み方が甘いと途中で塞がれて生き埋めになる上に、通ってみないと向こうに出れるかどうかもわからない。そして使用している最中にも崩落が起きるかもしれず、汎用性の低さと危険性の魔術から忘れられた魔術だった。

 今でも魔術協会には保存されているだろうが、現実的な使い手としてはアーシュハントラくらいしかいない魔術だった。

 アーシュハントラは床を通り抜けると、広い空間に出た。そしてそこで明かりを照らすと、周囲には透明な筒のような容器に収められた巨大な生物たちが無数にいることに気付き、驚嘆のあまりに立ちすくんだのだった。


「これは・・・!」


 アーシュハントラは歓喜のあまり叫ぼうとして、その背筋に突き立つ殺気を感じて振り返る。そこにはいつの間にか美貌の青年と、その傍には呆れ顔の女が立っていた。


「信じられない。特殊フェノール樹脂で固めた場所を突破したの? 超呆れちゃう」

「魔術で突破したみたいだけど、壊した形跡はなかった。念のため重力センサーを働かせておいてよかったね」


 会話ができる相手に遭遇するとは想定していなかったアーシュハントラだが、こういう信じられない場所だから何でも起きるのだろうと考え直し、敵意がないことを示すために両手を挙げて挨拶をした。


「これは失礼した、人がいるとは思わなかったもので。私はアーシュハントラ。ギルドでは勇者称号を授かっているものだ。けっして敵対するものではない」

「でも侵入者だよねぇ?」


 女が疑惑の目で睨んでくるのを、アーシュハントラは申し訳なさそうに言い訳した。


「占有権があるとは知らなかったのだ、遺跡で人に遭遇するのは初めてなもので」

「生きた遺跡は、ってことか。死んだ遺跡には潜ったのかな?」

「規模から考えれば、ここほどではないがそれなりに広い場所には遭遇したことがある」

「・・・アーシュハントラか。たしか遺跡や迷宮、辺境探索で功績を上げた勇者だったね。会うのは初めてだけど」


 女がアーシュハントラのことを言い当てたので、アーシュハントラも興味を示す。


「あなたは私のことを知っているのか?」

「勇者を知らないのは傭兵としてはモグリでしょうよ。Sランク傭兵ヴォドゥン。知ってる?」

「万能学者殿か。女性とは聞いていたが、なぜここに?」

「学者のすることは研究でしょう? そっちは探究者かな」

「然り」


 アーシュハントラが近づこうとして、美青年がかつんと杖で地面を叩いたので、踏み出す足を止めた。見れば、美青年は警戒したままアーシュハントラを睨んでいた。


「今ここはマナがほとんど使えない空間だ。どうやってここに入って来た?」

「それは魔術で穴を開けて――」

「聞き方を変えよう。どうやって『降りて』きた? それが正直に言えないようなら、言い当てようか?」

「――失礼した」


 アーシュハントラは幻身を一部解いて、背中の羽を露わにした。その羽は竜のそれ。息を飲むヴォドゥンに向けて、アーシュハントラが説明する。


「私は真竜と他の竜の混血だ。幻身して人間の世界で活動してはいるが、寿命は人のそれよりはるかに長い。これで満足かな?」

「満足、ではないけどさ」

「しかし、見ただけで気付いていたのか?」

「キミみたいな混じり物を見抜くのは得意でね。ああ、貶しているわけじゃないからその辺は勘違いしないでくれ。ボクは――」


 美青年は自分の自己紹介を簡単にすると、この遺跡の中層について簡潔に説明した。そのうえで、改めてアーシュハントラに質問する。


「さて。これも質問しなくてもわかっていることだが、君はここに何を望む?」

「――できることなら、共に研究をさせてほしい。遺跡は私にとって生涯追い求めるべき謎だと思っている」

「なるほど、では交換条件だ。たまに外のことを探ってほしいんだが、それは了承してもらえるかな?」

「その程度、お安い御用だ」

「ではもう一つ。これも聞くまでもないことだが、ボクのお使いの結果として人間に弓引くことになっても、耐えられるね?」


 中層の管理者の質問に、疑問を感じたアーシュハントラ。


「なぜ聞くまでもないのだ? 私が積極的に人間に害をなしそうな人物に見えるのか?」

「積極的にはしないさ。でも、条件次第では虐殺も厭わないと確信しているよ」

「なぜ」

「培養槽に映る自分の顔を見てごらんよ。ボクたちと出会ってからの君、ずっと良くない笑みを浮かべているから」


 アーシュハントラは言われた通り培養槽で自分の顔を見たが、そこには自分でも意図しない笑みをする男が映っていた。それは長き人生で見て来た、自らの欲に狂った男の顔そのものだった。

 そしてその表情を見てすら、表情が直らない、直そうともしない自分がいることにアーシュハントラは驚いていた。それを見た中層の管理者とヴォドゥンが、同じく狂気の笑みを浮かべて彼を歓迎した。


「ようこそ、この世の謎を追い求める者よ。さあ、共に真理を探究しようじゃないか」


 その誘惑に抗う術を、アーシュハントラは持っていなかった。



続く

次回投稿は、8/12(木)15:00です。

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