大戦前夜、その23~ターラムへの集結③~
「アルフィ、また悪いことを考えていますね?」
「・・・私が悪いわけじゃなくて、そうせざるを得ないだけだよ?」
「それでも~正義の味方じゃないですよね~」
コーウェンが意地の悪い笑みを浮かべながら感想を述べたので、アルフィリースは思わず眉間に指を当てた。
「オルルゥに連絡を。ワヌ=ヨッダの戦士団を動かすわよ」
「さすがに彼らをアルネリアに入れるわけにはいきませんでしたし、手持無沙汰でしたものね。周辺土地の雑魚の掃討ではなく、ようやく仕事らしい仕事を回せますか。今彼らはどこに?」
「オークたちがこれ以上溢れないように~国境沿いの警備をしてもらっています~。予定通りといえば予定通りですね~」
コーウェンが地図の上に駒を置きながら説明していたが、アルフィリースがそれらをまとめると、ターラムに引き戻す。そしてそれらをローマンズランド領内に移動させて、ばらけさせて配置した。
「以後はもう少し彼らを柔軟に動かすわ。レイヤーとルナティカの案内で動かせば、竜の群れも多少は減るでしょう」
「屍竜もいるなら、私の出番か?」
ミュスカデが炎を掌でちらつかせながら提案する。確かに相性は良いが、アルフィリースにとっても悩みどころだった。
「たしかにそうなのだけど、ルナティカ、レイヤー、ワヌ=ヨッダの戦士団と同行するのよ。あの移動速度についていける?」
「・・・うーむ、自信はないな」
「彼らにとっても魔術は計算のできない戦力でしょうから、ミュスカデ、ラーナ、クローゼスは私たちと同行する方がいいと思うわ。勝ちすぎるのがこちらに利するとは限らないもの」
「では――」
リサが話をまとめ上げようとしたところで、フォスティナがノックをして部屋に入って来た。彼女は部屋に入るとその場の雰囲気を感じ取って、少し躊躇いがちに扉を閉めた。
「すまない、悪い間合いで入ってしまったか。防音の魔術が敷いてあるから、内容は聞いていないが」
「いえ、別に構わないわ。肝心な部分はここでは話していないから。定期の魔術を施す時間だものね。話の途中だけど、ラーナ以外は一度退室してくれる?」
「やれやれ。ターラムの市庁舎の一部を借り上げたとはいえ、作戦会議も密談も行う場所が少ないですね」
リサが面倒くさそうに部屋を出たが、フォスティナに遅滞の魔術を施すことは必須事項だ。腹の中の赤子が生まれる準備ができるまでは、このままでいる必要がある。
ミランダからの連絡では、スピアーズの四姉妹に接触することはできたようだが、まだ捕獲されたはずの闇の魔女の話を聞き出すまでには至っていないようだ。それに四姉妹が大戦期よりも力が充実しているのではないかとの推察もあり、力づくにいこうにも一筋縄ではいかない可能性が高いとのこと。
危険は伴うが、少なくともこの戦いの間はフォスティナを手元に置き、ローマンズランドのことが片付いてからスピアーズの四姉妹に関しては取り組むべきだとアルフィリースは考えている。打ち合わせてはいないが、ミランダも同じ意見だと確信していた。
フォスティナは上着を脱ぐとソファーに仰向けになり、アルフィリースに腹を見せた。体型の変わらぬ彼女を見ていると、腹の中に子どもがいるなど信じられない。ラーナが診察をする様子を見て、アルフィリースが感想を述べる。
「変化はないようですね。月齢は維持されているようです」
「この中に未来の大魔王がねぇ・・・あるいは大勇者かもしれないのか」
「どちらでも構わんが――いや、前者は困るか。せめて健やかに育てばいいと思うよ」
腹を穏やかにさせるフォスティナを見て、アルフィリースは困ったような、納得したような表情をする。
「随分と前向きな意見ね。心の整理がついたのかしら?」
「望んでできた子でなくとも、子に罪はあるまい。不思議なものでな。母となると思うと、そのような感情が湧きたつのだ。これは発見だよ、アルフィリース。そなたもいずれ子を持つつもりがあるのなら、覚えておくがいい」
「子どもねぇ。それよりも良い人が目の前に現れてくれればいいけど」
アルフィリースが苦笑しながら魔術を施した。ラーナが後ろでもじもじとしながら、小さな声で呟いている。
「良い人は意外と近くにいるかもしれませんよ・・・?」
だが集中するアルフィリースに、ラーナの声は届かない。無骨なフォスティナは何と言えばいいのかわからず、何も聞こえないふりをしてそのままアルフィリースに体を預けていた。
手持無沙汰のフォスティナがふとテーブルに目を落とすと、レイヤーの描いた似姿が目に入る。その似姿を見て、フォスティナは思わず自分の呼吸が止まりそうになるのを感じた。
続く
次回投稿は、8/8(日)15:00です。