大戦前夜、その22~行進②~
「やはりいた。情報通り、竜の巣にいた竜たちは移動してる」
「そうだね、統率もとれている。一部はゾンビ化しているようだし、統率する個体がいるのは間違いないね」
「竜ともなると、並の魔王よりも強い個体も多い。どうする?」
「これこそ軍をあてるべきだ。個人の戦力ではどうにもならないよ」
「レーヴァンティンでも?」
ルナティカの疑問に、レイヤーは悩んだ。レーヴァンティンでどうにもならないとは思わない。だが統一武術大会の際、雨雲を蒸発させるためにレーヴァンティンを発動させたレイヤーはわかってしまった。この剣の制限は壊れてしまっている。もし何らからのはずみで剣が制御できなくなってしまったら、大陸すら滅ぼしかねないと。
そして懸念事項はそれだけではない。レーヴァンティンを振るおうとすると、意識が剣に吸い込まれていくのだ。レイヤーは海を見たことがないが、海は底がないと聞いている。海の底に一直線に沈みゆくのはこんな感触だろうかと、レーヴァンティンを振るう時に感じたのだ。
レーヴァンティンは使用者の意志一つで、形状すら変えることができる。レーヴァンティンの力を恐れ、また使用するつもりがないレイヤーの想いの通り、護り刀のように小さくなってレイヤーの懐にしまわれていた。
「駄目だ。たしかに僕はレーヴァンティンを振るう資格がある。今まで存在した、どんな存在よりも僕がレーヴァンティンを上手く扱えるだろう。だけど、レーヴァンティンは本来自由に振るうように作られていない。レーヴァンティンの制御を解除したまま僕が意識を失ったり、操られたりしたら――」
「――なるほど、わかった。レーヴァンティンは最終手段。なら次善の策。少しずつ奇襲をかけて個体数を減らしていく。どう?」
「悪くはない。だけどひっそりやるにしても、一度の奇襲でせいぜい数体。それ以上はさすがに警戒されるだろう。それに、この群れを統率している奴はそれほど甘くないよ。2、3回も奇襲すれば気取られて対策されるだろう。それよりも、どんな奴がこの群れを統率しているか、それを確認する方が先決だと思うよ」
「それもかなり難しい要求だと思うけど、やってみる」
ルナティカとレイヤーはそれから慎重に、何晩もかけて群れの先頭に回り込んだ。そして先頭にいた群れの統率者らしき者の姿を確認したのだ。
「あれが・・・?」
「そうだと思うけど・・・どう見ても人間だね」
その者は先頭にいる一際大きな竜の頭の上に立ち、正面を睨み据えていた。そのせいで横顔しか見えないが、それがレイヤーにとってもルナティカにとっても精一杯だった。
「・・・ここが限界だね。これ以上の接近は気付かれる」
「あるいはもう気付かれているけど、無視されているだけかも。群れの総数はおおよそ5000。そのほとんどが竜種。その中に上位の竜種が何体もいて、それらを率いるあいつは別格。倒せると思う?」
「正直この2人がかりなら、どちらかの犠牲を顧みなければいける。ただ他の竜が邪魔するだろうし、危なくなったら逃げの一手を選ぶだろう。この状況じゃあ仕掛けるだけ無駄さ」
「やっぱり。じゃあこれも次善の策」
ルナティカが懐から水晶のような鳥を取り出した。レイヤーはそれを見てああ、と声を上げると、2人は急ぎ書簡をしたためる。
「クローゼスの使い魔?」
「そう。放てば戻るこれに情報を括りつけて、どうするかはアルフィリースに任せる」
「ルナは一度戻る?」
「そのつもり。帰る頃にはアルフィリースの作戦も動いているはず。レイヤーは?」
「見張る・・・と言いたいけど、おおよそ進路の見当はついた。アルフィリースの依頼を続けることにするよ」
「承知した。では無事で」
「そちらも」
それだけ言い残すとルナティカとレイヤーはそこで別々の方向に別れて行った。変わらず竜の群れは巨体を揺らしながら路を塞ぐ全てをなぎ倒し、鳴き声の一つも上げることなく大地をのろのろと行進していた。
***
「・・・ふむ、予想通りね」
「レイヤーとルナティカからの伝令ですか?」
「ええ」
クローゼスから報告を受けたアルフィリースが、手紙をひらひらさせながらリサに答えた。ターラムに到着してから10日あまり、アルフィリースは情報収集に余念がない。
諸侯の集結はまだ予定の三割ほど。ローマンズランドの姿は見えず、イェーガーの英気は充分だった。
さすがに雇い主であるローマンズランドの意向を無視するわけにはいかないが、先陣を切りたいアルフィリースとしては、やや焦れていたのが正直なところだ。
リサが手紙を受け取りながら、内容を確認する。目は見えずとも、樹液で書いた部分を感じ取ればおおよその内容は瞬間的に掴み取れる。
「ふむ、予想通りといえば予想通りなわけですが。他国もアルネリアも、この可能性は知らないのですよね?」
「ミランダには事前に伝えているけど、どこにいるかまでは気にしていないかもね。アルネリアとしても、疑惑の段階で相手を断罪するわけにはいかない。そして直接的に対峙していなければ、自分たちから出向いて討伐するわけにもいかない」
「そこまで見越して、紛争地帯で竜を運用すると?」
「小さな国では救援を求める暇もなく、蹴散らされるでしょうね」
アルフィリースにとっては予想通りだが、それでも面倒なことには小さなため息も出る。だがこれで次の手も決まった。その時のアルフィリースの表情を感じて、リサが渋い顔をする。
続く
次回投稿は、8/6(金)16:00です。