ピレボスにて、その7~吹雪~
「駄目だわ! ここでテントを張りましょう!」
「こんな所でか!? 確か傍は崖だぞ?」
「動いて崖に落ちるよりましよ! 急いで!」
アルフィリース達は必死の思いでテントを設営した。戦いよりもテントを立てることが厳しいと思ったのは、後にも先にもこのくらいであったろう。何とか2つのテントを立てることに成功し、それぞれに入口を向かい合わせにして急ぎテントに籠る。多少狭くなるが馬達を放っておくわけにもいかないので、馬達を収容できるようにテントを張り、馬も含めて全員が身を寄せ合う。
テントの周囲にはミランダとユーティがそれぞれ結界を張っていたが、気休めに過ぎないだろう。それでも結界があるからこそ、まだ凍死せずに済んでいるのだろう。
そんな中、声を張り上げて全員に対策を伝えるのはミランダとユーティである。
「いいか? 今夜はつらくても寝るな! 寒さの中で寝たら人生が終わるからな!?」
「そうよ、互いに励まし合って、体をこすりあうの。そうしないと、寒さで指先が腐っちゃうからね!」
「この砂時計が落ち切るまでが勝負だ。これが落ちる頃までには夜が明ける。それから動こう!」
だがミランダもまさか、夜が明けても吹雪が一向に止まないとは想像してなかったのだろう。砂時計が落ち切った後も外は暗く、日が昇ったことさえ分からない。定期的にミランダとユーティが結界を張り直しに行っているおかげで、雪の重みでテントが崩れることこそないものの、寒さまでは遮断できない。互いに励まし合うのも、限界が近づきつつあった。
「ハア・・・ハア・・・」
「この吹雪はいつ止むのでしょうか。ねえ、ジェイク・・・」
「リサ、しっかりして! ジェイクはここにはいないわよ!」
だが一番体力のないリサが、ついにうつらうつらとし始めた。アルフィリース気付け代わりにリサの頬をひっぱたくが、あまり反応がない。
「いけない、意識が無くなり始めている」
「リサもそうだが、我もそろそろ厳しいぞアルフィ。瞼が重い」
「エアリー、私を放っておいて、一人で死ぬなんて許さないわよ?」
「それはわかっている・・・が」
エアリアルも必死で睡魔を振り払っているが、かなり状況は厳しい様だ。
「ぐっ。こんな時に呪印の使い道がないなんて・・・なんて役立たず!」
狭いテントの中で迂闊に火を使うわけにもいかない。八方ふさがりのアルフィリース達が絶望しかけた時、アルフィリースはふと外に誰かがいる気配を感じた。
「誰だろう・・・こんな吹雪で動けるはずがないのに。でも、もう眠いよ・・・」
最後まで意識を保っていたアルフィリースは、落ちゆく意識の中、馬達のいななき声を聞いた気がした。
***
「アルフィ、起きなさい」
「う・・・」
「アルフィ、ご飯よ!」
「私はどこの食いしん坊よ!」
アルフィリースが思わずツッコミながら起き上がると、そこはどこかの家のようだった。ミランダが心配そうにアルフィリースを覗きこんでいる。皆もどうやら無事のようで、そこかしこに毛布をかぶせて寝かされている。
「その起き方ができるようなら大丈夫ね」
「人をなんだと・・・あれ、何ここ?」
「それがね、アタシ達は助けられたみたい」
アルフィリースがくるりと部屋を見渡すと、そこは不思議な空間だった。まず、壁や天井が雪でできたように白い。いや、良く見れば非常に粒子の細かい雪だった。なのに、部屋の中は快適な温度に保たれている。それに至る所に骨や皮でできた呪い具が飾り付けられ、あるいは吊るされており、明らかに魔術を扱う者の居住だった。
「う~ん、どこかに似てるね」
「フェアトゥーセの住まいに似てるのさ。さっき、ここの主に会ったんだが」
「うむ、そなた達が察する通り私は魔女だ。正確には魔女見習い、だがな」
氷でできた扉が横にスライドし、女性が姿を現した。白にも近い青の髪。アルフィリースは、かつてルイが呪氷剣を振るった時に、あのような髪色になったことを思い出す。つまりは、彼女は氷に親和性を持つ人物ということだ。
そして肌も白かった。太陽の光の影響をほとんど受けていないかの様な純白。目も青を通り越して、髪色と同じ色。よほど氷と親和性が強いのだろう。その色と相まって、アルフィリースとほぼ同じような年齢に見える女性は、非常に無表情に見える。リサを最初に見た時も人形のような少女だと思ったが、目の前の女性からは感情らしきものがほとんど感じとれなった。人形が話せばこのようになるのではないかと、アルフィリースは思うのだ。
だがその女性は決して人形ではないことを示すように、しっかりとした口調でアルフィリース達に話しかける。
「それにしても面白い目覚めさせ方よな。最近の下界では、そのような起こし方が流行りか?」
「いやいや、この子ったら食いしん坊だから」
「ちょっとミランダ!? 勝手な事言わないでよね!」
じゃれあうように揉み合いを始めた二人を見て、女性は「ふ」、と軽く笑う。その笑みに、思わずひきつけられるアルフィリース。
「(あ、あんな顔もするんだ)」
だが女性の方はアルフィリースに笑顔を見られたことを快く思わなかったのか、すぐに表情を戻し、元の人形のような無表情となった。
「さて、自己紹介をしよう。私の名前はクローゼス。先に申した通り『氷原の魔女』の元、修行を重ねる身だ。そなた達は?」
「私はアルフィリース。旅の傭兵よ」
「アタシはミランダ。今はこんななりだが、アルネリア教会のシスターだ」
二人はそれぞれ自己紹介をする。するとクローゼスはふむ、と手を顎に持ってきて悩む様な仕草をするが、すぐに二人を冷ややかな目で見た。
「そなた達、ただの傭兵とシスターではあるまい。呪印に、不死身の体。そなた達、何者だ?」
「!」
「これは・・・どうして気づいた?」
ミランダが警戒心を上げたようだ。もしこれでクローゼスが敵だと判断したなら、ミランダは躊躇なく飛びかかるだろう。
だがクローゼスは冷静に語る。
「介抱したからな、呪印は見ればわかる。だが呪印は私にもわからんほど複雑なものだったな。それに、シスターの方は、ほとんど手当てをしていない状態で、凍傷の一つもなく目覚めた。周りの者を見よ。まだ一向に目覚める気配がなく、手足は後1/4刻も処置が遅ければ腐っておったほどの凍傷にもかからわずだ。これは普通の人間の所業ではないよ」
「なるほど。で、アタシ達をどうする?」
ミランダが身構える。だがクローゼスは動揺する素ぶりなく言った。
「別にどうも。そなた達が悪人でないのは、すぐにわかったよ。あのテントの中で一番無事なのは馬だった。自分達だけでなく、馬の面倒も見ていたのだな。私がテントにかけつけた時、馬達の方から助けてくれと言うような目つきで私の事を見たよ。実際にここまでそなた達を一息に運んでこれたのも、馬達の助力あってこそだ。余程そなた達は信頼されているらしいな」
「・・・なぜ私達を助けたの?」
今度はアルフィリースが尋ねる。
「偶然だ。いかにピレボスとはいえ、この時期にこれほどの雪は珍しい。それで何事かと思い、見回ることにしたのだ。それに、どうにも精霊がここ最近ざわついていたしな。虫の知らせという奴だ。そしてこの付近まで来た時、思念を感じとった。まさかとは思ったが、真竜からの思念を私が直に受ける日が来るとはな」
「ああ、君がいてくれて助かったよ」
「ママ~!」
「イル!」
そこにグウェンドルフとイルマタルが入ってくる。イルマタルは文字通り飛んでアルフィリースの元に抱きついて行った。イルマタルは人間の姿のまま、羽だけを出すのも最近では出来るようになっている。これは非常に器用なことだと、グウェンドルフは驚いていた。
そのグウェンドルフを見るなり、クローゼスは膝まづいて礼をする。
「これはグウェンドルフ様、イルマタル様。このような住処においでいただき、恐悦至極。お目汚しの程を、なにぶんご容赦くださいませ」
「いや、感謝するのはこちらの方だ、若き魔女よ。君の助けが無ければ、私とて全員を救うのは無理だったろう。真竜も万能の存在ではないのだ。あの場では、冷たくなっていく彼女達をどうする事もできなかった。私など、所詮自然などの大きなの力の前には無力な生物さ」
「いえ、貴方がた真竜あってこその我ら魔女。何卒、そのような事をおっしゃいますな」
クローゼスはますます頭を垂れてグウェンドルフに話しかける。その慇懃な態度に、グウェンドルフも表情には出さないものの、困っているようだった。グウェンドルフは、誰かにかしづかれるのが苦手なのだ。アルフィリース達はその事をよく知っている。
話の矛先を変えるために、グウェンドルフは話題を変えた。
「若き魔女よ、君は見習いと言ったね。では、正規の魔女はどこに行ったのかな?」
「はい。お師匠は『魔女の団欒』のために、別の土地に向かいました」
「魔女の団欒か。招集したのは?」
「魔女の長である白魔女、フェアトゥーセにございます」
「え、フェアが!?」
意外な名前に、ミランダが思わず大きな声を上げる。クローゼスが訝しんだが、グウェンドルフは話の先に興味があったのか、構わず続けた。
「なぜ? 団欒の内容を聞いているかい?」
「詳しくは伺っておりませんが、何でも無視できぬほどの存在が下界に現れたとか。冷静なはずのお師匠も、顔色が変わっておりましたから。もっとも今回は久方ぶりの召集ということで、純粋に旧交を温める意味もあるようです」
「なるほど、フェアトゥーセも遅咲きながら自覚が出たようだね。彼女は良い長になるだろう」
グウェンドルフが満足そうに頷く。
「それで君は留守を?」
「はい。この土地を守るのが代々の氷原の魔女の役目ですから」
「なぜ? こんなピレボスに守るようなものなんて、無いはずだけど?」
ミランダの質問に黙っているクローゼスだったが、グウェンドルフが目で促したため、クローゼスは語り始めた。
「・・・ここは北の大地を隔離するための土地」
クローゼスは絞り出すように、その言葉を発したのだった。
続く
次回投稿は5/24(火)11:00です。