大戦前夜、その20~ターラムへの集結②~
「アルフィ、エアリーが合流してきますよ」
「さすが、時間通りね」
アルフィリースが微笑んでリサの指さす先を見つめる。馬蹄の響きがアルフィリースたちにも聞こえる頃、合流してきたのは騎馬500騎。エアリアル率いる大草原の部族たちの部隊だった。
純白の愛馬シルフィードにまたがり、エアリアルが率いる一団は軽く馬を駆けさせているだけのはずなのだが、あっという間に距離を詰めてきたことに多くの傭兵たちが驚いていた。彼らの多くが大草原の部族を見るのは初めてだったのだ。
「アルフィ、知っていましたか? 部族はたまに大草原の外にも遠征するようなのですが、その行動が目に余る場合、蛮族討伐としてギルドに依頼が出ることがあったとか。その際のランクはA級だったそうです」
「ということは・・・」
「かつて大草原で戦ったサディカの民という部族は大草原の中ではとびきりの強さで、外に遠征に来る部族は大草原を狩場にできない弱小部族だそうです。その彼らでもA級となるなら、サディカの民というのは何級に相当したのでしょうね?」
「・・・今さらながらよく生きているものだと思うわ。でも今回、彼らは味方よ」
エアリアルいわく、大草原の部族は自分も含めて大草原ではさらに精霊の加護を得るが、外の世界でも強力無比であることはエアリアルが証明済みだった。まして今回は騎馬部隊。以前掟を破ったサディカの民の生き残りも含め、エアリアルが大草原の守護者として名を出して部族を招集させた。
騎馬部隊は駆け足程度のつもりだったろうが、並みの馬の全速力よりもよほど早い。あっという間にアルフィリースたちの目の前に到達すると、エアリアルが槍を掲げた瞬間その場で一斉に停止した。
エアリアルが下馬し、アルフィリースの前で仰々しく片膝をついてみせた。こうすることで今回の主従関係がどうあるのか、エアリアルがわかりやすく示したのだ。
現に部族たちはエアリアルが膝をついたことで、驚きのあまり目を見開き、互いに顔を見合わせていたが、やがてエアリアルに倣って下馬すると片膝をついていた。
アルフィリースは少し気恥ずかしそうに、リサはアルフィリースがかしずかれるのを見て、笑いを堪えるのに必死だった。
「えーと・・・大儀である?」
「我が主よ、約束通り大草原の戦士500名をこの戦いに献上いたします。どうかご自由にお使いくださいませ」
「うむ、苦しゅうない」
慣れない威厳を出そうとして口調がおかしくなる様子を見て、背後でリサとコーウェンが互いの尻をつねり合いながら笑いを堪えていた。
その様子を見ていたラインはこのままでぼろが出ると思ったのか、いち早く声をかけて割って入った。
「あー、合流したてのところ悪いんだが、入用の物はあるか?」
「副長、できれば馬の飼い葉と水。それに明日からの彼らの食料をお願いします。大草原からこちら、かなり急ぎ足でしたので」
「すぐに用意させよう。それにこれからのことを打ち合わせしたい。団長、エアリアルを借りるぜ?」
「ええ、いいわ。予定通りにお願い」
ラインが片手を上げてエアリアルを伴うと、エアリアルの合図で騎馬部隊は動き始めていた。彼らの運用については、既にラインともエアリアルとも作戦を立ててある。
アルフィリースはあっという間に遠ざかる彼らの背中を見ながら、満足そうに微笑んだ。
「これで緒戦は問題なく戦えるわね」
「やはり、合従軍の先陣を切るつもりで~?」
「もちろん足並みは揃えるけどね。諸侯の度肝を抜いてやるつもりよ」
「目立ちたがりですか。やりすぎは感心しませんが」
リサが皮肉とも忠告ともとれる発言をしたが、アルフィリースの心は既に定まっているようだった。
「畏怖は大切だわ、リサ。合従軍には私たちを畏れてもらわないと」
「言いたいことはわかりますが。そのうち魔王と呼ばれても知りませんよ?」
「まさか。匙加減は考えているつもりよ」
「うーん、こればかりは比較対象の問題ありますからね~」
コーウェンがこればかりは予測がつかないとばかりに首をひねったが、アルフィリースにはどこまで確信があるのかは、彼女ですらも分っていないようだった。
そうするうちにもターラムの市壁が迫る。アルフィリースはターラムの中で休息を傭兵たちに取らせながら、自らは黄金の純潔館へと出向き、前線の情報収集と、「あること」をルヴェールに依頼するのだった。
***
「そろそろ団長たちはターラムについたかな?」
「予定通りなら、そう」
レイヤーとルナティカが武器についた血糊を葉で拭き取りながら、アルネリアを出てからの日数を確認していた。周囲にはオークどもの死骸の山。全て彼らが仕留めた個体だった。その中には変異した個体や、明らかに並みのオークよりも大きな個体もいた。
ルナティカは月明かりの下、その死骸を確認する。中にはオーク以外の魔物や魔獣も混じっている。
「死骸を見る限り、魔王の軍隊だった?」
「一際大きいオークがそうなっていたのかもね。でも総勢100にも満たない集団だよ。大したことない」
「大したことがない、か――」
ルナティカも感触としてはレイヤーと同じ意見だったが、なり立てとはいえ、魔王の軍隊が大したことがないはずはない。
一つには、遺跡での戦い以降ルナティカもレイヤーも絶好調だということ。戦士としての格が一気に2つは変わったような手ごたえをルナティカは感じていた。
だがそれ以上に異常な成長を遂げたのはレイヤー。もはやルナティカはレイヤーの実力が自分よりも数段階は上にあることを実感しつつあった。いや、もしかするとその力は好きなように振るえないのかもしれないが、今まで自分の中にあった「いざという時には自分がレイヤーを仕留めることができる」という確信が消えたのだ。
団内において、同じ感覚を抱くことができるのは、アルフィリース、ライン、それに天空竜のマイアくらいだろうか。真竜のラキアですら、隙を突けばなんとかなると感じていたのに、もうレイヤーは彼らの領域に到達しつつあると肌で実感しているのだった。
「(敵の集団を発見するや、真っ先に敵の大将に襲い掛かって一刀の元に斬り伏せた。相手は何が起きたかすらわからないうちに死んだろう。戦いにすらなっていない。素晴らしいが、恐ろしい)」
ルナティカは複雑な心境で戦果を確認していた。
レイヤーとルナティカは、2人でローマンズランド領内に潜入中だ。アルフィリースの指示を受け、密かに探ることがあるからだ。
レイヤーがシェンペェスを鞘に収めながら、月の位置から行き先の方向を確認した。
続く
次回投稿は、8/2(月)16:00です。