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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2208/2685

大戦前夜、その19~ターラムへの集結①~

***


「・・・というのが、ミランダからの連絡よ」

「なるほど~一時的ではありますが、後顧の憂いはなくなったと~」

「なくなってはいないでしょう。いつ裏切ってもおかしくない者を懐に入れたとも考えられます。それだけの懐の広さと余裕が、アルネリアにあればよいのですが」


 馬を進めながらアルフィリース、コーウェン、リサが最近得た情報について話し合っていた。眼前には既にターラムが迫っており、予定された召集よりも一月早い召集だった。

 当然諸侯はまだ集まっておらず、イェーガーがほぼ一番乗りとなる。アルフィリースが直接率いる部隊は、その中でもかなりの強行軍でここまで移動していた。その理由はいくつかある。

 一つには、多くの諸侯が中継点とするであろうターラムにおいて、物流や宿をいち早く押さえるため。前線で傷ついた者は、ターラムで療養にあてるつもりだった。そうすれば怪我が治ればすぐに復帰できる。

 一つには、他の諸侯の軍勢をアルフィリースが見ておきたいと思ったからだ。やはり伝え聞くのと、実際に目で見るのは全く印象が違う。アルフィリースは今後のために、諸国の軍隊を直接見ておきたいと考えたのだ。

 アルフィリースは、フェニクス商会から同行しているジェシアを呼び出した。


「ジェシアの方は順調かしら?」

「まぁ予定の八割ってところかしらね。先行して動いているとはいえ、さすがにこれだけの規模で諸国が動くと、物資の確保だけでも一苦労よ。物資が足りても人が足りない、あるいはその逆もある」

「足りない分はどんどんギルドに依頼を出して頂戴」

「ええ。そしてそれをイェーガーが受ける、だったかしら」

「そうよ」


 アルフィリースは20000人をこの戦いに連れ出したが、全員が使い物になるとは思っていない。精鋭はせいぜい5000。その他は烏合の衆に近いと考えている。

 だが全団員の3分の2を動員したのはなぜか。それは彼らにギルドで大量に出ると予想される依頼を、ひたすら受けさせるためだった。

 アルフィリースも知っているが、大陸中央から東部にかけては街道の安全を諸国の軍隊が協力して確保している。中央街道だけでなく、余力がある国は周辺の街道においても魔物の討伐や、野盗の取り締まりを行っている。野宿が比較的安全なのも、そのためだ。

 だがこれほど大規模の戦争となると、街道警備がおろそかになる可能性が高い。そうなると魔物だけでなく、火事場泥棒のように盗賊などが蔓延る危険性があった。

 盗賊が跋扈すれば、物資が滞る。物資が滞れば、戦争どころではなくなる。おおよその戦争の中止理由は勝敗よりも、疫病や自国の治安の悪化、そして物資が足りなくなることだとアルフィリースは学んでいた。

 戦争は年に及ぶであろうことを想定して、アルフィリースは物資の確保を最優先した。そのためにフェニクス商会を抱き込み、アルマスとすら交渉し、そして傭兵としては異常なほどに人員を導入した。


「その成果が現れるのはいつかしらね」

「空振りに終わるやも」

「備えあれば憂いなしです~。さてさて、各小隊の配置ですが団長は全て頭に入っているのですか~?」

「もちろん」


 カザスの提供してくれた地図を元に、どの地域にどの小隊や中隊が派遣されているかは、全てアルフィリースとコーウェンの頭の中にある。

 小隊長にはC級以上の等級の傭兵を、中隊長以上にB級以上の傭兵を配置している。小隊は10人から20人、中隊は5から10の小隊を集めて構成される。そして中隊で一つの地域の依頼をまとめて担当させるのだ。

 それぞれの依頼の達成率や損耗を計算させ、情報は全てリサとコーウェンで吸い上げる。これがアルフィリースの目論見だった。

 

「全体にまんべんなく経験を積ませ、同時に報酬を稼ぎ、地域や国の信頼を得る。一石三鳥かしらね。数ヶ月もあれば、実戦でも使える小隊や中隊がいくつも育つ――はず」

「そう上手くいきますか?」

「悪い作戦ではないかと~現実の歴史でも、戦争の最中に英雄や高名な傭兵団は現れるものです~実戦にまさる修練なしです~」


 コーウェンが指を上にくるくると回しながら同意するが、兵法の知識のないリサにはいまいち実感がない。


「ふむ、2人がそう言うならリサにはそれ以上言うこともありませんが。ターラムに至るまでにも道筋は沢山あったのに、西側の道を主に使いましたね。それはなぜですか?」

「まぁ・・・考えることはあるんだけど」


 アルフィリースの返事が芳しくなかったので、リサはぴんときた。


「ははぁ・・・また悪いことを考えていますか」

「またとはなによ、またとは」

「想像はつきますが~一つには東側の貴族を刺激したくないからでしょうか~?」

「それはたしかにあるわ」


 アルフィリースがレイファンの護衛として夜会に参加して感じたのは、貴族たちの権利意識。聞いてはいたが、貴族は既得権益に対する占有意識が非常に強い。自らの持ち物に対しては異常なまでにこだわるが、それ以外のことには無関心に近いということだ。

 レイファンが上手いのは、彼らの既得権益とは全く別のところで利益を取ろうとしているところだった。そして夜会の最中、当り障りなく牽制の言葉を放っていた。それでも多くの貴族たちは気付いているのかいないのか、ほとんどの者がレイファンに対して眉を顰める者はいなかった。

 レイファンは優雅に彼らの間を渡り歩きながら彼らの対応を確認し、誰が味方で誰が敵かを確認していた。あの社交術はアルフィリースにはないものだったので、アルフィリースはただただそれを見入っていた。

 おそらくはレイファンもまた、意図して自分に見せているのだろうと考えながら。学べるものは何でも学ぶつもりだったのだから。


「やがて大陸中央部の経済は、レイファンが完全に押さえることになるでしょうね」

「それが今回のことと、何の関係が?」

「傭兵のよいところは、国境にとらわれないことよ。気が付けばイェーガーが大陸最大の勢力に・・・なーんてね」

「そうなると~兵力維持のための協定の持ちかけが来るでしょうけどね~」


 アルフィリースとコーウェンがくすくすと笑いながら言ったので、リサは背中が粟立つような気がした。この2人はどこまでイェーガーの勢力を拡大するつもりだろう。ひょっとして、ローマンズランドやグルーザルドと互角に――いやいや、そんな馬鹿な。

 などとリサがかぶりを振ったところで、馬蹄の響きがリサの耳に入ってきた。どうやらエアリアルの仕事が終わって、合流してきたようだ。



続く

次回投稿は、7/31(土)16:00です。

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