後顧の憂い、その14~スピアーズの四姉妹③~
「貴様、何があった? 大魔王として暴れていた時よりも遥かに強力になっているではないか」
「あら、ばれました?」
「当然だ。でなければ、我々がこうして大人しくしているものか。とっくに貴様を殺しに襲い掛かっておるわ」
魔物が腹立ちまぎれに告げた言葉に同調したのか、他の魔物も笑うのをやめた。その場で笑うのはキュベェスだけである。
「少し、きっかけを得ましてね。私は強くなったのですけど、どうにも手数と配下が足りない。少々手伝ってほしいと思いますの」
「何のために?」
「他の方々の出方次第なのですけども・・・大戦期のような時代がまた来るのではないかと思っていますの。そのために、こちらも戦力を充実させておきたいのですわ」
「かつての仇敵を頼ってもか?」
敵愾心のある質問にも、くすりと余裕の笑みで答えるキュベェス。
「そう、『かつての』ですわ。今は私の相手にならない、そうでしょう?」
「図に乗ってるー」
「口惜しいが事実ではある。それに暴れる場所がもらえるのなら、それはそれで悪い気はしない。またこちらも強くなればいいだけだしな。貴様はどうだ?」
水を向けられた魔物が腕を再度組んで唸った。
「・・・一つ条件がある」
「はい、もちろんどうぞ?」
「部下にはならぬ。だから戦うかどうかの判断はこちらに決めさせてもらう。命が危なければ離脱する。それでいいか?」
「もちろんそれで問題ないですわ。まぁあなたがたに命の危険が迫るほどの相手が早々いるとも思えませんが・・・」
くすくすと笑うキュベェスがミランダの方を見るが、ミランダは黙って何も答えなかった。
腕を組んでいた魔物がそれ以上何も言わなかったので、軽薄な口調でふわふわと浮いていた魔物が天井を指差した。
「話がまとまったらさぁ、そろそろ戒めを解いてくれる? 圧迫感がすごくて」
「ああ、そうでしたわね」
キュベェスがドレスの裾をつまむと、周囲を取り囲んでいた黒いベールがするすると引いてゆき、キュベェスの足元へと吸い込まれていく。黒のべールはとめどなく広く長く、永遠に吸い込まれていくようだった。
そして全てのベールが吸収されると、城はその外観すら変えるほどにぼろぼろの状態となっていた。
「これは・・・内装は全部、あなたの体の一部だったの?」
「結界と同義ですけど、さすがに城が朽ちてきていたので補填していましたわ。さすがに妹たちに城の補修をするような技術はありませんので」
「無茶言わないでくれよ、お姉さま。建材もなしには無理だよ」
「その点は、人間やドワーフの方がはるかに優秀ですわね」
妹たちが口々に不満を述べたのを無視してキュベェスは話を続ける。
「ですので、まず一つには我々の館か城を提供していただきたいですわ。できれば現代風の、文化的な邸宅がいいですわね。大きさはお任せしますが、百人前後は暮らしても不自由しない大きさが理想でしょうか」
「すぐにそんなものが用意できると思うかい?」
「できなければ、奪いに行っても良いのですよ? この状況、我々が一つくらい小さな人間の領地を占領したとしても、ミリアザールが何か言うとは思えませんわ。そんな余裕が今のアルネリアにあるのかしら」
キュベェスが微笑みながらミランダを見つめたので、ミランダがはぁとため息をつきながら、キュベェスにつかつかと近づき、そっと耳打ちをした。
しばらくその言葉に耳を傾けていたキュベェスが驚きに目を見開いたあと、快感に打ち震えながら自らの体をかき抱いた。
「あなた・・・それは本当ですの?」
「嘘は言わない。この件に関しては、最高教主に全権を委任されている」
「ミリアザールが・・・そう、あの女狐の言うことでしたらそれほど信用もできないところですけど」
「初めて会った私は信用できないかい?」
キュベェスはしばらく値踏みする様な視線をミランダに向けたが、こちらも小さくため息をついた。
「隠し事は多そうだけど、それこそが女の嗜みというものかしらね」
「それがわかるアンタは、実に人間臭いな」
「そうね、感性は人間ともうさほど変わらないつもり。だから――」
今度はキュベェスがミランダにそっと耳打ちする。
「もし裏切ったり嘘をついたりしたら、人間じゃあ耐えられないほどの残酷な殺し方を経験させてあげるわ。不死なのを後悔して泣き叫ぶほどね」
「ふん、後悔なんて死ぬほどしてきたし、それこそおおよその死に方は経験済みよ。新しい責め苦があるなら教えてほしいものだわ」
「できれば、残酷なことはさせないでほしいものね。私、あなたのことが好みだもの。人生と世の中の悲惨さを知っていながら、まだ諦められないその瞳が、ね」
くすりと妖艶に微笑み、ミランダの顎に指をそわせるキュベェス。その手をぱしりと払いのけると、ミランダは改めて訪問すると言い残し、その場を去ったのだった。
続く
次回投稿は、7/29(木)16:00です。