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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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後顧の憂い、その13~スピアーズの四姉妹②~

「うわっぷ、冷てぇ!」

「冷たいどころか!」


 脚が凍ったじゃないの、とミランダが言いかけて既にフレーキゲリが爪を振り下ろしたのが見えた。

 とんだ巻き添えを食ったとミランダが後悔する。懐の薬も、魔術も間に合わない。ならば――と考えたところでセローグレイスが凍ったはずの体を無理矢理動かして前に出た。


「オラァ!」


 やや鈍くなった剣は浅くフレーキゲリの腹を割いただけで、飛びずさって距離を取るフレーキゲリ。

 強敵に舌なめずりするセローグレイスは、大剣についたフレーキゲリの血を舐めると、その味を確認する。


「よし、調理向きの味だな。お姉さまに献上決定だ!」

「よし、じゃありませんわ!」


 頭上から五月雨のよう槍撃が降ってくると、フレーキゲリはぐらりと倒れて地に伏した。やったのはリアシェッド。

 リアシェッドもまた豊かな青い髪だけでなく、豊満になった胸を強調するドレスが似合うように成人の姿へと変貌していた。

 リアシェッドは髪をかき上げると、セローグレイスが何か言う前に槍を突きつけながら非難する。


「使者殿の脚が凍っているじゃないの! 配慮なさいな、セロー!」

「だってよぅ、ミランダだぜ? 俺たちと同じで不死身なんだし、多少いいだろ? それよりどうすんだよ、斬る場所考えないと肉の鮮度がよぅ」

「だ か ら! それがいけないと――」

「はやくして。そろそろ限界」


 ハムネットが鋼線で他の魔獣たちを拘束していたが、徐々に引きずられているようだ。これだけの魔獣を一度に拘束できるだけでも大したものだが、それでも限界が近いようだ。

 セローグレイスとリアシェッドの武器が一閃してぐらりと魔獣の首が落ちると、残った一体の鋼線を一気に締め上げ、八つ裂きにしたハムネット。


「ふぅ、あぶなかった」

「何が危ないもんかよ、こんなんで死ぬわけがねー」

「捕獲して連れてくる方が大変でしたわ。だけど――」

「残った2体はなんなの?」


 ミランダの疑問も当然だった。抵抗するでもなく、悠然と腕を組んでじっと三姉妹を睨みすえている魔獣と、ケタケタと笑う魔獣がいたのだ。三姉妹は互いに顔を見合わせる。


「誰が捕まえたんだ? 俺じゃねーぞ」

「僕でもない」

「それより、もう一体いませんでした?」


 リアシェッドが告げた途端、彼女の背後に刃が迫る。それをすんでのところでハムネットが防いだが、地面から半身を出した四つ目の魔物は、刃となった腕に力を込めたままケタケタと笑っていた。


「なーるほどぉ? たしかに全盛期のお前らよりも上かもなぁ?」

「なんだ、テメーは!」

「俺たちは賓客よぉ。そこのアルネリアのおねーちゃんと一緒でなぁ。ちゃーんともてなしてほしいもんだな、血と悲鳴でよ!」


 地面から飛び出した魔物が両手を無数の刃に変形させながら、頭上から襲い掛かる。三姉妹にミランダも構えるが、防ぎ切れる自信を持っているものは誰もいなかった。それほど、先の動きと一撃は重かったのだ。


「ケェエエエエ!」

「あらあら、もてなしが遅れて申し訳ありませんでしたわ」


 しゃん、と鈴が鳴ったような音がしたと同時に、魔獣の無数の鎌が黒い鎖に搦め捕られた。否、黒い鎖だと思っていたのは異常に長い髪だった。

 天井から、壁から、あらゆる場所から無限に伸びたような髪とともに、漆黒のドレスをまとった女が登場した。アルフィリースよりも頭一つ大きい長身の女性は、長くスリットの入ったドレスに高らかなヒール、そして宝石をちりばめたように輝く漆黒ドレスと、両手首に鈴をつけたブレスレットを纏って、ゆっくりと歩いてくる。

 美しい。ただミリアザールのような輝かしい美しさではなく、ミューゼのような優雅な美しさではなく、レイファンのような華やかで健やかな美しさとも違い、宵闇の湖畔に咲く毒花のような美しさだった。あるいは、満点の星空を孕んだ夜の女王。

 三姉妹が同時に膝をついてその女性を出迎えた。


「キュベェスお姉さま、まさかこちらまでご足労いただくとは」

「申し訳ございません、お騒がせしてしまいましたわ」

「ごめん。拘束が甘かった」


 委縮する三姉妹の頭を微笑みとともに撫でると、指を鳴らして魔物の拘束を解くキュベェス。

 魔獣は解放されると、大人しくキュベェスの様子をじっと観察していた。


「何を謝ることがありましょう、彼らは私のお客様ですわ。私の目覚めに合わせて、辺境から呼び寄せましたの」

「同志ってことか?」

「まぁ時に殺し合うほどの仲、ではありましたけど。彼らもまた古き魔獣ですわ。あなたがたはまだ生まれてなかったから、知らないでしょうね」


 キュベェスのその言葉に、まさか母なる魔物がいるのかと思ったミランダがだが、異論を真っ先に唱えたのは他の魔獣たちだった。


「同志とはよく言ったものだよー? 殺し合いしかしてなかったと思ったけどねぇ?」

「テメェが辺境からあっさり姿を消しやがったせいで、こちとら退屈でよぉ! そうかと思えば、人間の世界で大暴れして大魔王だとか呼ばれてやがるしよ。弱っちい人間相手に暴れて何が面白いんだっていう」

「あら、人間は面白いですわよ。感情が豊かですし、同じ殺すにしても絶望でも諦めない者、友人や家族をあっさりと引き渡す者、正義や他者のために殉じる者。見ていて飽きることがありませんわ」

「趣味が悪いね」


 ミランダの悪態にも、くすくすと笑って流すキュベェス。


「人間からすれば私は悪以外の何物でもないでしょうね。ですが――」

「わかってる。今はそれよりも優先すべきことがあるんだ。同盟、あるいは部分的な協力体制の話をだな――」

「その前に、一ついいか?」


 静かに腕を組んでいた魔物が口を開いた。その表情には少々の苛立ちと、悔しさが滲んでいるとミランダは見て取った。



続く

次回投稿は、7/27(火)16:00です。

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