後顧の憂い、その12~スピアーズの四姉妹①~
ミランダは内心を気取られぬようにじろりをセローグレイスをねめ上げるように睨むと、不満そうに口を聞いた。
「あなたたちの常識ではそうやって使者を見下ろすのが作法なのかしら? 成長したのは姿だけで、中身は成長していないのかしらね」
「まぁそう突っかかんなよ。これでも俺らは元々化け物でよぅ。人間の礼儀作法なんか知りゃしねぇんだわ。それでもお前を刺身にして、お姉さまに献上しねぇだけでもマシだと思ってほしいもんだな?」
にやにやと余裕の笑みを浮かべながら待ち受けるセローグレイスを見て、ミランダはわざとらしくため息をつきながら階段を昇っていった。
セローグレイスの傍に来ると、その胸を軽く小突いて促したのだ。
「案内くらいはなさいな。迷うと手間だわ」
「ははっ、さすが肝っ玉が据わってやがる。こっちだ」
ミランダは改めてスピアーズの四姉妹の居城を見渡した。造形はなんともいえず稚拙な造りで、子どもがこねたような像や意匠が施してある。そのくせにいやにだだっぴろく、道にもなにも規則性があったものではない。頭上にある縦穴には、いったい誰が入っていくというのか。
まるで城を目指して子どもが砂遊びをしたのに、飽きて投げ出した。そんな印象さえ抱くミランダ。セローグレイスはミランダの怪訝そうな表情を見て、ははっと笑う。
「不細工だろ?」
「・・・ええ、正直そう思うわ」
「いいね、シスター。あんたの正直なところは好きだぜ。この城はグレナイーグラって俺たちは呼んでる。粘土遊びって意味らしいぜ」
「遊び?」
「そうそう」
セローグレイスは手ごろな像に手をかけると、あっさりと殴って壊した。耐久度が低いのか、セローグレイスの腕力が凄いのか。まさに粘土細工のようにあっさりと像は砕けて壊れた。
「お姉さまはまるで人間みてぇなのさ。城を作って、配下を並べて、軍隊をつくって。それなのに、自分では何一つ動きやがらねぇ。ぜーんぶ俺らだぜ、これ作ったの? 元が化け物だってのに、像まで人間のように作れるかって―の。あ、これ人間に対する褒め言葉な?
俺、人間の器用なところは本当にスゲェと思ってるんだぜ? 料理だって器用に作りやがるしよ。同じ食材を俺たちが調理したって、あんなに旨くならねぇもんよ。お姉さまに献上する料理の味付けは、正直人間のやり方を真似したことも多いんだよ」
「ふーん、道理で統一武術大会の時に人間に馴染んでいると思ったら」
「人間は大事にしろってさ。俺たちが人間の姿をとるのもそういうわけさ。お姉さまは人間を尊敬しているから、人間は食わない。それほど腹も満たされないしな」
「記録と違うわね。大戦期は随分と人間を襲ったそうだけど?」
ミランダの皮肉をこめた質問にも、からからと笑いながら答えるセローグレイス。
「昔の話さ、もうそうする理由がねぇ。そのせいで人間の軍隊に追い込まれて、配下は皆殺しにされたんだしよ。生きてんの、俺らだけだぜ?」
「・・・だからこそ、もう少し我々に敵愾心でもあるのかと思ったのだけど」
「そんなものねぇよ、己惚れんな。家を壊すアリがいるだろ? それに家を壊されたってよ、腹いせに全部のアリを滅ぼそうとするか? 腹は立つが、家を建て直してアリ対策するだけだろ。それと同じさ、当時のことは痛み分けだ。それ以上をお姉さまは望まなかった。
それに増え続けるお前たちを殺し尽くすのは面倒だし、こういった料理や文化的な営みも味わえなくなるし、得がないんだ。決してお前たちに勝てねぇからやらないってわけじゃねぇんだ。そこんとこ、間違えんなよ?」
「いきがる割には、あっさりと統一武術大会で負けたわね」
ミランダはなおも煽るが、けらけらとセローグレイス笑った。
「まぁな。だがお前らもわかっているはずだ、あれが俺たちの本領ではないってことはよ。だからそれを今日、お前に見せとこうと思うんだよ」
そう言ってセローグレイスが案内したのは、円形の広場だった。すり鉢状に窪んだその場所は、闘技場を模したのだろうか。その中央に、大型の魔獣が何体か繋いである。
それぞれ手傷を負わされているが、まだ致命傷ではないようだ。狂ったように吠えているわけではないが、涎をぼたぼたと垂らしながら、じっとその場所から動かずに力を溜めているような殺気を感じる。
知性のある魔獣。それらが何か、ミランダには見覚えがあった。
「――あれは――ギルドの討伐最上位にある」
「そう、討伐難度S級以上の化け物たちさ。ギガノトサウルスの成体以上の強さを誇る、辺境の魔獣や幻獣。捕まえるの、苦労したんだぞー?」
からからと得意気に笑うセローグレイスを見て、ミランダは目の前のセローグレイスの実力が以前のそれを遥かに凌駕することを理解した。中にはアルネリアが軍隊を繰り出しながら討伐し損ねた個体や、ギルドの勇者が返り討ちにあった魔獣、それに見知らぬ個体すらいる。
これら全てを捉えたというその実力は、既に単体で軍と同等の戦力を有していることの証明だった。
「何を見せるっていうの? もうあれだけの魔獣を捕縛するだけでも、実力は充分でしょう?」
「ま、一応な。放ってくれ!」
セローグレイスの言葉と同時に、魔獣たちを拘束していた黒い鎖がするすると外れ、魔獣が解き放たれる。と、同時に一体の魔獣が猛然とセローグレイスに襲い掛かってきた。
体中が血みどろながらも、氷の魔術で血止めをしながら飛びかかってくる、2頭を持つ氷豹フレーキゲリ。ローマンズランドとピレボスの山頂の間に棲んでいるとされ、氷の魔術を自由に扱う強力な魔獣。ローマンズランドの村々もたまに襲われるが、天災の一部として討伐ではなく、軍が追い払うのみに留める魔獣である。
セローグレイスが背中の大剣を構える。力任せに飛びかかってくるかと思われたフレーキゲリだが、セローグレイスの剣が振り下ろされる直前急激にその足を止め、セローグレイスの剣の間合いギリギリから氷の息吹を吹きかけた。
続く
次回投稿は、7/25(日)16:00です。