後顧の憂い、その11~吸血種の王⑩~
「此度の同盟――スピアーズの四姉妹を牽制しつつ、後方が不安になるそなたたちの援護をすればいいのか」
「うむ――今アルネリアを襲撃する意味はあまりないように思えるが、どんな馬鹿がいないとも限らんからな」
「賢い奴は読めるが、愚か者こそ読めぬからな――だがそれにしては、そなたが裏切り者を読めないというのは解せぬ」
「不本意ながらワシとて解せぬのよ。ここまで尻尾が掴めんのは初めてのことじゃが、逆にどのような者が首魁かは見当がつく」
「ほう」
ブラドが興味深そうに鳥を眺める。こういう時、表情の読めぬ使い魔は便利だとブラドは思う。ミリアザールは若い時から感情が豊か過ぎて、すぎに表情に出ていたからだ。腹芸は似合わぬと思っていたが、いつの間にかそれも他の追随を許さぬほどに上手くなった。
それでもブラドの前では嘘はつけぬと思ったのか、使い魔で来た。本体で来なかったのは、見透かされるのが嫌だからだろう。ブラドはなにせ、観察が得意だ。
やがてミリアザールはゆっくりと顔を上げた。
「――敵は深緑宮の中の誰か、じゃろうな」
「側仕えということか」
「現役とは限らぬが、通じておる者はおろう。あるいはそれと気付いておらぬか。口無しの情報網に一枚噛んでおらねば、説明がつかぬわ」
「なるほど、引退した者も含めてか――ならば、イークェスも容疑者か?」
使い魔を通してもミリアザールの驚く顔が見えたような気がした。ブラドの聡明さに、あらためてミリアザールは戦慄する。
ミリアザールは言葉を選びながら答えた。
「・・・とは限らぬが、容疑者の一人ではある」
「我が城の外部と連絡を取っているのは、ディアマンテ、イークェス、サミュドラだけである。ドルネアは我が領域から出れぬし、シルメラにはその意欲がない」
「じゃがシルメラも今回は外に出るのじゃろう?」
「そう、だから寵姫一人一人に別の指示を出した。シルメラはそちらに向かう。ディアマンテには大森林を中心とした調査を命じた。サミュドラはかつての眷属に声をかけるように指示した。イークェスは麓の我々に貢物をする村々との交渉だ。それぞれ監視をつけるがいい。おかしな動きをした者がいれば、さらに調べよう」
ブラドの譲歩に、鳥がぱちくりと驚いたような瞬きをした。
「よいのか? 自らの寵姫を差し出すような真似を」
「潔白だと信じたいが、確証はない。ならば被害が広がるような手段を取るしかない、それだけだ。あと一つ、情報がある」
「なんじゃ」
「何十年前のことか忘れたが、我らが領地を訪れた男がいた。城は健在だったが、突破したそうだ」
「そうだ? 他人事のようじゃな」
「私は就寝中だったからな、名は知らぬ。ろくに口もきけぬほど衰弱していたので、寵姫たちだけで処置を施し送り還したと言っていた。どうやら城を突破したのも偶然だったようだが。心当たりはあるか?」
ミリアザールは初耳の情報に悩んだが、あまりに判断材料が少なすぎた。何も言えず、首を横に振る。
「いや、それだけではなんとも。じゃが、男か」
「そうだ、男だった」
「ふむ・・・調べられればよいがの」
ミリアザールはそれからもいくつかの打ち合わせをブラドとすると、使い魔を灰に戻してその気配を消していた。
そしてブラドも一人になってワインを傾けながら、闇に向かって呼びかける。
「ドルネア」
「お呼びで?」
闇の中から盛り上がる泥のようにドルネアが姿を現す。ブラドはそちらを見向きもせずに、命じた。
「話は聞いていたな? 他の姫を見張れ」
「イークェスが一番疑わしいね」
「とも限らん。他の者が色々と外の世界でしているのは知っている。それを利用されているだけかもしれん。それにスピアーズの四姉妹とことを構えることになっても厄介だ。戦力の増強も必要だろう」
「そちらはお任せを。防衛戦専従でよければ、数千はすぐにでも作れるね。それに、既にスピアーズの四姉妹の元に見張りは放ったね」
「さすがだな、任せたぞ」
ドルネアが一礼しながら沈むように消えると、ブラドは自らの椅子に体重を預けて、ワインを掲げて眺めた。人間がいる限り静かになりそうにもない世間を慮り、また気怠そうに、そして愛おしそうにワインを眺めたのだった。
***
「よーう、久しぶり」
「久しぶりと言うほど、久しぶりではないはずだけど」
スピアーズの四姉妹の元を訪れたミランダを出迎えたのは、セローグレイス。だがその姿がまるで違うことに、ミランダは驚きを隠すので精いっぱいだった。
セローグレイスは成長していた。ややもすれば卑猥に見えていたその恰好も、セローグレイスが成長して成人女性へと姿を変貌させたことで、蠱惑的なドレスへと意味を変えた。
両腰へ剣を佩き、背中には見事な拵えの大剣を装備した赤いドレス姿のセローグレイスは、自信たっぷりにその肢体を強調するかのように腰に手をあて、見下ろすようにミランダの前に姿を現したのだった。
続く
次回投稿は、7/23(金)17:00です。