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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2203/2685

後顧の憂い、その10~吸血種の王⑨~

***


「ようやく城が解けよったわ」

「そなたのような無粋な訪問客が増えるから、結界を敷いたのだがね」


 エルザたちを常闇の宮殿から送り届けたあと、ブラドの私室の窓を足で押し開けて自力で入ってくる鳥。いわずもがな、ミリアザールの使い魔だった。

 鳥はワインの蓋の上を陣取ると、一息着いたようにため息をつきつつもふんぞり返った。その様子を見て、変わりなきこの腐れ縁の壮健ぶりに安堵する自分がいることにブラドは気付いていた。


「・・・少し年老いたかもしれんな。無粋な訪問客でも懐かしくなることがあるようだ」

「カッカッ、そなたとワシの仲じゃろうが。無粋も何もあったものではない」

「何度か本気で殺し合ったくらいの仲ではあるかな。甘い思い出は一つもないのだが」

「そなたが配下共の手綱をきちんと握っておったら、そもそも戦いになっておらん。ま、そなたがた手加減してくれなんだら、こちらの被害はもっと甚大だったろうがな。そのことがわからなぬほど幼くはなかったつもりよ」


 鳥が寄越せとばかりにワインのコルクをつつくので、ブラドは苦笑いをして詮を引き抜いてやる。そして氷の魔術を用いてグラスを2つ用意すると、それぞれに注いだのだ。


「その姿で飲むわけではないだろうに」

「雰囲気は大切であろう。大戦期ではないのじゃ、このくらいで丁度よい」

「今では現存しないワインだぞ? 本体を寄越すがよかろう、もったいない」

「そうできればどれほどよいか」


 鳥がワインに羽を回そうとして、冷えたとばかりに羽を引っ込めた。今度はそうっと触れるのみにとどめる。


「旧友との再会に」

「そして同盟に」


 鳥が羽でグラスを押しやるようにして杯を合わせた。そういえば厳めしい場面でしかミリアザールとは話したことがなかったことをブラドは思い出す。イークェスの話を聞く限りでは、厳しく苛烈であるも愛嬌もある主だったようだが。

 それでも愛嬌もあれば融通も利くからこそ、ここまで互いに大戦争とはならずに生き延びたし、アルネリアも必要以上に自分たちを刺激しなかったことがわかる。

 使い魔越しでも伝わるミリアザールの用心深さと、鷹揚さと、そして切羽詰まった様子。ブラドはミリアザールの本命が『城』を一時的に解除させて自らが乗り込んでくることだと理解した。


「なるほど、あの使者2人すらも信用していないのか。手紙を通じて城を空けさせ、私とこうして話すのが目的だったな?」

「昔からワシは誰も信用しとらん。自分ですらも信用できるかどうか危ういのに、どうして他人を信用できるのか。この力の姿も、命すらも借り物よ。貴様のような真正の強大な種族とは違う」

「私も『夜に住まう者』としては異端だったがね。それに長命なだけで、意欲に欠けるくだらぬ種族だ。だらだらと生を垂れ流すだけで生きているのか死んでいるのかもわからなくなったうちに、空を焼く戦いで多くが棺桶の中で眠ったまま死んだのだ。私もあの時少年で、好奇心旺盛で外に飛び出していなければどうなったことか。それよりはたとえ力弱くとも、もがいて獲得したものが多い者の方が尊敬に値する」

「だから人間を傍に置いたのか」

「そういうこともあるし、そうでないこともある」


 ブラドはワインを一息に飲み干した。一人で飲むワインは旨くないが、相手がいると杯も進む。ミリアザールがグラスを2つ用意させたわけがわかった。


「だが、今の寵姫5人は全員気に入っている。できることなら、誰も失いたくはない。そうでなくても、多くが死んでいったのだ」

「ふん、ワシにとっては日常茶飯事だったが、そなたは違うようだな。新たに眷属を増やす気はないのか」

「ない。私が種族最後の一人だ。もう本当の意味では増えようのない種族だ。絶滅に瀕しているのは千年以上前からだが、いまだに幕を引きかねているだけだ。そうしないと、祖霊にさすがに面目が立たない気がしてな」

「なんだ、ワシとは逆か」


 その一言で全てを察したブラド。


「そなた、寿命が近いのか」

「うむ、かなり無理をしている。燃え尽きる前の最後の輝きというやつだな」

「その輝きで何をする?」

「心残りを一掃しておく。これ以上生きてもキリがなさそうでなぁ。あとを託せそうな者もおるし、蛆虫はいくら潰しても湧くし」

「ならば、そなたが戦わずともよかろう」

「これだけ手を血で汚しておいて、いまさら平穏な余生というのもなかろうよ。それに不肖の身なれど、いくらかは責任というものも感じているのよ。それが貴様とは違う」


 鳥が翼の先でブラドを差すと、ブラドはくすりと笑った。


「これは手厳しい」

「だが事実であろ? そながたスピアーズの四姉妹討伐戦に参加してくれておれば、あそこで決着がついた戦いだった。そなたの寵姫2人も消滅せずに済んだであろう」

「返す言葉もない・・・が、今更ながら協力させてもらおう。だが、先の情報は事実なのだろうな」


 ブラドの口調に鋭さが戻る。手の中のワインは魔力で沸き立ち、グラスごと融ける直前で再度凍り付いた。

 鳥がふっと笑う。


「ああ、無論だ――そなたの息子は今ヒドゥンと名乗っているようだが、たしかにワシの知っている者と共にいる。ワシもまさかと思ったが、確認できたのだよ。何が起こってそうなったかは知らんがな、ようやく言質がとれたのだ」

「いつ知った?」

「推測したのは随分と前だ。ワシの懐刀だった大司教が交戦して殺された相手が、ヒドゥンだった。半吸血種との知らせがあったので、もしや――と思ったが、何せ身を隠すのが上手い。足取りがまったく追えなかったところに、先のアルネリア内での戦いの知らせ。元巡礼の上位番手の女が今は勇者一行の傭兵をしているが、それと隷属の契約をしていた。その女の仲間が、最近我らと懇意にしている傭兵団に参加をしたので事情を聞いたのだ、間違いなかろう。詳しい経緯まではその女も知らなんだが」

「隷属――死者操作ではないのか?」

「自由意志は抑えられておらぬそうだ。反抗だけができぬとのことだったが――不思議と居心地が悪くなさそうだったとのことだよ。互いにな」

「そうか――ならよい」


 グラスが元に戻るのを見て、ミリアザールも小さく頷いた。


「貴様も人の親か」

「それだけはそなたの方が先輩だな」

「うむ、実に子だくさんである」


 再びカッカッと笑う鳥に、ブラドは微笑みを返していた。



続く

次回投稿は、7/21(水)17:00です。

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