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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2201/2685

後顧の憂い、その8~吸血種の王⑦~

本日コミカライズも更新されています。よければそちらもよろしくお願いします。

「ところでよぅ、お前さん方が別々になったから言うけどよ」

「別々・・・イライザのことですか?」

「ああ、そうだ。ありゃあいけねぇな」


 サミュドラの言葉に、エルザがやや不快感を露わにした。それに気付いたサミュドラだが、別段釈明はしなかった。


「良くない、とはいかなる理由で?」

「目つき、だな」

「やっぱりサミュドラもそう思うね?」

「なんだ、ドルネアも気付いてたのか」

「多分、全員気付いていたね。だからディアマンテも襲い掛からなかったし、シルメラも慎重に様子を見ていたのさ。襲い掛かったらただじゃおかないっていう雰囲気だけじゃなく、あの子は怖い」

「怖い?」


 一人一人が並みの魔王を遥かに凌駕すると言われる寵姫たちを躊躇されるだけの圧力が、イライザにあったというのか。

 信じられないといった表情のエルザに、サミュドラが躊躇いがちに説明する。


「組んで長いのか?」

「一年以上は経ちました」

「俺らにとったら一瞬みてーなもんだが、人間なら長いのかね。なんかあったろ、あの女騎士」

「・・・自信と研鑽をへし折られるようなことが、数度」


 一つはアノーマリーに対して。騎士として、女として誇りを折られるようなことがあった。いっそ粉々になってしまえば復帰もできなかったろうが、それでも立ち上がるだけの誇りと意地があった。それから前以上に過剰なまでの努力をしていたのに、統一武術大会でバネッサという本物の天才に完膚なきまでに叩き潰された。

 もちろん競技会でなければ違った結果だった可能性もある。だがエルザの見立てですら、イライザがバネッサに及ばないことは想像がついてしまった。その後イライザは何事かをアルベルトと相談していたようだったが、アルベルトの私室から出てきた時の表情が一番忘れられない。

 すべてに絶望しきった表現する様なことすら生温い、深淵を覗いて魂を全て持っていかれたようなあの表情。世には希望も望みもなく、その後の足取りがふらついていたのをエルザは見てい た。

まだリハビリ中だったゆえにエルザは声をかけることすらできなかったが、復帰した時に一番に挨拶に来たイライザを見て、逆にエルザは不気味に思ったことはたしかだ。

 ――どうして、そんなに平静でいられるのかと。


「復帰しないことも考えていました。ですが、この任務にも彼女は志願して同行した。それが少し、怖くもあったのです。あれだけのことがありながら、どうしてまだ剣を握っていられるのかと」

「ああ~わかるな。俺にも同じ経験がある」

「貴女に?」


 自信の塊のようなサミュドラにそのような経験があるというのか。サミュドラは尖塔の長い階段をゆっくりと登りながら話してくれた。


「サーペントの眷属って言ったろ?」

「ええ、海竜だとも言っていました」

「真竜と海竜の混血でよ。ちょっとしたやんちゃしていた時代もあったんだが、サーペントの眷属ってことで大目に見られていた。若気の至りってやつだな」

「今でも暴れているね」

「ドルネア、ちっと黙っとけ。まぁそんなこんなで色んなやつらを怒らしちまって、サーペントが仲介してはくれたが追放されたのさ。やさぐれた私はその後あれそれがあってブラド様に拾われて眷属になったんだが、正直全く別の生き方をしたから立ち直れたってのもある。仲良くはねぇが、ドルネアとか他の寵姫もいるしよ」


 頬を少し赤らめるサミュドラの言葉を受けて、ドルネアが首をかしげる。


「変な物を食ったね? あるいはお前、本当にサミュドラかね?」

「るせぇ! これでも感謝することもあるんだよ、二度と言わねーからな!」

「何度でも言うがよいね。なんなら目覚まし代わりでもいいね」

「調子に乗るな! 誰がやるか!」

「まぁそれはいいんだけど。立ち直るのはそれだけ難しいってこと?」


 顔を真っ赤にして起こるサミュドラと、からかうようなドルネアにエルザが割って入った。


「普通はそうだろ? 俺たちだって不老不死に近くはあるが、精神的に不死身ってわけじゃない。お姉さまたちが自死したのもそれさ。長い生は、やがて精神を壊す。主様が寝て過ごすことが多いのも、精神を摩耗させないためだ。それでも最近は覚醒の周期が長くなっているから、そろそろ寿命じゃないかって――」

「サミュドラ」


 ぴり、とドルネアが殺気立つ。余計なことまで喋ったとサミュドラも気付いて、苦い顔をした。


「すまん、今のは忘れてくれ」

「・・・それは、人間の寿命しかない私には関係ないことだわ。不死者の寿命が近いは千年単位のこともあるし」

「そうかよ。ともかく、あのイライザって女騎士はまだ立ち直っちゃいないかもしれないってことだ。そういうのは一番危うい。あれがお前さんのパートナーってことなら、配慮してやれや」

「それはもちろん」


 エルザは力強く答え、部屋の前についたサミュドラは引き返していった。どうやらサミュドラの部屋はまた別の塔らしく、ただ親切に見送ってくれたようだった。あるいは、余程イライザのことが気になったのか。

 思いのほか親切なサミュドラにエルザは感謝しつつも、ドルネアは上に登ろうとした足を止める。


「――闇を感じたね」


 ドルネアが突然口を開いた。その口調の神妙さに、はっとするエルザ。


「あの娘の目、この宮殿の闇より深かったね。何を考えているのか、まったく読めなかったね。せいぜい暴走しないように、しっかりと手綱を握っておくがいいね」

「・・・忠告感謝するわ」

「遠からず、ほぼ確実に暴走するね。その時どうするのか、どうしたいのか。残酷な決断と結果も含めて覚悟を決めておくといいね。それができなかったら――」

「できなかったら?」


 エルザの問いに、ドルネアはふっと自嘲気味に笑った。


「より悲惨な結末が待つだけね」


 階上に登っていくドルネアの言葉は、姿と共に闇に消えていった。



続く

次回投稿は、7/19(土)17:00です。

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