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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王討伐の裏で、その1~アルネリア教会の最高教主~

 

 建物の間から感じる風が温かい。時期は春から夏にさしかかろうという頃合いである。この時期は日が長くまだ空はうっすらと明るいが、既に白の月は天高く昇り、ミーシアの町並みは夜の賑わいを見せ始めている。

 ミーシアは大都市らしく、夜でも人の波が切れない。店には煌々と明かりが燈り、露店は旅の用具や日用食品を売る店から、買い食いや酒を一杯ひっかける店へと変貌を遂げていく。通りには売り子や客引きが我れ先と通行人に声をかけ、広場の噴水付近では待ち合わせる友人や恋人達を多く見かける。さながら平和な中原における象徴ともいえる光景に目を細めながらも、喧騒から遠ざかるように一人歩くのはミリアザールである。


「人々の営みは何百年経とうとも変わらぬ・・・だがしかし、大戦期よりは笑顔を見かける機会は確かに増えたか」


 ミリアザールはふと昔を思い出す。まだアルネリア教としての母体が確立しておらず、自分が今の巡礼のように各地を巡っていた頃、人間の生活圏などこの大陸の中で微々たるものであった。人々は魔物の存在に怯え、旅や移住もままならず、村や町が魔物の群れに襲われて壊滅するなど、珍しい話でもなかった。人口も、現在の1/10もいなかったかもしれない。

 また魔王と呼ばれる存在も、現在よりはるかに沢山いた。中でも6体、凄まじく強大な魔王がおり、国家すら一飲みにするほどの能力を持っていた。その強大な魔王達は『大魔王』と呼称され、彼らとの戦いは実に300年にも及び、一連の戦争が続いた時期を大戦期と呼ぶ。大戦期が終結したのはおよそ350年前。それからは人間同士の戦争や争いが多くなり、現在の各国の平和維持体制に入るまでを黎明期と呼んでいる。黎明期が終結したのは、およそ20年程前であった。

 

 ミリアザールが巡礼を始めたのは、大戦期に入る以前の出来事である。いや、彼女の存在自体が大戦期を引き起こす一因となったのは疑いようもない。彼女は各地を回るうち、魔物討伐を自然と行うことが多く、そのうち彼女と行動を共にする者が多く現れ、10年経つ頃には一大勢力となっていた。そのため、ミリアザール率いる勢力が魔王反抗の旗印の1つとなっていったのだ。これがアルネリア教の母体となった組織である。

 むろん同時期には他にも伝説に語られるような英雄的存在が多数存在し、人々を率いて魔王達に立ち向かったことも忘れてはなるまい。国境に縛られず動けるアルネリア教は、彼らほど小回りはきかなかったものの、国よりははるかに動きやすかった。


 ともかく、ミリアザールは病や怪我に苦しむ人を助け、村や町どうしが連絡を取り合えるようにし、安全な人の行き交いを可能にした。そして魔物の土地を切り開き、人間達の生活範囲を広げていった。そしていつしか、彼女は聖女や最高教主と呼ばれるようになった。回復魔法は元々人助けをより効率よく行うために素養ある者達に彼女が教えたのだが、結果としてシスターや神官、司祭の能力を開花させる者が多くなり、人間達は以前よりはるかに死ににくくなった。その中で自分に命を捧げると誓い、生死を問わず付いてきた多くの部下達。そうやってアルネリア教は出来上がった。

 彼らの献身と、多くの犠牲をもって現在のアルネリア教はある。今でこそアルネリア教の活動の多くは困窮する人々の救済となったが、昔は魔物討伐が主たる内容だった。さらにその中で大魔王討伐に多くの力を割いたこともあるし、ミリアザール自身も魔物達と戦った。多くの人間を犠牲にしたが、それ以上の人間が恩恵にあずかった。人間の命を数勘定で天秤にかけて成果を誇るわけではないが、また戦いがミリアザールの目的であったわけでもないが、自分がやってきたことにミリアザールは後悔を感じたことはない。後悔すればそれは自分のしたことに対し、夢や希望、その人生をすら賭けた者達に対する侮辱に他ならないと彼女は考えている。が、しかし。


「自分のしたことが正しいかどうかは、わからなくなるな・・・」


 魔物の勢力が薄れ人間の生活範囲が広がるに従い、今度は人間同士で争いを繰り広げるようになった。ミリアザールを中心とするアルネリア教は人間同士の戦争には基本中立を保ったが、各国と連携しての魔物の討伐が疎かになったせいで、アルネリア教単独での魔王討伐が長きに渡り続いた。その中で実に多くの騎士やシスター・僧侶が死んでいった。そのことを批判され、内部分裂が起こりかけたことも幾度となくある。

 また拡大する教会の権力を利用して悪事を働く者も多い。慈愛・救済をその活動理念としている集団にも関わらず、である。最初にアルネリア教の門を叩いた時にはそのような邪念を持っていたわけではなく、ほとんどが崇高な理想を持って業務に励んでいたはずなのに。時には内紛を自分の手で始末してきたミリアザールは、いつも悲しみに囚われていた。といって手抜きや半端な慈悲をかける性分ではなかったのも、確かである。

 アルネリア教は大きくなるにつれて、その中に闇を孕むようになってきたことは否めない。それは取りも直さず、自分自身がそのような人物だからだろうとミリアザールは自嘲気味に笑う。自分が作った集団は、自分の子のようなもの。子は、親に似る。


 物思いにミリアザールが耽るうち、既に繁華街は途切れ、暗がりが多い裏通りに入っている。ここはミーシアの中でもかなり治安が悪い通りであり、娼館や賭博場、闇市が立ち並ぶ通りである。通りにはいかがわしい恰好をした娼婦や、目つきの悪いゴロツキがたむろしている。酔いつぶれて道端で寝転ぶ者から財布を抜き取ったり、少し細い路地からは喧嘩の怒声が絶えないなど、無法地帯にも等しい。明け方になれば、死体の一つが転がることも、さして珍しくない。

 だが現在では、どういった町に行ってもこういった光景が見られる。かの有名なターラムの裏通りほどではないものの、こういった光景を見て思わず自分の胸がムカムカするのをミリアザールは抑えられない。


「ワシはこういった者達まで救おうとしたわけではない。日々努力を怠らず、生きるために懸命で、それでもつまらぬことで命を落とす。そういった出来事を見過ごしたくなかっただけなのじゃ。だが救う人間は選べん・・・」


 昔、自分に良くしてくれた村人達を思いだす。彼らは生きるのに懸命で、毎日遅くまで働くことに文句も言わず、それでも裕福ではなかったのに、困っている者を見捨てるようなこともしなかった。それでもただ一度の魔物の群れの襲来で、全てが灰になった。

 身寄りのない自分を招いて晩御飯を出してくれた老夫婦も、種まきをいっしょにやった仲のよい大家族も、野山を一緒に駆けまわった親友の双子も、もういない。そして、いつも自分に語りかけてくれたあのシスターも。その時、ふと服の裾をつかむものがいる。おそらく乞食の類いだろう、身なりの汚い男だ。


「アンタ、シスターだろ。もう三日も何も食ってねぇんだ・・・頼むよ、俺に神の慈悲を」

「・・・いいでしょう」


 先ほど露店で買っておいた菓子を取りだす。形が星みたいで、後でこっそり食べようと楽しみにしていたのだが、さすがにこれをケチっては教会の信念のなんたるかを説く資格をなくすだろうと、ミリアザールは思ってしまった。


「今はこのようなものしかありませんが」

「っ! なんだ。駄菓子じゃねぇかよ!? 俺が卑しいからって馬鹿にしてんのか?」

「あいにく、手持ちはそれしかありません」

「じゃあ金をよこせ! それで酒を買うからよぉ。俺は酒さえありゃ生きていけるんだ」

「あいにく金も持ち合わせがありません。恵みたいのは山々なのですが」

「ふざけんな!!」


 男がミリアザールの胸倉をつかんできた。


「この手をお離しなさい。アルネリア教のシスターに狼藉を働く者には、相応の罰が下りますよ?」

「・・・ちっ」


 男にも元はそれなりに信心があったのか、幼いシスターに狼藉を働くことに罪悪感があったのか、はたまたミリアザールの目つきが想像以上に鋭かったのか。いずれにしろ思ったよりも彼はあっさり引き下がり、悪態をつきながら路地裏に消えていった。もちろんそれ以上を何かしようとすれば、天罰よりもまず先にミリアザールが罰を与えていただろう。


「自ら働きもせんくせに、人には一人前にたかりよる・・・ダメ人間の典型よな。昔はあんな者は生き残れなんだ。支え合わねば、生き残ることすら難しかった」


 たたずまいを直しながら一人呟く。


「ワシには、どうしてもあのような奴らにまで愛情を注ぐことはできん。まぁ窮地であれば助けはするじゃろうがな。だが、お主ならあのような者にまで何のためらいもなく愛情を注ぐのだろうな・・・のう、アルネリア・・・」


 昔、自分を拾ってくれたシスターの顔を思い出す。あまりにも昔のことすぎて、彼女の顔の描写はもはやおぼろげなイメージでしかない。だがその残した言葉を、一言一句たりとも忘れることはないのだ。


--憎んでは、だめよ――


「アルネリアよ、ワシは聖女などではない、教主もふさわしゅうない。ただそなたの真似ごとをしておるだけじゃ。お前を殺した奴らが、今も憎い」


 はみ出し者であった自分をかばい、面倒を見てくれた。自分が村に住めるよう、村人も説得してくれた。自分が熱を出せば、治るまで寝ずにでも看病をしてくれた。村人が怪我をすれば飛んで行って助け、食べるものがない家があれば、自分の食べるものを削ってでも食事を分け与えた。彼女の優しさにほだされた村人達は、アルネリアと同じように自分達も行動することにした。魔物がはびこる時代において、あれほど平和であった村は当時世界になかっただろう。思い返すたび胸に温かいものがこみ上げる。


「あのような光景を・・・また見たいのぅ」


 そんな回想にひたっていると、はた、と人通りがなくなっている。かなり裏通りの奥深くまで来ているとはいえ、逆に誰もいないとはおかしい。


「ふむ・・・その辺におるじゃろう、でてこい」


 と、影がすぅ、すぅ、と姿を現す。全部で5つは出てきたが、まだ潜んでいるかもしれない。ミリアザールはくびをコキコキと鳴らした。


「待ちわびたぞ? どこの手の者か聞いておこうか」

「・・・」

「だんまりか。それでは面白くな・・・」


 ミリアザールが言い終わらないうちに先頭の者が合図をし、音もなく他の者が動き始めた。全員が懐から刃物を取り出す。


「いきなりか!」


 迫りくる者達を左右にひらひらと避けるミリアザール。シスター服では動きにくいはずだが、その身のこなしの軽さはとてもシスターとは思えない。そしてそのうちの一人の手をつかみ、しこたま壁に叩きつけてやった。

 ゴキッ、と骨が折れたであろう相当鈍い音がしたが、その男は悲鳴一つあげずすぐに体勢を立て直す。痛みにも関わらず攻撃を繰り返せるとは、かなり訓練された者のようだ。生半可では止まるまい。


「悪いが、しばらく動けないようにしておくぞ?」

 

 ミリアザールは簡単な捕縛の魔術を行使しようとして、魔術が使えないことに気がついた。


「何!?」


 瞬間、自分目がけて飛んでくる何かを上に跳んでかわすミリアザール。そのまま建物の壁を蹴って、4階まである建物の屋上に駆け上がった。


「なるほど。人払いの魔術と魔術封じを同時に実行するとは・・・主ら、上忍か」


 間髪いれず、五人が屋上まで駆け上がってきた。忍者とは東にある別の大陸の人間であり、暗殺者の名称である。東の大陸は今現在自分達がいる大陸の半分程度の大きさしかないが、魔物は平均的にこちらよりも強く、また未開の土地も多いため、その分戦いの機会が多い。さらに資源が乏しいため、400年程前に海を越えた国交が開かれてからは、西の大陸から食料・衣料品を援助する代わりに、東の大陸からは武器・人材を輸入してきた。そのうちの一つが忍者である。

 彼らの得意技は暗殺であり、またこちらの大陸とは系統の異なる魔術(方術や忍術と呼ばれている)を使用できる。直接的な攻撃魔術も使えるようだが、主に秘密裏の仕事を請け負うため、間接的な効果を及ぼす魔術を中心に使用してくる。今回ミリアザールの魔術を封印しているのも、その系統であろう。


「(加えて時刻は夜で、季節も神聖魔術に相性が良くない。ワシの魔術を封じるくらいじゃから強力にしてある分、効果は短いじゃろうが。なんせ系統がわからんと解呪もできんの。とすると肉弾戦か・・・)」


 ミリアザールはじりじりと仕掛ける機会を窺うが、流石に敵にも隙がない。しかもいつの間にか男達は、それぞれが何かを手に持っている。


「(あれは・・・符か? ということは、召喚ないし式神か)」


 東方の術式はこの大陸よりもかなり種類が多く、全員が異なる様式で自分の下僕達を呼びだしていた。符がそのまま大きくなり、下僕が這いずり出てくるもの。地面に魔法陣のようなものを描くもの。符そのものが下僕に変化するもの。実に様々である。


「(妖怪、式鬼、式虫・・・実に多様じゃな)」


 忍者達が呼び出した下僕は全部で20体にも及んでいる。魔術が使えないミリアザールにはかなり危険な状況であるかもしれない。忍者達もかなり自分達の有利を確信したのか、初めて口を開いた。


「・・・御覚悟を、最高教主殿」

「なんじゃ、喋れたのか。それよりワシをワシと知って仕掛けてくるとは、お主達は自分が誰に雇われたか知っておりそうじゃのう?」


 全く平静な態度で話すミリアザールに、一瞬忍者達の動きが止まる。


「・・・」

「まただんまりか。まぁよい。もしお主達が雇い主の情報を教えてくれるなら、現在の報酬の2倍払ってもよいが、どうじゃな?」

「・・・いけ」


 だが忍者達はなんの反応も見せず、襲いかかってきた。


「本当につまらん奴らじゃ。せっかく生きながらえる機会を与えたのに、命は大事にするべきじゃぞ?」


 ミリアザールは腰に両手をあて、「やれやれ」とため息をついているが、その間にも2mはあるかという式鬼が殴りかかってくる。だがミリアザールはその拳をひょいとかわすと、式鬼の顔面をひっつかむ。その直後――


グシャッ!


 破裂音と共に、まるで手のひらサイズの果実を握り潰すようにして、ミリアザールは自分の掌の5倍以上の大きさがある式鬼の頭を握り潰してしまった。脳漿が周囲に飛び散り、その手からは鮮血が滴り落ちる。


「・・・!」


 襲いかかりかけた式鬼達だけでなく、上忍たちも思わず息をのむ。


「式鬼とはいえ、殺生をするのは実に何年ぶりかの。さて、と。ワシに手を上げたからには、もはや交渉の余地はない。それに、たまには戦っておかんと戦い方を忘れそうになる。済まぬがワシの肩慣らしに付き合ってもらおう、命を賭けてな」

「・・・囲め」


 ミリアザールの顔つきが段々と戦闘態勢に入っていく。忍者達も子自分達がこれほど追い込んでいながらも、相手が一分の油断もならない相手だとわかったらしい。だが、この段階で既に彼らは間違えていた。この時点で式神を全て囮にして自分達は逃げるべきだったのだが、気付くのが10秒遅かった。もっとも気が付いていても、逃げ切れたかどうかはわからないが。


 

続く




次回は10/25(月)20:00に投稿します。


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