後顧の憂い、その5~吸血種の王④~
「主、てめーら。前菜を持って来たぜ。涙を流してありがたがりながら食べな」
「一言余計ね」
「ふ、では料理が冷めぬうちに食べながら話すとするか」
ブラドが席につき寵姫たちもそれぞれが席についたので、エルザとイライザも席にそれに倣った。どんなゲテモノ料理が出て来るかとエルザはひやひやしていたが、出てきた料理は鼻腔をくすぐるだけの芳醇な香りを放つ、見事な料理だった。
エルザは一口食べると、その鮮やかな味に舌鼓を打った。
「これは・・・アルネリアの一流の料亭に勝るとも劣らない」
「当然さ。食事がほとんど不要な体になったとはいえ、食事が生きとし生ける者の根本であることに変わりはねぇ。こう見えて、眷属になる前は健啖家の美食家でよ」
「いくら食べても太らないことを、何度自慢されたかね」
「カッカッ、幻身とはいえ元の体型が影響するからな。食べ物には気を使ってんだよ」
豪快に笑いながら、サミュドラが席についた。どうやら仕込みは指示すればいいだけなのか、彼女も同席するようである。裏にいる残されたシェフの種族を思い出そうとして、エルザは考えるのを止めた。口に入る物が美味なら、作っている者など関係ないではないかと無理矢理そう思い込む努力をしたのだ。
意外にも、和気あいあいと歓談しながらスープと前菜が終わる頃。エルザが要件を切り出そうとして部屋の扉がやや乱暴に叩かれた。そして入って来たのは正装したイークェスと、赤髪の女性だった。
イークェスは優雅に礼をしたが、綺麗に髪を結い上げた赤髪の女性は不機嫌さを隠そうともせず、殺気を孕んだ目をエルザとイライザに叩きつけた。ブラドにも勝るとも劣らぬその迫力を感じたエルザだが、彼女が誰かは想像がついていた。
「主よ、遅れまして申し訳ありません。シルメラの準備に手間取りまして」
「構わぬ。それよりも使者殿に挨拶をせぬか、シルメラ」
「・・・嫌だね」
見ればシルメラは手枷、足枷に加えて首輪をされていた。美しいドレスと不格好なのは囚われの姫君のようでも、猛獣のようでもある。
当然その鎖はイークェスが握っているわけだが、その鎖をぐいと引いたイークェスがシルメラの顎をくいと引き上げる。
「シルメラちゃん? 主の言うことが聞けないの?」
「・・・恩はあるが私は私だ。貴様の様に魂まで売ったりはせん」
「――!」
その言葉にイークェスの殺気が膨れ上がりかけて、ブラドがすんでのところで割って入り2人の腕を取っていた。席からいつ立ち上がり、その間に割って入ったのかエルザにはまるで見えなかった。黒い霧が瞬間動いたことだけはわかったのだが。
ブラドは子どもを諭すように、優しく語り掛けた。
「そこまでにしておきなさい。お前たちが争うのは悲しい」
「――承知しましたわ、主」
「――別にこの場をぶち壊すつもりはない。離してくれ」
そう告げるとシルメラは自らの鎖をイークェスからひったくり、ブラドに預けると席に着いた。小さくため息をついたイークェスとブラドが席につくと、それだけで絵画になりそうな構図だとエルザは思う。
エルザは改めて質問しようとして、先にブラドが静かに宣言した。
「さて、宴の席ではあるが使者殿と正式な会見を始めようか。改めて私が常夜の宮殿の主、ブラド=ブラッドロード=ツェペリンである」
「白薔薇姫イークェスよ。ご存じのとおり、元アルネリアのシスターです」
「黒荊姫ドルネアだよ。仄暗い流体っていうモンスターの亜種だね」
「蒼海姫サミュドラだ。真竜サーペントの眷属で海竜だ」
「緑圃姫ディアマンテ。プライムツリーの亜種ですわ」
「炎髪姫シルメラ。人間の元勇者だ。アルネリアの関係者なら知っているだろ?」
炎髪姫シルメラ――たしかにその名前をエルザは知っている。まだ大戦期のころ、女性として勇者認定を受けた数少ない猛者の一人。いや、それだけなら記録の中でもさほど回数を見かけないだろうが、彼女には勇者以外の異名がある。それは、炎の精霊騎士シルメラ。それがエルザの知る彼女の異名だった。
続く
次回投稿は、7/11(日)17:00です。