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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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後顧の憂い、その3~吸血種の王②~

「その指文字、大戦期以前からあるものなのよ。私も知っているとは思わなかった?」

「――しかし、見てはいなかったはず。どうやって?」

「方法は言わないわ。だけど、私も今は吸血種、それもかなり上位の力を持っているわ。あまり侮らないことね。正面から戦っても、あなたたち程度なら一捻りよ? 言ってなかったけど、かつて私はミリアザール最高教主の近習の中で最も戦闘に長けていたわ。巡礼制度があれば、まず一番手だったでしょう」

「そうですか。我々のことは不快ですか?」

「ある意味では」


 イークェスが再び歩き始め、城に向けて丘を登り始める。急峻なその坂でも、イークェスの速度が衰えることはなく、2人は少々に息切れをしながら小走りについていくこととなった。

 一方でイークェスの息は全く切れることなく、話し続けていた。


「ブラド王にはお悩みが多い。もう外界とは関わりを断って、心やすらかにお眠りいただきたいの。それでも大陸そのものに関わる案件だからとミリアザール最高教主から連絡がきたので、無視するわけにもいかなくなったわ。だからあなたたちをここに招いたのだけど」

「森の途中ではぐれたことにすれば、それまでになりますか」

「いいえ、私の後をついてくる程度の実力すらないのなら、どのみちブラド王に謁見する前に死ぬわ。王の寵姫は全部で5人。そのうち人間に友好的な者は2人。ちなみに私を含めて5人が5人とも、外界の者が大嫌いだわ。だからいかにアルネリアからの依頼とはいえ、知ったことじゃないというのが他の寵姫たちの言い分よ。彼女たちが途中でつっかけてきたら、最低限の実力がないと死にますからね」

「とんだ引きこもりの姫君たちだわ。箱入りにも程がある」


 エルザが悪態をつき、イライザがぎょっとする間もなくイークェスが小さく笑った。


「本当にね。私もその意見には同意するわ。大陸を席巻するほどの戦力を有しながら、どうしてこんなところに大人しく――そう、思わないでもない」

「ならば、なぜ」

「気になるのなら王にお聞きしてみるといいわ。かつて私たち寵姫5人は、揃って大陸制覇を口に出したことがある。それを制したのは王自らのこと。あのあたりから私たちは仲が悪くなったような気がするわね。さ、ここが王の居城よ。通称、常夜の宮殿にようこそ」


 イークェスが足を止めると、そこには人間よりも遥かに巨大な赤い鉄門と、その前に鎮座する巨大な猪とも犬ともつかぬ奇怪な2体の魔獣。そして2人の女がいた。

 全身を青の軽鎧で覆い、巨大なハルバードを持った凶暴そうな女が、獣の喉を撫でながら不機嫌そうに立っている。その横には小さな黒づくめのドレスを着た少女がふわふわと浮いた球体に乗ったまま、無表情で待ち構えていた。

 青い女が、眉間に血管を浮かべたままイークェスに怒鳴り散らした。


「てめぇ、イークェス! 出迎えは二人で行けって王のご命令だろうが! 勝手に行きやがって!」

「あなたが時間を守らないからいけないのですわ、サミュドラ。時間に遅れてこの2人が無謀にも迷いの森に突入することがあれば、我々でも探すことができないかもしれないのですよ? 王はこうもおっしゃいました。『確実に我が前に客人を連れてきなさい』と」

「昔っから、言い訳だけは得意だよなぁ!?」

「あなたは言い訳が下手なせいで、しょっちゅうポンコツぶりを発揮してましたわね?」

「そろそろうるさい、2人とも黙る」


 黒い少女がぎろりと睨むと、2人は互いにそっぽを向いたが、黒い少女が小さなため息とともに、エルザとイライザを促した。


「すまないね、お客人。私は『黒荊姫』ドルネア。そこの青いのが『蒼海姫』サミュドラ。ここから先は私が案内しよう」

「え、ええ。わかりました」


 不安そうにエルザが答えたので、ドルネアはぴんときたのか、2人を促しながら説明した。


「イークェスから脅されたね? 我々が皆人間嫌い、外界の者が嫌いだと。ひょっとしたら殺されるのではないかと?」

「はい、その通りです」

「正直でよろしい。だが少し語弊がある。私は人間が嫌いというわけではない、無関心なだけだ。どのくらい無関心かというと、別段絶滅しようがどうしようが、関係ないほどだね。だから外の世界の戦争がどうだとか、黒の魔術士がどうだとかすらどうでもいいんだ。だけど、王の命令は絶対だよ。そして私は王のことを愛しているから、王のご希望は全身全霊をもって叶えて差し上げたい。ただそれだけなのさ。だから、王のご要望である限り、君たちの生命は安全だ。なんといっても、私が寵姫の中では一番タフだからね」

「裏を返せば、王が私たちを不要だと判断すれば、その瞬間死ぬことになる?」

「私から逃げるだけの実力がなければ、そうなるね。さて、門を開けよう」


 ドルネアが門に手をかけると、巨大な門が軋む音と共にゆっくりと開いた。魔術的な作用が働いた様子はなく、ただの剛力だとわかると2人は青ざめていた。


「この門を正面から開けることができない者は、そもそもこの居城に住む資格なしさ。ここから先にいる者たちは、皆これくらいできるからね。それを踏まえて、どのくらいの戦力なのか想定するといい」

「・・・ご助言をどうも」

「度胸もあり、謙虚でもある。嫌いじゃないよ、君みたいな人間は。少なくとも、相手をするのが面倒だからという理由だけで殺そうとは思わない」


 ドルネアはくるりと振り返ると、無感情な漆黒の瞳をエルザに向けた。何を考えているのかわからないその瞳を見ると、どうしてもエルザは不安に駆られてしまう。

 そしてドルネアはサミュドラに向けて声を張った。


「サミュドラ、いつまでそうしているんだい? 晩餐の準備を担当するのだろう?」

「あいあい、わかってますよ!」


 サミュドラが頭上を飛び越えて奥に入っていった。その背を見ながら、ドルネアもふわふわと浮きながら進む。


「ああ見えて、あれが一番家庭的で料理上手だ。まぁきちんと人間が食べれるように調理してくれるはずさ、多分」

「多分?」

「我々のほとんどは食事を必要としない。不要なら何年でも食べないし、逆に食べろと言われればいくらでも食べられる。特に私はその気になれば一月食べ続けることも可能だ」

「それはまた、なんとも大喰い。その割には羨ましい体型だこと」

「普段の姿は凹凸に欠けると、他の寵姫には笑われるけどね。それも調整できはするけど――さすがに少し暗いね」


 ドルネアの手がにゅるにゅると伸びると、ほのかに灯るランプに指先から燃料を足したようだった。それでもなんとか足元の輪郭が分る程度の明るさだったが、エルザとイライザはほっとする。ドルネアの配慮がなければ、目の前が階段になっていることすらわからないところだった。

 常夜の宮殿とはよく言ったものだと、エルザは納得する。調度品はほぼ漆黒。元々太陽の光もほとんど遮断されている領域だが、加えて明かり取りのための窓も少なく、窓は美術品として彫り物がなされていた。それぞれに寵姫たちの肖像画が彫ってあるのが、少なくとも3人の寵姫の肖像を確認したことでわかる。

 だが寵姫の数はさらに多いようだった。そういえば、現存するのが5人と言われただけで、きっともっと多くの寵姫がこの城には存在したのだろう。その頃から、この宮殿は常夜の宮殿だったのだろうか。寵姫たちは気が滅入らなかったのだろうかと、エルザは想いを巡らせる。

 床や調度品には埃一つなく、途中で山羊頭に人間の執事服を着こなした魔物が丁寧に掃除しているところを見かけた。魔物はエルザとイライザに気付くと手を止め、丁寧に一礼してみせた。その礼儀作法は、諸国の貴族と比べても遜色なく優雅だった。

 目が慣れて宮殿内の造形を愉しむ余裕が出る頃、3人は一つの豪華な扉の前に到着した。美しい女性の彫像で拵えたその扉の前に、緑で彩られた女性がいた。女性は丁寧に一礼すると、ドルネアと頷きあった。その体表が樹木であることに、エルザが気付いた。

 ドルネアがその女性の方に手を出して、紹介する。


「『緑圃姫』ディアマンテ。見ての通り、トレントの亜種だよ」

「正確にはプライムツリーと呼ばれるトレントの類種の、さらに亜種ですけども。よろしく、アルネリアの使者の方」


 ディアマンテが握手を求めたが、エルザが伸ばそうとしたその手をドルネアがはたく。


「よしなよ。ディアマンテに準備なく触れると、妙ちきりんな種を植え付けられるよ? 彼女の眷属になりたくなけりゃ、触れるのは良しときな」

「う」

「ふふ、残念」


 ディアマンテが妖しく笑うと、その裾からもう一人のディアマンテが出現して扉をノックした。頭や口に見えるのは飾りでしかないのだと、ドルネアが説明してくれた。


「王、ご使者がお見えです」

「・・・通すがよい」


 扉の向こうから声がかかると、ディアマンテが扉に手をかけて力を込めた。扉がゆっくりと開く間、ドルネアが周りをきょろきょろと見回しながらディアマンテに質問する。


「シルメラは?」

「来るわけがないわ。あの子は人間のくせに、誰よりも人間を憎んでいるもの。人間の使者、ましてアルネリアからなんて、一目見たら斬り殺しかねないわ」

「それもそうか」

「シルメラ? まさか、『赤髪の勇者』シルメラ?」


 エルザの驚きに、ディアマンテとドルネアが顔を見合わせた。


「あら、ご存じ? 今は『炎髪姫』シルメラだけど」

「そういえば、かつては勇者で精霊騎士だったね。私たちとも戦った、そうだった」

「死んだって――聞いてた」

「まぁ、そのあたりはこの後の晩餐会で聞いてみたら? 生きてたら、だけど」


 ドルネアの不吉な予言と共に重々しく扉が開くと、そこは謁見の間ではなく寝室だった。シーツから毛布に至るまで黒一色。あっけにとられる黒のレースのカーテンがするすると独りでに開くと、そこにはゆったりとした長い黒髪を垂らした、この世のものとも思えぬ透き通るような純白の相貌と共に、気怠そうに横たわっていたのだった。



続く

次回投稿は、7/7(水)18:00です。

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