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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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後顧の憂い、その2~吸血種の王①~

「ここが――吸血種の王、ブラドの領域ですか」

「ええ、結界の上位である『城』を形成していると言われているわ。スピアーズの四姉妹の居城と合わせて、現存する数少ない城の一つ。歩き方を知らないと、一歩でも踏み込んだが最後二度と出れないそうよ」

「しかし、暗い森とはそのままではないですか。灯りの一つでもあればなんとかなるのでは?」

「それは試せばわかることだわ」


 2人がごくりと唾を飲み、エルザがイライザを促した。イライザは手ではなく、おそるおそる聖別した剣で先に何があるか、宵闇に触れようとする。だが、剣が一段階暗い領域に入ると、その聖別が一瞬で霧散していた。


「これは――闇が光を無効化するのですカ?」

「そういうこと。生半可な光では照らせない闇だそうよ。明かりも案内もなしに、この森を歩けると思う?」

「どうやって奥へと進むのです?」

「先触れを出しておいたわ。この領域に入る許可を出される可能性があるのは、かつてブラドと交流のあった国か、もしくは現存する姫たちの関係者だけ」


 エルザの説明に首をかしげるイライザ。


「アルネリアはブラドと交流が?」

「かつて戦ったこともあれば、あるいは共闘したこともあるそうだけど。実は、姫の一人がアルネリアの関係者だそうよ。私も初めて聞いたけど」

「え?」


 イライザが予想外の返事にエルザの方を振り向いた瞬間、闇からすぅと手が伸びて、イライザの剣先をつまんでいた。

 その気配のなさにびくりとしてイライザが剣を引こうとしたが、指2本で固定された剣先はびくともしなかった。

 青ざめるイライザの正面で、闇から溶け出すように色白の美しい女性が姿を現した。アルネリアのシスター服と似たシスター服を着た女性。腰よりも伸ばした長い髪をティアラで結い留め、その表情は柔らかな笑顔で話しかけた。


「あなたがたがアルネリアの使いで間違いないかしら?」

「はい、大司教補佐エルザと、神殿騎士イライザです。巡礼任務も兼ねています」

「巡礼――私の時にはなかった制度ね。当時は大戦期真っ只中だったし、各地を巡る余裕なんてありませんでしたけど。それにしても――」


 女が2人の姿を興味深そうにのぞき込む。そして頷き、目を輝かせた。その表情がまるで少女のように無邪気に華やいだ。


「な、なんでしょうか?」

「今のアルネリアの服は細部まで凝っているわねぇ・・・意匠も良いけど、耐久性、魔術耐性まで考えて作り込まれている。シスター服の下に鎖帷子を着こんだ私たちの時代とは大違いだわ。動くとじゃらじゃら鳴ってうるさいし、何を着ても不格好で不細工なるから嫌いだったのよね。男は魔晶石の全身鎧、女も戦場に行くときは鉄兜の上にシスター帽を被るものだから蒸れて蒸れて――」


 息巻いてまくしたてる女性にイライザは怯んでいたが、エルザははっと冷静さを取り戻した。


「あの、失礼ですが案内をしていただけるのでしょうか?」

「あ、そうだったわね。大丈夫よ、もう検めは済んだわ」

「検め?」


 女性が指を鳴らすと、周囲から黒い影が何体も現れた。それらは獣人から魔物、人間まで様々な姿をしていたが、彼らに共通していたのは衣服のどこかに白の線が入っていることだった。

 彼らがそれぞれ頷くと、女が一つ大きく返した。


「念のため、無粋な追跡者がいないかどうか確認させていただきました」

「我々は信用なりませんか、『先輩』?」

「我々の組織がどれほど信頼できるかよくわかっているのは、他ならない貴女がたではなくて、『後輩』?」


 優雅に笑う女に、エルザは不敵な笑みで返した。女は優雅に礼をすると、改めて名乗る。


「私はブラド=ツェペリンの寵姫にして、白の一団を率います『白薔薇姫』イークェスと申します。では行きましょう、最近のアルネリアのことも聞きたいですし」


 イークェスの柔らかな笑顔に引かれるように、2人はそのあとに続いて暗い森に分け入っていくと、背を向けたままイークェスが森を歩く注意点を述べた。


「森の中では私から丁度3歩後ろを歩くようにしてくださいね。距離が縮まっても、広がってもだめ。森を物理的に抜けようとすると、10日はゆうにかかるので、『渡り』と呼ばれる方法で中を抜けます」

「短距離転移の連続ということですか?」

「似ているようで違うわ。異空間を歩くの。それが城の中ということよ」

「常識と、我々が知っている理は通用しないと?」

「あなた、頭が良いのね。そういうことよ」


 エルザとイライザはぴたりとイークェスの3歩後ろを歩いて行った。その間、イークェスは実に色々なことを語り、また質問した。

 ミリアザールは健在かどうか。今のアルネリアの規模は。どんな国が残って、どんな国が滅びたか。神殿騎士団は誰が率いているのか。外の世界では黒の魔術士なるものが跋扈しているそうだが、様子はどうか。また戦争が近いとのことだが、その趨勢は。

 話し込むうち数刻は過ぎたかとエルザとイライザが軽い疲労を覚える頃、3人は暗い森を抜けていた。


「着いたわ」

「これが――吸血王ブラド=ツェペリンの居城。常闇の宮殿」

「圧巻ですね」


 空は漆黒だった。城の作用がそうさせるのか、空は暗い雲に覆われ、太陽が射していないとしか思えなかった。太陽の位置を確認するに完全に外界と遮断されたわけではないのだろうが、代わりに太陽の色が青いのだ。

 青白く射し込む光に照らされたのは、まるで海竜の背のような恰好に侵食された崖の上にそびえたつ、大きな城。いつ崩れるのかわからぬほどの不安定さにしか見えないのだが、それを見たイークェスがフフと笑った。


「不安定に見えるでしょう? どうしてあんなところに城を作ったのかと」

「ええ、正直。理解に苦しみます」

「だけど、絶対に崩れないわ。あれも城の作用だそうよ」

「一部は幻想だと?」

「そのようね。ブラド様が健在でいる限り、この城が崩れ落ちることはないわ。私がここに来てから400年近く経つけど――崩落一つ起きたことがないもの。さ、中に入りましょうか。ああ、もう3歩後でなくともよいわ。気楽にしてくださいな」


 イークェスがするすると歩いて行くなか、意識的にエルザは距離を開けた。イライザもそれに気づき歩調を合わせる。そして一定以上離れたところで、エルザが指文字で会話をしてきた。


「(たいした女ね。あれを味方と思わない方がよさそうだわ)」

「(親しみやすそうでしたが?)」

「(とんでもない! あの女、3歩と言いながら、歩幅を微妙に変えながら歩いていたわ。我々がそれに気づかず、距離を離されたらどうなったのかしらね。会話は情報収集だけでなく、我々の気を逸らすためにも行っていたのでしょう。もし脱落していたら、城を訪れる最低限の実力すらありませんでしたと報告して、それで終わりだったかもしれないわ)」

「(なんですって?)」

「そうね、そうしていたわ」


 前を歩くイークェスが背を向けたまま、突然指文字の会話に割って入って来た。ぎょっとしたエルザだったが、イークェスは振り向いて今度は冷たく笑っていた。



続く

次回投稿は、7/5(月)18:00です。

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