大戦前夜、その17~姫騎士見習いエルシア~
「団長、聞いてる!?」
「ええ、そんなにがならなくても聞いているわよ。で、なんだって?」
「聞いてないじゃん! このリリアムの行動が団内の風紀を乱すから、やめさせてって言ってるの!」
「風紀ねぇ・・・多少どうしたところで、ロゼッタ以上に乱しているとは思わないんだけど。あと、気の緩んだフェンナとか、誰にでも抱きつくエメラルドとか」
ため息交じりに反論するアルフィリースの肩を、強く掴んで揺らすエルシア。背が足りないので、少しつま先立ちになりそうだ。
「レイヤーの・・・幼馴染の貞操の危機なのよ!? すぐ止めさせて! レイヤーは非力で押しに弱いんだから、リリアムがその気になったら強姦されちゃう!」
「女が男を押し倒しても強姦になるんだっけ? それとも美人に押し倒されるなら、役得って言うんだっけ? 据え膳、は違うかぁ。あれ、レイヤーが据え膳なのかなぁ・・・」
「何をわけのわからないことを! 言葉の定義はいいから!」
「非力で押しに弱い、ねぇ」
アルフィリースが背後にいるリリアムを見たが、リリアムは苦笑いで答えるだけだった。アルフィリースも苦笑して相槌を返す。
「何よ、そのへらへらした表情は! こっちは真剣なのよ!?」
「はいはい、わかりましたよ。そんなに五月蠅いと、耳がキンキンしちゃう。レイヤーならもう既に仕事を受けて出て行きましたよ、と」
「はぁ? 何の仕事? 団長が依頼したの?」
「レイヤーは体力はあるからね、伝令としては優秀よ。ちょっと用事を頼んでいるけど、この戦争の最中も活躍してもらう予定だわ」
それが何の役目かとは明確にしなかったが、エルシアは気付かず、リリアムは気付いている様だった。エルシアはなおも食い下がろうとしたが、アルフィリースが冗談めかして指を胸に当てて突き放す。
「これ以上文句を言うようなら、貴女をリリアムの大隊に編成しましょうか? エルシア小隊長?」
「そ、そんな。横暴だわ」
「私が団長なのよ? 決定権は私にあるわ。リリアムは歓迎かしら?」
「もちろん、こき使い甲斐がありそうだわ」
「絶対に御免よ!」
エルシアは分が悪いと思い、アルフィリースとリリアムから逃げるようにその場を去っていった。ずんずんと歩くその姿から憤慨している内心が手に取るようにわかり、リリアムとアルフィリースは顔を見合わせてくすりと笑った。
「幼いわね。女性部門の優勝者、最強の女騎士ディオーレを破ったと言っても、まだ子どもか。小隊を任せても大丈夫なのかしら、団長」
「あの子より年若い傭兵はまだいるわ。彼らの指揮をさせるつもりよ」
「私は別動隊だけど・・・ローマンズランド側に連れて行くのでしょう。そちらの方が激戦区では?」
「私がいるわ。それに、いかに幼いとはいえ志願して傭兵になったのだもの。最低限の試験すら突破していない者はさすがに置いて行くけど、そうでないなら死ぬことすら自分の責任よ。それより、あの子にはもっと経験を積ませてあげたい。将来の傭兵団の中核だと、個人的には思っているの」
「随分とかっているのね。優勝したから?」
「それ以前からよ。天性の才能、意志の強さ、そして何より流れを引き寄せる運。必ず成長したあの子の力を、このイェーガーが必要とする時がくる。いえ、ひょっとしたらもっと多くの人にも必要とされるかも」
アルフィリースの目には期待がありありと浮かんでいた。それを見てリリアムもふっと笑う。
「姫騎士エルシアですって。団内では定着しつつあるわ」
「統一武術大会でも呼ばれていたわね。なんとなく意味はわかるけど、あの子は貴族じゃないわ」
「そうね、戦い方も気高いわけじゃない。でも民衆には丁度良いのよ。本当の騎士や貴族はちょっと高潔過ぎる時もあるから。泥臭くも誇りを失わず、時に華麗に、時に執念を見せながら、搦め手を見せつつも最後は正面から鮮やかに勝ってみせる。そして何よりこれからの成長を期待させるのよ。応援したくなるじゃない、私だってね」
「そっか、味方は多いのか。まだまだ見習いってところだけどね」
アルフィリースは安堵したようにその背中を見送ったが、踵が少し高い靴を履き始めたエルシアが時に躓く様子を見ると、まだまだ危なっかしいと心配してしまう。そして旅を始めたばかりの時ミランダも同じような心境だったのかと思うと、自分も成長したのかとふと小さな実感を得たのだった。
***
その後、アルフィリースはイェーガーの中心人物を集めると、再度今後の方針を確認した。イェーガーの総勢は現在3万を越える。それら全てが戦闘向きの人員ではなく、ただの給仕や清掃人、行き場を失くした孤児や、身寄りのない寡婦や老人までもが少なからずいた。
一つの街のようなものだといえばそれまでだが、一つ違うのは誰しもが何らかの役割を与えられ、活躍する場面があること。孤児は洗濯や掃除、それに芋の皮剥きなどの下働きで活躍し、寡婦は給仕や清掃人となり、老人は教師となった。それすらも果たせない者は、流石に団員の資格なしとして入団を断ったが、ただ放逐するにしても行き先の斡旋等を必ず行うことから、イェーガーの名声は日に日に高まっていった。
統一武術大会での活躍は諸国に知れ渡ることとなり、各国が戦争に向けて戦力を集める時流も手伝うのか、日々先を争うようにイェーガーへと人は流れて来る。多いと一日200人を超える入団希望者が集まることもあり、アルネリアの外には入団希望者が列を成して待っている状態ですらあった。
エクラはイェーガーの遠征準備をジェシアやアルフィリース、コーウェンと進めながらも、それらの人員を雇い入れることに応対しており、最近では助手を使って20名ほどの部署を立ち上げて対応していたが、それでも彼らの執務室から夜通し明かりが消えることがないほどの多忙を極めていた。
だがエクラの采配に文句を言う新規入団者はほとんどおらず、彼女はその働きぶりをもって団内での信頼を着々と深めていった。イーディオドという大国の宰相である父ハウゼンの血を、たしかに彼女は継いでいたのである。
並いる団員の前で、エクラが堂々と経過を説明していた。
続く
次回投稿は、6/29(火)18:00です。