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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦前夜、その16~残酷な依頼~

 そんなアルフィリースを待ち受けていたのは、まったく想像していないけたたましさだった。


「待ちなさい、リリアム! 約束が違ぁう!」

「エルシアがいつまでも黙っているからいけないのだわ。統一武術大会でちょっと優勝したからっていい気にならないことね。この一月の戦績では、明らかに私が勝ち越しているわ」

「だからって、当のレイヤーがいなかったせいで私はまだ何もしていないのよ!?」

「一月も経っているのに動き一つ起こせない『おぼこ』のことなんか知ったことですか。レイヤーは私がいただくわ。なんなら、お情けで今夜までなら待ってあげても良くてよ?」

「だ、だ、誰があんたの情けなんか――!」


 傭兵団の敷地内で犬も食わない言い争いをしていたのは、エルシアとリリアムだった。周りではやんややんやと他の傭兵が騒ぎ立てている。

 リサがやれやれとため息をつき、コーウェンはくだらないと自室に戻っていった。アルフィリースは呆れながらも、その様子を刃の手入れをしながら眺めていたルナティカに様子を聞く。


「玄関先で大騒ぎしないでほしいんだけどな・・・一応聞くけど、何の争い?」

「見ての通り。レイヤーの取り合い」

「それはわかるけど、なんでこんなに大騒ぎなの? エルシアはそんなの嫌いだと思うんだけどな。一応隠していたんじゃなかったっけ?」

「統一武術大会の女性部門で2人は賭けをしました、勝った方がレイヤーを好きにすると。ところが当のレイヤーは、統一武術大会が終わってからしばらく姿を消していた。エルシアは気勢を削がれ、結局何もできずじまい。そして痺れを切らしたリリアムがエルシアを煽り、今に至る」

「なるほど、わかりやすい」

「エルシアは秘密にしたかったと思うけど、周囲からはバレバレ。だから皆苦笑いしつつも、応援していた。むしろリリアムなりの激励かもしれない」

「エルシアは迷惑そうだけど?」


 アルフィリースが指さし、ルナティカがふっと笑った。


「傭兵の歓迎はいつも手荒い、相手が幸せならなおさら。エルシアにはもうちょっと堂々とした態度がこれから必要」

「ルナティカは騒がれないじゃんんか」

「代わりにラックが冷やかされている。私を冷やかすほど命知らずはいない」

「うん、納得」


 すうっと切れ長の目をこちらに向けるルナティカを見て、妙に納得したアルフィリース。そしてこの喧噪の当人たちがいなくなったところで、植え込みからひょいとレイヤーが顔を出した。


「ふぅ、ようやく行ったね」

「・・・レイヤー、もうちょっと気配を出しなさい。心臓に悪いわ」

「団長、あの2人を舐めたらだめだよ。気配を出そうものなら、あっという間に捕まるんだから。読みが鋭くて、気配に敏感な女性2人から逃げ回るのは楽じゃないんだ」

「なら逃げ回らなければいい。諦めてどちらかに決めるか、2人ともモノにするか、そろそろ決めて」

「簡単に言ってくれるなぁ。僕にはその手の技術はないんだ」


 レイヤーが不満そうに口を尖らせたのを見て、アルフィリースは可笑しそうに笑った。自分やルナティカのどんな無茶にもレイヤーは文句の一つもなく応えてみせるので、こんなことで不満を口にしたレイヤーが可笑しかったのだ。

 レイヤーは表情を元に戻すと、アルフィリースに神妙な顔で問いかけた。気配はもう既に希薄になりつつあり、目の前にいてすらその存在があやふやにも感じるほどだった。


「団長、今日にでも依頼のために発ちます。定期的には報告に参りますが、お会いできない可能性もあります。経過はルナティカを通じて報告しますが、合流は全て成し遂げた時となるでしょう」

「あるいは、全てが上手くいかなかったときかもしれないわ」

「アルフィ、心配しなくてもそうはならない。私とレイヤーがさせない。一命に代えても、必ず成し遂げる」

「騎士じゃないのよ、一命になんて代えなくていいわ。駄目なら逃げ出しなさい、いいわね?」

「「了解」」


 アルフィリースはこの度の戦い前に、2人には別の依頼を出した。今回の戦いにおいて、それがどのような影響をもたらすのか。たった2人に対する依頼だが、ひょっとすると団の命運を握るのはこの2人かもしれないとも思う。

 そしてアルフィリースがルナティカに目くばせすると、ルナティカは席を外してレイヤーだけが残る。アルフィリースは瞬間的に空気の層を魔術で遮断し、音が外に漏れないようにした。防音の結界を張るよりも簡素に、そして同等の効果が得られるのだが、そんなことをレイヤーは知るはずもない。

 アルフィリースは少しだけ息を大きく吸うと、強い口調で告げた。


「レイヤー、もし私の策が上手くいかなくて全てが敗れた時には――ローマンズランドを『焼いて』。できるわね?」

「――!」


 レイヤーはアルフィリースの言葉の意図するところを理解し、そして信じられない物を見るかのようにアルフィリースを品定めし――そしてゆっくりと頷いた。


「――否はなし、ということですね。やります、必ず」

「罪は私が一緒に背負うわ、一生ね」

「そんな必要はありません」

「いいえ、これは私の覚悟でもあるわ。だって、もしローマンズランドを焼くことになっても、私がやったと言うことはできない。もしばれたら、あなたが勝手にやったことにするわ。だから、せめて背負わせて。そうでもしないと気が済まないから。本当はもっと何か条件となりそうなものを考えたんだけど、思いつかなくて――」


 その言葉が何を意味するのか。レイヤーはゆっくりと考え一つの条件を口に出した。


「・・・僕は貴女に対価を求めるつもりはありません。だけど、もしそれで気が済むというのなら、一つ条件を出しておきたい」

「いいわ。どんなことでも私の身一つで叶うことなら、叶えるわ」

「もし僕が何かを『焼き払う』ことになったとしたら、その時は僕の願いを一つ叶えてほしい。貴女に拒否権はない、どんな願いでも叶えてもらう。できる?」

「・・・いいわ」


 その瞳はまっすぐ偽りなく。ほんのわずかな逡巡すらなく、そんなことでいいのかとばかりに、アルフィリースは言い切った。

 迷いのないアルフィリースを見ると、逆にレイヤーは困ったように頷いた。


「契約は成立したね。では行ってきます」

「ええ、朗報を待っているわ」

「お互いに」

「ちょっと、団長! そんなところで何しているの!?」


 レイヤーの気配が再び消えたと思うと、エルシアがつかつかと足早に寄ってくるところだった。



続く

次回投稿は、6/27(日)18:00です。

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