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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ピレボスにて、その5~ハルピュイアの娘~

「まずこの子は、人間とハルピュイアの混血みたい」

「混血?」

「そう。非常に珍しいんだけど、お母さんが人間で、お父さんがハルピュイアみたいね。あ、男だったらハルパスかな。ともあれ、この子のお母さんはどこかの貴族の出身じゃないかって。権力争いに負けて落ち延びる先で、追手に殺されそうなところを、たまたま通りかかったこの子のお父さんに助けられたみたい。それで2人は恋に落ちて、共にハルピュイアの里で暮らし、この子が生まれたんだって」

「絵に描いたようなロマンスだねぇ」


 ミランダが感心している。ユーティはなおも話を続けた。


「だけどこの子は混血児ってことで、ハルピュイアの集落ではいじめられたみたいね。お母さんもこの子を産んですぐに死んだみたいだし。だけど、この子は集落の宝剣であるインパルスに認められたの」

「精霊剣は使い手を選ぶからね」


 グウェンドルフが言葉を添える。


「そのせいかな、さらにこの子は村で居場所を失くしたみたい。加えてインパルスが使えるってことで、さらに封印された剣、レメゲートの方も押しつけられたみたい」

「封印・・・あの黒い剣ね」


 アルフィリースは自分の手にある黒い剣を見た。自分で握っていてなんだが、どうにも不気味だった。グウェンドルフもアルフィリースの剣を不思議そうに見ているが、何か言いたそうな事があるのをこらえて、ユーティの話を促した。


「お告げがあったそうよ。レメゲートの封印が近いうちに解けるとね。その時この剣が集落にあるのは良くないから、誰かに持たせて旅に出せと。さすればレメゲートの正統な使用者が現れ、万事うまくいくであろうとね」

「じゃあこの子は剣の使用者を探しに?」

「もう見つかったんじゃない?」


 ユーティが意味深な眼でアルフィリースを見る。


「まさか・・・」

「そう、アルフィリースが触ったことで、この剣の封印は解けたみたい。でも、完全ではないみたいよ。だからこの子、エメラルドも判断に困るって」


 ユーティがエメラルドと呼んだ白い羽の少女を見ると、確かに彼女は困ったような顔をしていた。


「それにこの子はレメゲートの使用者が見つかり次第、その人に仕えるように命じられているんですって」

「え、それって」

「そう、ワタシはていのいい厄介払いだと思うわ」


 ユーティが珍しく、怒りをあらわにしていた。


「そもそもそのお告げ自体も怪しいし、厄介な事をこの子に押しつけただけにしか聞こえないのよね。まったく腹立たしい種族だわ!」

「でも宝剣を預けたんでしょ?」

「どうだか。実際この子は里を離れるように命令されただけで、どこに行けばいいかもわからず、一月近くこのピレボス周辺をうろうろしていたのよ? ハルピュイアが何の前触れもなく人間の里に行けば一大事だしね。良くて見世物小屋じゃない? それにほら、この子って混血なせいか、羽があるだけで人間とほとんど見た目が変わらないし。ハルピュイアはもっと鳥っぽい容貌のはずなんだけどね。妖精のワタシが言うのもなんだけど、かなり美人だと思うわよ、この子」

「言われればそうね」


 白い羽ばかりに気を取られていたが、この少女は美しい。金の髪を短く切りそろえ、まだあどけなさの残す風体だが、非常に気品がある。母親がどこかの貴族だというのも納得だ。緑の瞳は困惑と不安に満ちているが、逆にそれが輝く容貌と対比して魅力となっていた。薄い生地の布の服に、下は太腿が見えるほど短いズボンである。肌は透き通るように白く、艶めかしかった。リサやラーナも肌は白いが、エメラルドは元が相当に色白なのだろう。

 アルフィリースがまじまじと見入っていると、エメラルドがその視線に気づいて、気恥ずかしそうにもじもじとした。


「ちょっと、アルフィ。そんなにじろじろ見ないであげてよ」

「あ、ごめんなさい」

「それに、今から嫌でもしっかりと見れるわよ」

「え?」


 アルフィリースがきょとんとした一方で、ユーティがニヤリと笑った。


「アルフィ、貴女さっき何をしたか思い出しなさい?」

「何って・・・」


 アルフィリースは先ほどの自分の行動を思い出すが、この子を助けたことしか思い出せない。アルフィリースが首をかしげていると、ユーティがさらに悪戯っぽく笑った。


「まず、この子を抱きかかえたわよね」

「そうね」

「それで、この子の羽も触ったでしょ? その時、一番敏感な部分を触ったみたいなのよね」

「そうなの?」

「さらに、手を握って立たせたわよね?」

「うん」

「で、最後に何をした?」

「・・・何も?」


 ユーティが両手を上げて、やれやれといった様子で首を横に振っている。


「普通は順番が逆なんだけどね、これはハルピュイアにおける求婚の儀式の手順なのよ」

「きゅうこ・・・は?」

「だからこの子も戸惑ったみたい。しかもアルフィは女だし? だからこの子は聞いたでしょう? 『ユーノ、マリージ』って?」

「・・・まさか」

「そう、『あなたは私と結婚するのですか?』って意味よ。その言葉に、アルフィは頷いたのよ。これがどういう意味かわかる?」


 アルフィリースの顔から血の気が引いていく。後ろではリサが既に笑いをこらえていた。そして、たまりかねたように、ユーティがついにとどめの一言を発する。


「そう、アルフィ、貴女はこの子と結婚したことになるのよぉ!」

「え、ええ・・・えええええ!?」


 アルフィリースはあんぐりと口を開けていた。もちろん、アルフィリースにそんなつもりは微塵もなかったのだ。


「エメラルドもまさかと思ったんだけど、レメゲートのマスター候補でもあるし、どの道ついていかないと、とは思っていたみたい。それにプロポーズまでされたらねぇ・・・命の恩人にハルピュイアは同等の恩を返さなくてはいけないしきたりがあるから、『命の恩人がそう望むなら』ってことで、エメラルドはプロポーズを受けちゃったみたいよ。はい、結婚成立~」


 最後の方はユーティもまさかの展開に呆れたのか、茶化すように言った。そして呆然自失のアルフィリースの肩を、後ろからリサがぽんと叩く。


「よ、よかったですね、アルフィ・・・人生最大のモテ期ではないですか。ぷ、くくく・・・風習の違いとは怖いものですね、うくく・・・だ、駄目。お腹が限界・・・」


 リサがついに笑の上限値を超えたのか、その場にうずくまって地面を叩きながら笑い始めた。ユーティも同様である。さすがに他のメンバーはそこまでする気にはならなかったが、感情の行き場を失くしてどう反応すればいいのか困っていた。ラーナが、「しまった、その手が」などと呟いたのは、誰にも聞こえていなかった。

 そしてアルフィリースが呆然自失とするなか、ユーティに何やら耳打ちをされたエメラルドがゆっくりと近寄ってくる。


「あ、あるふぃ?」

「・・・はい?」


 アルフィリースが虚ろな瞳でエメラルドを見る。


「わ、わたし、えめらるど。ふつ、ふつつかものですが、よろしくです」


 そうしてお辞儀をするエメラルドを、呆然とみつめるアルフィリースだった。


***


 その日の夜。アルフィリース達はほら穴のような物を見つけ、一泊することにした。中はなかなか広く、全員がきっちり横になれるくらいの大きさは十分にあった。

 見張りはグウェンドルフとミランダである。日が暮れてから随分と時間が経っているため、既に全員が安らかな寝息を立てて寝ていた。アルフィリースも見張りの予定があったのだが、心労が祟ったのか今夜は寝させてくれと言ったので、ミランダが代わりに長めの番をしているのだった。


「それにしても・・・」


 グウェンドルフが唐突に口を開く。


「ん?」

「いや、インパルスが現存しているなんてね」

「ああ、あの凄い剣だね」


 ミランダは昼間にエメラルドが振るった剣の事を思い出し、ぞくりとした。あの剣は世に出してはいけない気がする。ミランダの直感である。


「昔はあんな剣が何本もあったのかい?」

「そうだね、かなり多くの数があったことは否定しないよ。少なくとも、各属性にちなんだ精霊剣はあったはずだ」

「考えるに恐ろしいね。でも、それらは今どこへ?」


 ミランダの質問に、グウェンドルフは首を振る。


「さあ・・・魔王達との激闘の中で失われていったものとばかり思っていた」

「いくつかは噂を聞いたことがあるけど、てっきり伝説とか、箔をつけるための話だとばかり思っていたよ。でも、あれを見る限りでは事実な伝説も沢山あるんだね」

「そうだね。1000年の間に歪められた言い伝えも沢山あるけど、まだまだ多くの武具が地上に眠っていると思う。それにしては話を聞かなさ過ぎる気もするが」


 グウェンドルフはため息をつき、思索に耽り始めた。こうなると、さしものミランダにもグウェンドルフの思索を阻むのは気が引けた。


「(インパルスを見たのは久しぶりだが、あのレメゲートという剣はなんだ? この私ですら初めて見る。かなりの力を持った剣のようだが、封印式も見覚えが無い。その剣がアルフィリースに反応するとは、全く持って謎だらけだ。私も真竜の長で、五賢者などと祭り上げられていい気になっていたのかもしれないな。あまりのんびりしている場合ではないのかもしれない。他の真竜にも話を聞きに行くべきかもしれないな。とりあえずは、マイアと連絡を取ってみるか)」


 グウェンドルフがそのような考えに耽る中、ミランダもまた自分の考えに没頭する。


「(問題は山積みだね。早い所最高教主ミリアザールに報告を入れて、早急に対策を立てる必要がある気がする。もっともあの人の事だから既に色々な情報を仕入れているんだろうけど、今度ばかりは敵が大きすぎる。もし相手が何百年も前から計画を練っていたとしたら、既に何をしても手遅れなのかもしれないけど。それでもきっと、アタシ達にもできることはあるはずだ)」


 ミランダがたき火に枯れ木をくべる。


「(そして目の前の問題として。エメラルドを連れるなら、文明圏に近付くほど問題となるだろう。エメラルドを魔物にしか見ない連中も多いはずだ。アルフィ、あんたはその事をわかっているのかい?)」


 ミランダが奥で寝ているはずのアルフィリースの方を心配そうに見るのだった。


***


 そして当のアルフィリースはイルマタルと共に寝ていた。ただイルマタルはかなり寝相が悪いので、起きると大抵あさっての場所で寝ている。時々アルフィリースが寝ていると、上にどかりとのしかかってくる重みで眼が少し覚めるが、たいていは寝ぼけて離れていたイルマタルが戻ってきた重みである。

 そして今日もまた自分の上に重みを感じるアルフィリース。アルフィリースが反射的に「イル、毛布はかけなさい」と引き寄せようとすると、随分とその体が大きな気がした。


「あれ? イルにしては大きい・・・」

「あるふぃ」


 アルフィリースが眼を開けると、そこにはエメラルドが裸でアルフィリースの懐に潜り込んでいるのだった。



続く


次回投稿は5/22(日)12:00です。

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