大戦前夜、その14~騒々しい深緑宮~
アルフィリースは先陣を切って現場に乗り込むつもりで準備をしていたので、意気込んでこの話し合いに臨んでいた。だが話を聞くにつけ、ミランダが執務室で酒瓶を片手に赤い顔をして話すの聞いて、アルフィリースはさすがに鼻白む。
「ちょっと、朝から酒なの? 今日の打ち合わせは事前に通達していたでしょ?」
「アタシにとっちゃ、夜みたいなもんよ。夜中からたたき起こされて指示をくれと連絡を受け、あちこちに連絡を通すための書類やら手紙やらを準備していたら、もうこんな時間よ。飲まなきゃやってられないっつーの」
「せめて、私の前だけにしときなさいよ」
「午前はアルフィの面会以外は仕事を入れるなって伝えてあるから、大丈夫。終わったら仮眠を取るし、いざとなったらアタシ秘伝の酔い覚ましで、500も数える間に取り繕うから」
「そんな便利なやつがあるなら、旅の途中にくれればよかったのに」
「不死者専用の強力なやつだから、並みの人間が使ったら目と耳から炎が出るくらい辛くて、その後半日は痛みで涙が止まらないけど、使いたい?」
「うん、お断りします」
どんな酔い覚ましだとアルフィリースは思ったが、いつぞやミランダに絡んだ酔っ払いが泣き喚いて許しを乞うたのはそれかと、妙に納得した。
ミランダは酒瓶が空になったのを確認すると、舌打ちしながら気怠そうに話を続けた。
「オーク共がばんばん死ぬせいで、浄化の手数が全く足りないわ。ブラックホークもカラツェル騎兵隊も、頑張り過ぎよ。まさかこんな足止めを食うとは」
「既に先発の周辺騎士団は前線に送ったのでしょう?」
「周辺国から集めて、神殿騎士団の先発隊とともに既に合流しているわ。数は五千程度だけど、分散してカラツェル騎兵隊とブラックホークにそれぞれ連携をとって動いている。既に一月で挙げたオークの首は既に2万にも及ぶわ。でもそれだけじゃなくてね。あいつら、自ら選別をして強制的に自己進化をしているようなの。だからそこかしこにオーク共の死骸があって、一部はアンデッド化するほど時間が経過しているわ。さらに」
「まだあるの?」
「自己進化したオーク共の上位種が造反や離脱をして、魔王ぶって勝手に勢力を拡大し始めている。もはや連中の統制はとれていないわ。遠からずこうなるとは予想していたけど、今は各個撃破に追われて、肝心の中心の軍勢が追えない状況みたいね」
「でも領土は奪還しているのでしょう?」
明るいはずの話題にも、ミランダは難色を示した。
「奪い返した土地も汚染されているわ。汚染された田畑、家屋の修繕で北部商業連合の軍隊は徐々に離脱。使い物になるのに数年はかかるでしょうね。
そしてローマンズランド本軍は、まだなしのつぶてよ。合流は二ヶ月後の予定だったはずだってね。一部隊だけならすぐにでも出せるだろうっての。絶対わざとだわ、アレ」
恨めしそうなミランダが、酒瓶から直接残った数敵を無理矢理口に流し込んだ。アルフィリースはミランダの心中を慮りながらも、状況を確認する。
「じゃあ、飛竜でイェーガーの一部隊だけでも先行させるべきかしら?」
「でも、あんたたちはローマンズランドと合流して動くんでしょう? 勝手に動くと、契約違反にならないの?」
「ある程度までの裁量は許可されているし、ローマンズランドの軍が出てからならともなく、いない状況で勝手に動くのは私の自由じゃない?」
「そういう言い訳もあるか・・・ま、戦場のブラックホークと、オーダイン=ハルヴィンがいる状態のカラツェル騎兵隊を見ておくのは悪くないかもね。大陸でもっとも強い傭兵団三つのうちの二つを今のうちに見ておくのもよいでしょう」
「もう一つはミューラーの鉄鋼兵?」
「下馬評ではね。そうだ、彼らも今度の戦いには参加するってさ。雇い主はローマンズランド、アルフィたちと同じだね」
その情報に、アルフィリースの眉がぴくりと動いた。
「やっぱりか・・・どうりで統一武術大会に参加している人が少ないと思ったのよね」
「団長のドードーはお祭り好きって、専らの噂だもんねぇ。あれほどの規模の祭りにいないのは変だと思っていたわ。部隊長だってほとんどみかけなかったし。あ、フリーデリンデの天馬騎士団もローマンズランド側だってさ」
「フリーデリンデの天馬騎士団も? どこの部隊?」
「全部だそうよ」
ミランダの言葉にアルフィリースが目を丸くした。ターシャがいるので、フリーデリンデの天馬騎士団の相場をアルフィリースは知っている。
「へ? 全部? それって、凄い額だよね? 特に部隊アフロディーテなんて・・・」
「小隊を一ヶ月雇うだけでも、小さな町の年額予算が飛ぶからね。ま、戦闘だけならそうでもないけど、全部込みで雇ったとの評判だし」
「ぜ、全部込みって、アレもってことよね?」
アルフィリースが顔を赤めながら、ミランダに確認を取る。ミランダはニヤニヤしながらアルフィリースの疑問に答えた。
「そ。空飛ぶ娼婦としても雇ったそうよ。しかも年間契約。ターラムの一区画が丸ごと買い上げられそうね」
「戦争が長期化することは織り込み済みか・・・」
「アルフィも遊んで来たら? 彼女たちって、男女問わず接待してくれるわよ? 目も眩む美人揃いなんだから、一緒にお酒を飲むだけで楽しいだろうし」
「え、ええ? そんな気分になるかなぁ・・・」
「まぁ隊長のカトライアを一度でも見てから決めるといいわ。報告ではロックハイヤーからはもう出陣したようだし。雪融けの時期が終わって、天馬が部隊を組んで飛べるようになったらしいわね。見張りがわざわざその美貌を報告に上げてくるくらいだもの、相当なものよ。もちろん、関係ないことを報告に上げるなと釘を刺したけど」
ミランダがにこりとしたが、アルフィは愛想笑いをしてミランダとの打ち合わせを終わる羽目になった。
部屋の外に出ると、リサとコーウェンが外で待機していた。
「どうでしたか」
「ま、表情を見ればなんとなくはわかりますが~」
「帰ったら詳しくは話すわ。ただ、おおよそは予想通りと言っておくわね」
アルフィリースの言葉に、コーウェンの瞳がきらりと光る。
続く
次回投稿は、6/23(水)19:00です。