大戦前夜、その13~戦果~
「妙だと思わないか?」
「君もそう思うか」
団長同士の会話に、報告をしていたカラツェル騎兵隊の隊員が目を丸くした。多くの団員は勝利に歓声を上げており、自分の上げた勲功の計算に入っているからだ。被害もなく夜襲は完璧。喜ぶべき成果を上げながらも団長2人が浮かない顔をしていることが、この平団員には理解できなかった。
ヴァルサスは朝日に浮かび上がる相手の陣地を見ながら、その惨禍を確認する。
「手ごたえがなさすぎる。指揮官が不在だったとしか思えん」
「そうだね。数はやはり五千程度だったけど、むしろ取り残されたといっていい程度の連中だった。捨て駒にしか過ぎないだろう」
「捨て駒なのはいい。五十万の軍からすれば、微々たるものだろうからな。だが、指揮官の一人でも残しておけば、もう少し我々に被害を与えることも可能だったろう。ここまで手ごたえがないのは、逆に不気味だ」
「同感だ。捨て駒にも使い方というものがあるだろうに。それがわからない相手の指揮官だとは思わなかったんだが」
「何がしたかったと思う?」
ヴァルサスの疑問に、オーダインは首を横に振った。
「わからないな」
「お前でもか」
「もちろん思い当る考えがないわけじゃない。だが確証も何もない状態では、推論を重ねても意味がない。せめてもう少し戦ってみなければ」
「だがすぐには追撃に移れないな?」
「当然だ。魔物の死骸を放置すれば、土地が腐る。しっかりと火葬にし、アルネリアの浄化も必要だろう。そして少々勝ちすぎたせいで、やつらは散り散りに逃げてしまった。一体も残さず殲滅するには時間がかかる。そして我々だけで追撃するには、さすがに数が足りない。北部商業連合はこの隘路を死守すればいいと思っているだろうから、追撃に同意してくれる諸侯が何人いるか」
オーダインが困ったような顔をした。
「魔物の軍勢のせいで土地を放棄した領主もいるだろう。彼らは追撃にも同意してくれそうだがな」
「それを取りまとめて、どの順番で奪回するかでまた揉めるだろう。人間とは、えてしてそういうものだ」
「ならば、俺たちだけでも追撃に移る。自分の領地を取り戻してほしければ、さっさと同意しろと告げるさ」
「報酬を後払いにするわけか。足元を見られそうだが、現状を認識できる指揮官は現時点では我々だけだろうね」
「乗るか?」
「言われるまでもなく」
「では俺達は北東の山岳地帯を受け持とう、平野は任せた」
オーダインが躊躇なく返事したのを確認し、ヴァルサスは小さく頷いてブラックホークの元に戻っていった。
オーダインも報告に来ていた部下の方をくるりと向くと、笑顔で告げた。
「と、いうことだ。戦功の取りまとめと仮眠、休憩を二刻で終わらせたまえ。このまま北西の平野部へと追撃戦に移る。赤騎士隊の中でまだ元気な者を選りすぐり、リアンノの紫騎士隊と共に先行させてくれ。私は事情を司令官殿に説明してくる」
「もう追撃するのでございますか?」
「話を聞いていなかったか? 兵は神速を尊ぶ。時間との戦いだ、急げよ」
「はっ!」
返事は明瞭だがやや不満を抱えたままの部下を見て、この危機を理解している者が果たして何人いるのかとオーダインは大きく息を吐いた。そこにメルクリードが寄ってきた。
「追撃は英断だ。ヴァルサスが提案しなければ俺がしていた」
「何があったか、そしてこれから何が起こるのか君は想定しているのか?」
「アルネリアでは実に様々な出来事があった。全てを知っているわけではないが、事情を全て知っていそうな者とは話をすることができた。おいおい話すつもりだが、この戦いは普通の戦争にならん。下手をすると、大戦期とは比較にならんほど血が流れるぞ」
メルクリードにしては珍しく、眉間に皺を寄せながら予言めいた言葉を発した。確実なことしか語ることのないこの男がこのような予想を告げることなど、オーダインは初めて聞いたのだ。
「そうか、よくない風向きだ。やるべきことはわかっているが、思うように動かない。こういう時に、もう一つほど我々と一緒に動いてくれる部隊か傭兵団がいればいいのだが」
「いるにはいる」
「珍しい、君がそんな高い評価を与えるとは」
「久しぶりに突き抜けた者を見た、それだけだ」
「かつてのオーダインのような、か?」
「――そうだな。だが彼女は英雄の類ではない」
「彼女? 女性なのか。英雄でなければ、なんだと?」
メルクリードが少し考えてから、面白い考えを思いついたように小さく笑って答えた。
「王――だが良い王ではないな。独裁者――これも違うな。そうか、あれを魔王とでも呼ぶのか」
「魔王? それはまた物騒な」
「いつか出会ったら語ってみるといいだろう。きっと面白い」
あまり見たことのないメルクリードの反応を面白いと思いながらも、オーダインの胸中には不安が渦巻いたままだった。そしてオーダインが思わず吐露した胸中の不安は、ここから数ヶ月かけて徐々に現実のものとなっていくのだった。
***
「・・・というのが、前線の顛末」
「五十万のオークの大軍が、自発的にその数を減らしたって?」
「それだけじゃない。意図の見えない後退、交戦を繰り返している。何がなんだかって、前線も混乱中よ」
統一武術大会から一か月後、ミランダの執務室にてアルフィリースは情報共有をしていた。出撃準備をおおよそ整えたアルフィリースは、いよいよアルネリアを発つ前に情報共有をすべきと考え、ミランダの元を訪れていた。
そこで聞かされたのは、ほんの数日前の最前線での出来事。使い魔を通してもたらされた情報を、ミランダとアルフィリースは共有している最中なのだ。
続く
次回投稿は、6/21(月)19:00です。