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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦前夜、その12~夜襲~

「では赤騎士メルクリードに命じる。配下の赤騎士隊を率いて、ブラックホークと共に敵を襲撃。殲滅を命ずる。投降は許可しない、一匹も残さず皆殺しにしたまえ」

「しかと承った。赤騎士隊の連中をを叩き起こしてくる」


 手短に告げて、メルクリードは踵を返した。その足取りに長旅の疲労の色は微塵も感じることなく、力強いものだった。オーダインはため息をついた。


「メルクリードと君なら話が合うかな?」

「どういうことだ?」

「無愛想さが良い勝負だ」

「それでは話が続かんだろう」


 ヴァルサスの返答を冗談と受け取ったのか、オーダインが破顔する。そして自らも出撃するためにその場をあとにした。

 ヴァルサスはその背中を見送りながら、カナートに問いかける。


「・・・ベッツは?」

「まだです。途中経過の連絡だと、天覧試合までは進出したとだけ。優勝する気で乗り込んだそうですから、それなりのところまでいくでしょう。天覧試合ですぐに負けたとしても、馬を乗り継いで最短で20日はかかる距離だ。到着するわけがない」

「あの赤騎士――どうやってここまで来たのかな」

「さぁ?」


 ヴァルサスの疑問は解消されることはなく、カナートは気にもしていないようだったが、ヴァルサスは疑問に感じたことや引っ掛かったことを忘れるタチではない。メルクリードのことは頭の片隅に留め置くことにした。

 そしてヴァルサスが夜襲をブラックホークの仲間に告げると、ほとんどの連中が色めき立って武器を手に取った。アマリナに大怪我をさせた相手のことを許すつもりはなく、ヴァルサスがミレイユの耳を掴んで止めなければ、門番を蹴り殺してでも出撃しかねない勢いだった。

 ヴァルサスが門番に事情を説明して開門させる間、殺気立つブラックホークの背後に音もなく赤騎士隊300が整列していた。鎧兜に加えて馬を守るために長盾を装備し、長槍ランスを装備した赤騎士隊。速度重視だけでなく、隊列を組んで相手をすり潰すための殲滅陣形。無言で整列していても滲み出る殺気と闘気は、思わずブラックホークの面子を身震いさせ、そして奮い立たせた。

 開門と同時にミレイユが弾けるように飛び出すと、隊列も何もなくブラックホークの面々が飛び出していった。その数はわずか30程度だが、誰もが一騎当千の強者である。そしてそれぞれに独自の戦い方があるため、彼らが全力で戦う時にはある程度互いに距離を取る。そうしないと、巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 赤騎士隊はその様子を見守った後で、メルクリードがさっと片手を上げると、長松明が馬に固定された。そして普段は物静かなメルクリードが、途端に声を張り上げた。


「いいか、これは殲滅戦だ! 敵が何千いようが、関係なく皆殺しにしろ! 敵のどてっぱらを槍で貫け! 頭を踏み潰せ! 逃げまどう奴らの背中を焼いてやれ! 俺の動きについてこれない奴は、俺が自らその尻に槍をブチ込んでやる! 赤騎士隊の恐れを相手に植えつけろ! いくぞぉおおおお!」


 砦を振るわさんばかりの大声を張り上げ、メルクリードが駆ける。それに続く赤騎士隊。狂ったように全速力で駆ける赤騎士隊は、まるで光の蛇のように夜の大地を駆けた。地面の隆起には乏しく、馬の足を邪魔するものはほとんどない。凄まじい速度で駆ける赤騎士隊に、思わずブラックホークの面子も道を譲った。

 

「ははっ、血戦のメルクリードを久しぶりに見るね!」

「仲間だと頼もしいな」


 ミレイユとグレイスが速度を上げながら、赤騎士隊に並走した。ほどなくして、相手の陣の見回りに遭遇するが、彼らの勢いを止めることは瞬間たりとも適わない。


「どけぇえええ!」

「アマリナによくもやってくれたな、テメェらぁあああ!」

「雑魚はいらぬ、敵将を出せぇええ!」


 メルクリードが咆哮と共に槍を振るうと、オークの首が4、5と高らかに宙を舞った。メルクリードに率いられた赤騎士隊は当たるを幸いとばかりに相手をなぎ倒し、相手の陣のそこかしこに松明を投げ入れ、火矢を放つ。

 そして彼らが相手の陣地を炎で照らし出すと、同じく相手を片端からなぎ倒すミレイユとグレイスがいた。ミレイユの細い体のどこにそんな力があるのかと不思議な程、オークたちはミレイユの一撃で首の骨を折られ、膝を壊され、腹を打たれて一撃で悶絶する。一度でも膝をついて急所を晒せば、踵と手首に付けた刃で致命傷を負わされる。ミレイユが相手を全力で潰す時には刃物を使うが、舌なめずりしながら戦う様子は血飛沫の中で舞っているようだと、オークたちは震え上がった。

 グレイスはオークにも負けない巨躯を活かし、大剣を振るってオークたちを真正面から潰していった。一撃と打ち合わせることなく、確実に素早くオークたちを潰していく。その鮮やかさと、時にオークの頭が体にめり込むほどの剛腕を見せる破壊力は、オークたちの戦意を削ぐには十分だった。

 彼らが同時にオークの陣に切り込んだのである。結果はまさに火を見るより明らかで、あっさりと敵の陣は蹴散らされた。本来なら戦いで恐れを感じるオークではないが、今回ばかりは互いの背中を押して前に出るのを嫌がり、それが魔物の軍勢の本来の勢いを失くしてしまった。

 そこに、ヴァルサスが闇に紛れて斬り込んだ。


「アッ?」

「へぎっ?」

「ギャ?」


 無言で歯を食いしばり、地面が抉れるほど踏み込むと横薙ぎに胴一閃。人間の数倍もあるはずのオークの胴が7体分もまとめて輪切りにされ、上半身が回転しながら仲間のオークたちに叩きつけられた。

 一瞬の出来事に切りつけられたオークたちは何が起きたか理解できず、下半身は数歩動いてから倒れ、上半身は仲間の頭を掴んで助けを求めた。


「オォオオオオ!」


 ヴァルサスの獣のような咆哮が響き渡ると、その夜の戦いは勝敗が決した。散発的にオークたちは反撃したが、それらは全て先んじてオーダインが指揮する青、緑、紫、茶、黄の騎士団が殲滅し、その度にオークの哀れな悲鳴が響き渡っただけだった。

 ブラックホークの隊員たちも獅子奮迅の働きを見せ、夜が白む頃には何体の首をとったかをそれぞれが休憩混じりに語っていた。

 上位種なるものも時に出現したが、ブラックホークの腕試し程度にしかならず、またカラツェル騎兵隊に遠巻きに投げ槍や弓矢でハリネズミのようにされ、その力を発揮することなく死亡していった。

 夜襲は数名の軽傷者を出しただけで、完勝に終わった。オーダインが団員の報告を受けていると、ヴァルサスが近寄ってきた。



続く

次回投稿は、6/19(土)19:00です。

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