大戦前夜、その11~ヴァルサスとオーダイン~
オーダインは高名な傭兵団の団長とは信じられないほどの優男で、まるで戦いとは無縁にしか思えぬほど威圧感を伴わない男だった。流れるような栗毛を靡かせて佇むその姿は、一枚絵にするか彫像にしたいほどの美男子で、何度か彼を見ているカナートでさえ、これが女だったらどれほどの美人かと想像せずにはいられない。
年のころは30前後だろうか。過酷な戦場で数ヶ月を戦ってなお艶やかさを失わぬその髪も肌も、まだまだ彼の余裕を感じさせる。黙っていても威圧感を放つヴァルサスとはまた別の意味で頼もしく、本物の騎士を差し置いて騎士の中の騎士と呼ばれる男は、たしかにカラツェル騎兵隊の猛者を束ねるに相応しい風格を備えていた。
ヴァルサスがつかつかとその前に近づくと、オーダインの方が頭半分ほどは背丈が高い。足取りは苛立っているが、努めて押さえているのだろう。ヴァルサスは冷静にオーダインに要求を伝えた。
「すまぬ、数日空けた時に限って騒がせたようだ」
「謝ることはないさ、戦場に予想外の出来事は付き物だ。それに、君はいてもいなくても騒がしい」
「? そうか」
「だって、一人で中隊くらいなら相手にしちゃうじゃないか。君は冷静でも、君の姿を見ただけで相手は震えあがって騒がしくなるのさ」
「迷惑か」
「敵の時はね。味方なら歓迎さ」
オーダインは美男子に似合わぬ少年のように悪戯っぽい笑みを浮かべた。どうやら現在のオーダインの名を継ぐ傭兵は少し変わり者と聞いていたが、ヴァルサスには悪感情を抱いていないらしいと知れてカナートは安心した。ここまでの戦い方を見ても主に別の局面で指揮を執っていたが、連携した方が上手くいくのではないかと思うのだ。
一転、オーダインが真面目な顔になってヴァルサスに向き直る。
「さて。私を探していたということは、共闘の依頼かな?」
「ああ、どうやらよくないようだ。多少の危険を冒そうが、相手を即座に蹴散らすことを提案する」
「その根拠は?」
「アマリナとカナートの偵察結果。それでは不服か?」
「いや、同じことを考えていたが踏み出せないでいただけだ。我々はあまり偵察任務に優れていないのでね。フリーデリンデの天馬騎士団がここにいないことが悔やまれる」
「要請していないのか?」
「要請したが断られたらしい。丸ごと彼女たちを買い上げた雇い主が他にいるらしいよ」
「他にも大手の傭兵団をいくつか見ていない。そいつらもか」
「さて、そこまでは知らない」
オーダインが困ったように苦笑いをした。そして天井の方向を指差す。
「しかしなぜ我々なんだい? 砦の指揮官殿には主張しないのかな?」
「この砦の指揮官殿は無能ではないが、堅実に過ぎる。防衛戦では失敗をしないだろうが、反撃となると機会を逸するだろう。この夜半にでも奇襲をかけた方がいいが、砦は完全に休息状態だ。今から指揮官殿に上奏して軍備を整え、装備を整える頃には夜が明ける。それでは奇襲の意味がない」
「しかし、命令系統を無視するのは感心しないね」
「ブラックホークは攻撃に関して、指揮官殿の了解を得る必要はないという条件で契約しているから何ら問題はない。問題があるとすれば、攻め手の人数だけだ。蹴散らすことはできるだろうが、殲滅戦となるとさすがにブラックホークだけでは手が足りん。寄せ手と後詰の人数が必要だ」
「あの数の軍勢を蹴散らすのに苦労をしないと?」
「予想だが、残っているのは五千程度だ。物の数ではない」
「なるほど、豪快だね。で我々か――断る、と言ったら?」
顎に手を当てたオーダインがニヤリと意地の悪い笑みを作った。だがヴァルサスは動じない。
「そんなつもりなら、最初からここにいないだろう。同じ考えだから、俺に話を持ち掛ける気でいた。違うか?」
「・・・やれやれ、もうちょっと会話を楽しまないか。君とゆっくり話す機会なんてそうないというのに」
「残念だが、貴様とそれほど長く語るつもりはな。人間的には嫌いではないが、うかうかと長話をして分析されてはたまったものではない。いずれどこかの戦場では敵になるかもしれないのだから」
油断なく光るヴァルサスの眼光が、オーダインを睨み据えた。ヴァルサスの異名が「狂獣」なら、オーダインの異名は「賢蛇」である。指揮能力に優れ、自らの色で分けられた自らの軍団を手足のように操り、四方八方から敵の陣を食い破る様は、頭が複数ある蛇を思わせた。
戦いの中で的確に相手の弱点を看破し、千変万化の用兵を見せる。鍛えられた軍隊よりも軍隊らしいと評判で、まともな戦いになるのはアレクサンドリアかローマンズランドだけだと評されるほどの最強の傭兵団の一角を率いる団長なのだ。いくら優男に見えようとも、ヴァルサスは一切の隙を見せていなかった。
睨み据えるヴァルサスに降参したように、オーダインが大きく息を吐いた。
「・・・面白みに欠ける男だなぁ、最初に出会った時から」
「よく言われる」
「まぁ面白さを求めるなら、道化にでも転職すればいいものね。では一口乗らせていただこうか」
「いいんだな?」
「良いも何も、不穏な空気は私も感じていると言ったろう? だが攻め手の破壊力にはやや欠けるかもしれないな。赤騎士隊が本調子じゃなくて――」
「俺がいても駄目か?」
オーダインの言葉に応えるように、赤騎士メルクリードが足早に現れた。息は切れていないが、まだ旅衣装のままで、今しがたこの砦の到着したのがわかる格好だった。
オーダインが目を丸くして、そしてその直後に安堵した表情を見せた。カラツェル騎兵隊の主攻を請け負う赤騎士隊の隊長への信頼感が窺えた。
「驚いた。統一武術大会が終わってから7日にもならないのじゃないか? 飛竜はこの周囲一帯は使用禁止だし、大陸平和会議の際には諸侯が飛竜を占拠するから、これは予想外だ」
「嫌な予感がしたのでな、かなり急いで走ってきた。夜通し駆ければどうとでもなる距離だ。迷惑だったか?」
「いや、もちろん歓迎だ。この戦いに間に合うとは、やはり私は運が良い。メルクリード、到着したばかりで悪いが行けるか?」
「団長はお前だ。ただ俺に命令すればいい、敵を殲滅しろとな。それが俺との契約だろう」
無表情でぶっきらぼうに言い放つ小柄な赤騎士を見て、困ったような表情をするオーダイン。そして首を振って彼に命令した。
続く
次回投稿は6/17(木)19:00です。