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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦前夜、その10~魔王となった勇者~

「んはぁ~壮観だなぁ。この竜の群れ、何体いるべか?」

「面倒から数えていないが、大小合わせて五千はいるだろう」

「これだけの軍団を従えた魔王なんて、かつていないんじゃないべか? 既に格だけなら大魔王だべ」

「そう言われても、特に嬉しくはないな。元は魔王を狩る側だったのだから」


 冷静にそう告げたリディルを見て、ケルベロスは妙な感覚を抱いていた。オーランゼブルによって精神束縛を施されているのは間違いない。その場合一部の記憶や感情などに欠落が出るはずだが、どうも会うたびまっとうになっていっている気がする。それでいて、自分たちに協力するのは否定的ではなさそうなのだ。


「(何を考えているんだか、一番わからんのはコイツかもなぁ。ドゥームに言って、精神束縛を解除すべきだべか? いや、そんなことをして正気に戻ったら、真っ先にオラたちに襲い掛かってくるよなぁ・・・ドゥームも何も言わないし、触らぬ勇者に祟りなしってことか)」

「それより、計画の通りに頼むぞ」


 リディルに不意に背中を叩かれたので、ケルベロスは思わずよろめいた。


「あ、あいあい。グンツもまもなく合流するらしいから、ちょっと楽になるべ」

「世界の真実の解放のために、か。真実が解放された後、世界はどうなるのだろうな」

「真実とは何だべか、知らねぇんだども」

「なんだ、お前知らないのか?」


 リディルが不思議そうな顔をしたが、質問しようとしたケルベロスをリディルが制した。


「ドゥームにでも聞いてみろ、奴は知っている」

「そ、そうなんだか?」

「ああ、確実にな。その上でオーランゼブル様の計画を潰そうとしているんだ。まぁそれはそれでいいさ。罰は受けるべきだ、俺も、あの人も。あの人自身がそのつもりだしな」

「お、お前――まさか」

「俺は精神束縛をされていない。むしろ逆だ、整えてもらった。だから正気なんだ」


 そういってニッと笑ったリディルの笑顔が、ケルベロスは心底恐ろしかった。悪とは、こういうふうに笑うのではないかと思ったからだ。


「リディル、おまえさん――」

「オーランゼブル様には感謝している。そして俺には元勇者としてやることがある。それが終わればこの魔王となった体を使って好きにやらせてもらう。ゼムスを、そして奴らを生かしておくわけにはいかん」

「奴ら?」

「お前は知らなくていい。お前は魔王なのに面白い奴だから、殺したくはないが・・・ことが終わればお前も殺す。それまで互いに生きてたらな」

「・・・お前、もう人間じゃないべよ。その精神すら、人間じゃない何かになっちまったべ。オラは心底お前が恐ろしいだ」

「ああ、そうだな。俺も俺が恐ろしい」


 リディルは手を挙げて竜の群れと共に、霧の中をいずこかに歩いて行った。地響きがゆっくりとなくなるまで、ケルベロスはその群れの背中を呆然と見送るしかなかった。


***


「アマリナは!?」

「一応、無事だ」


 翌日、グロースフェルドと共に砦に帰還したヴァルサスは、アマリナの負傷を知らされた。戦い以外で表情を変えることの少ないヴァルサスだが、さすがに急ぎ足でアマリナの元に向かい容態を確認した。

 グロースフェルドもそれに続き、カナートがそれに同伴する。


「誰が治療を?」

「合従軍が編成されることを受けて、前線にアルネリア深緑宮直轄のシスターと神殿騎士が何人か乗り込んできていた。彼女たちの到着が一日遅れていたら、助からなかったろうとのことだ」

「なぜこうなった? やったのは?」

「相手の陣に動きがあった、偵察はアマリナが志願したことだ。ヴァルサスの判断がなければ動けないわけではないだろうと、俺を伴って相手の陣の様子を見た。やったのは勇者リディル、いや、今は魔王リディルか」

「そうか――ベッツは?」

「まだアルネリアからは戻らない。いつものベッツなら、飛竜で急ぐよりも馬で情報収集をしながら来るだろう。早くても、あと20日はかかるんじゃないか」

「わかった」


 ヴァルサスは安らかな寝息を立てて眠るアマリナを救護室で確認すると、静かにその場をあとにした。むしろ険しい顔をしているのは、グロースフェルドの方だ。

 グロースフェルドは無作法にアマリナのベッドに近づくと掛け布団を取り払い、包帯を取り払ってその傷を確認する。アマリナは薬で眠っているのか、警戒心の強い彼女が微動だにすることもなかった。


「何をなさいます! 女性の裸体ですよ?」

「知っています、傷の様子を見るだけです」

「傷は我々が見ています! お下がりください! それとも、何か問題でも!?」

「――いや、ありません。完璧です。傷が化膿している可能性も考えたのですが」

「当然です! 我々の回復魔術を侮ってもらっては困ります!」


 半ば強引に引きはがされるようにしてグロースフェルドはその場をあとにした。シスターはかんかんに怒ってグロースフェルドに説教をしようとしたが、足早にその場をあとにして何も言わせないようにした。

 そしてヴァルサスにそっと耳打ちするのだ。


「ヴァルサス。シスターたちがいなくなったら、あとで私がアマリナの様子を見ておく」

「頼む――あまり責任を感じるな。我々は子どもじゃあない」

「それはわかっているし、そうじゃない――アルネリアに先を越されるとは思わなかったのだ」

「何か懸念事項でもあるのか」

「傷の処置が完璧すぎる。カナートの話を聞く限り、相当深かったはずだ。深い傷は普通はある程度傷を開いたままにして感染の具合を見てから、数日かけて閉じる。そうでないと、傷に菌が入った時に酷くなるからね。それが完全にもう治っていて、感染の気配どころか傷の跡すらほとんどない――そんな回復魔術があってたまるか」

「それはおまえのやることにも、そっくりあてはまると思うが?」

「私のは半ば反則技だ。それを――並みのシスターが誰しも使えるだと? ありえん。そんな者はオリュンパスにさえ数えるほどしか――」


 口調が珍しくきつくなりぶつぶつと呟くグロースフェルドは一旦放っておいて、ヴァルサスはもう一つの懸念をカナートに問いただす。


「他の連中は?」

「ヴァルサスが帰り次第、あいつらぶっ殺すって言って殺気立ってますよ。ミレイユを止めるのには苦労したんですから」

「だろうな、俺も心境は同じだが――足並みを揃えたい。オーダインはいるか?」

「ここにいるよ」


 足早に歩くヴァルサスの前に、優し気な雰囲気の長身の男が静かに現れた。カラツェル騎兵隊の団長、オーダイン=ハルヴィンその人だ。



続く

次回投稿は、6/15(火)19:00です。

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