大戦前夜、その8~前線上空~
「正確には精鋭だけになっている、といったところかしら」
「どういうことです?」
「プリムゼ、あなたは魔物の定義を?」
「どうあっても人間に与せず、敵対行為を行う知性のある生き物。そう教えられました」
「魔獣は四足歩行以上で、二足歩行が魔物――そう一般的には言われているわね。ひどく曖昧な定義だけど、他にもいくつか魔物と呼ばれる定義がある。他種族と交配しても自分たちの性質を色濃く残す子孫を作成し、なおかつ進化が早く、単独で進化しうる――たとえば、世代を経てから次の個体になるのではなく、自分の寿命の間に全く別の個体に変貌しうる生物なのよ。
人間は経験を積んで技術を習得し、知識を重ねて魔術を理解できるけど、魔物は姿そのものが変わることがある。鍛錬で体が大きくなるのとは、根本的に違うわ」
「それが上位種、ということですか?」
「そう、奴らは自分たち同士で戦うことで生存競争を開始し、上位種を多数生みだしているわ。総数は減るでしょう。でも残った者達で構成される軍隊は、まったくの別物だわ。それがいつのことか――数日で完了してしまうかもしれない。同じつもりで防御していたら、あっという間に落とされるかもしれないということ」
「大変ではないですか! すぐに知らせないと――」
「大丈夫、もう知らせたから」
フォルミネーが上空を見ると、飛竜が二体外に出て行くところだった。プリムゼはそれを不思議そうな表情で見守った。飛竜を扱うのはローマンズランドの特権だと思っていたからだ。
「大丈夫、ブラックホークの女傭兵さんよ。フリーデリンデの天馬騎士団もいるのだけど、南の戦線で天馬の高度に届く投擲をした個体が出現したそうだわ。ならばと、偵察をかってでてくれたのよ」
「ローマンズランド以外に竜騎兵が?」
「叙勲こそされていないけど、最高位竜騎士にもっとも近いと言われたそうよ。退役時には軍に飛竜を返すのが決まりだけど、たった一人軍を脱走し、中隊を単独で振り切って逃走したとか。女性ながらに素晴らしい猛者だわ」
「そんな方がいらっしゃるのですね」
「ええ、見た目だけなら黄金の純潔館に迎えたいくらいだけど。ちょっと雰囲気が鋭すぎるかしらね」
そんな冗談交じりにフォルミネーが語り聞かせているとは知らず、上空のアマリナはカナートを背に伴い、副竜を含めた二騎で霧が立ち込める上空を旋回していた。
「カナート、いけますか?」
「そこまで深い霧じゃない。それに魔術的要素もない。俺にとったら昼間と同じさ」
「頼みます、嫌な予感がするわ」
「お前の懸念は当たるからなぁ・・・俺もだけど」
珍しく不安を口にするカナートに、アマリナの眉がぴくりと動く。
「同じ感覚かしら?」
「ああ。レクサスからの定期連絡じゃ合従軍が検討されているってことだが、それを待たずに潰した方がいいと思う。下ではもう選別が始まっているようだな。互いにガチで潰し合ってやがる。こういうのは時間を置くほどにまずいことに――うん?」
「どうしたの?」
「いや、妙な動きをしたやつがいたような。あのへんだ」
「霧が切れかかっている所ね?」
カナートが指さした先を、アマリナが目を凝らして見つめる。
「そうだ、お前の視力は団内一だろ? 何か見えるか?」
「見えなくもないけど・・・センサーの半径内じゃないのかしら?」
「それはそうだが、この高さからセンサーを飛ばすのは疲れるんだぞ? それに精度を上げるならゆっくりにしなきゃならん。お前の目の方が早い」
「そう――待って、霧が晴れるわ――これは」
アマリナが何かに気付くと同時に、カナートを突き飛ばした。突然のことにカナートの反応が遅れ、カナートは上空に放り出された。
「なっ、おま――」
文句を言う前に、アマリナの傍を何かが通過し、後ろでくくっていた髪がはらりとほどける。同時に飛び散った血飛沫に、カナートの青黒い肌がさらに青ざめた。
「アマリナ!」
「ぐぅっ!?」
よかった、致命傷じゃない――そう考えて安堵しかけたカナートの表情がさらに蒼白になった。
アマリナの傍を通過した黒い影は人間だった。どこから飛んできたのかは定かではないが、そいつが空気の壁を足場にして、まるで壁を蹴るように空中に張り付いていた。その足の筋肉が倍ほどにも膨れ上がり、今まさに居合の様に剣を放たんとしているのだ。
続く
次回投稿は、6/11(金)20:00です。