大戦前夜、その6~アルマスの契約~
「加えてこちらから提案だ。ミューゼ殿下、続けて私と契約を結ぶ気はないか?」
「・・・は? 今更私と組んで、あなたに何か利益が?」
「合従軍の指揮官としてのそなたなら、ある。まずは私の目的のためだ」
「調和のとれた混乱、だったかしら?」
「そうだ」
ウィスパーの求めるものはいつも一つ、調和のとれた混乱なるものらしい。それが何を意味するのか、ウィスパーにとってどういう意味を持つのか、ミューゼは知らされていない。世界最大の武器商人で最高の暗殺者の主張など聞くつもりもなかったし、知ったら最後引き返せないとも思ったからだ。
だがウィスパーの方から勝手に話し始めていた。
「今回の戦争、おそらくは収集がつかなくなる」
「根拠は?」
「アルフィリースの存在、そしてもう一つは策士クラウゼルとカラミティの存在。黒の魔術士の狙いを私は知っている。それは調和のとれた混乱だと、そう考えていた。だから武器や資金、はては人員まで提供してきた」
「そこまでは聞いたわ。目的は知らないけど」
「だが黒の魔術士は、首魁オーランゼブルの手綱を放れて暴走し始めている。そしてオーランゼブルは計画発動までに成すべきことは全て終わったとばかりに、もう何もするつもりがない。現在私も連絡が取れない状態だ。いや、違うか。元来ヒドゥンと思われる人物が仲介を成していたのだ。それらがなくなったせいで、何もできなくなったというのが本音なのかもしれない」
「ならばアルネリアが上手く収めるのでは?」
「果たしてそうかな? あのアルフィリースという女傭兵を、アルネリアが制御できると思うか?」
ミューゼは少し考えた。アルフィリースを諭す――言うことを聞きそうにない。強引に制止する――投げ飛ばされた。ならばと縛り付けて檻に入れた――檻ごと燃やして竜に跨って出て行ってしまった。
ふっと笑ってしまったが、そのくらい自由な人間であることは容易に想像がつく。
「無理ね」
「だろうな、私も同じ意見だ。ならばアルフィリースが何を狙っているのか。目的は想像できるか?」
「・・・ローマンズランドを乗っ取る、とか?」
「国盗りか。それも面白いが、違うだろう」
「なぜ?」
「国を興したり乗っ取ったり。そんな面倒なことをこまめにすると思うか? あれが王になったら、国は間違いなく破綻だ」
「・・・どうしてかしら、容易に想像できるわ」
ウィスパーの呆れたような評価に、ミューゼは妙に納得してしまった。
「だったら何かしら? ローマンズランドを滅ぼす、とか?」
「あるいはもう、カラミティによってとっくに滅びているのかもな。アルフィリースはその残骸を利用してカラミティを倒し、残った者を取り込むつもりかもしれない」
「つまり、王族をも仲間にすると?」
「その可能性はある。そしてそうなった先、私はもっとも恐ろしい可能性を考えている。今回の戦いで多くの国が疲弊し、求心力を失ったアルネリアではなく、あらたな盟主を求めるようになる――その盟主に、アルフィリースがなる可能性がある」
「・・・まさか、と言いたいけど、どうして言い切れないのかしらね。おかしな気分だわ」
ミューゼが顔をしかめた。今回の遠征で国家が疲弊し、あるいは滅ぶ。少なくとも、ローマンズランドの衛星国だった5か国は事実上既に滅んでいる。
戦争が魔物討伐で終わらず、さらに戦線が拡大する場合、他にも滅ぶ国が出るかもしれない。アレクサンドリアにも、不穏な噂はあった。もしかしたら――そう考えてしまう2人。
「仮に――だけど」
「なんだ?」
「ローマンズランドとその衛星国、アレクサンドリアの国土とその間にある紛争地帯を全て統一することができたら――英雄王グラハム以来の、史上最大の帝国かしら?」
「グラハムが作った帝国は、中心は現在の紛争地帯よりやや南だった。紛争地帯と現在のアレクサンドリアの西半分、そしてローマンズランドの東三分の一程度だったはずだ。そこまでの版図を持たぬ」
「詳しいわね」
「まぁな。だが先にそなたが言った通り、史上最大の版図をもつ国の誕生だ。さらに生き延びた他の国がアルフィリースを盟主と仰いだら、どうなるか。そうなるとアルネリアが見過ごすはずがない。確実に対立することとなる」
「大司教ミランダとアルフィリースは、刎頸の友だわ」
「立場が今とは違うさ。たとえ親友でも、立場が違えば殺し合いをする。それが人間だろう?」
「・・・ええ、そうね。そういうこともあるわ」
権力に群がる者の狂気を知っているミューゼは、苦い顔で答えた。その顔を見ていないのか、ウィスパーはさらにまくしたてた。
続く
次回投稿は、6/7(月)20:00です。