大戦前夜、その5~拳を奉じる一族、その後~
「うっ、うっ・・・」
「長・・・これから我々はどうすれば・・・」
そこには呆然と佇む5人の拳士がいた。一番幼いマイルスは人目も憚らず泣いていたが、ウルスだけは何かを悟ったように静かに喪に服しているようだった。
近づくセイトの気配に真っ先に気付いたのも、ウルスだった。
「何用か、獣人の戦士よ」
「帰れ! 我々は取り込み中だ!」
「喪に服しているのを知ったうえで、俺にも墓を参らせてもらいたい。ベルゲイとの約束でもある」
セイトの静かな態度になおもマイルスは食ってかかろうとしたが、ウルスが無言で肩をつかみ、首を横に振って止めたのでそれ以上は何も告げなかった。
セイトは静かにベルゲイの墓の前に座ると、酒をその墓にかけ、墓前に添えた。
「約束通り、手に入る中で上等の酒を持ってきた。好みはわからぬが、許せ」
そしてセイトはウルスの方を向くと、厳かに語り掛けた。
「人間の作法は知らないが、どうすればいい?」
「特に一族固有の何かはないが、一晩その場で静かに語らいながら過ごすくらいだ。我々は元来、表に出ない一族だ。死んだ者の記憶は我々の中にとどめ置けばいいことだし、その技術は拳にて継承するだけだ」
「そうか。彼からはまだまだ学びたいことがあったのだが」
残念がるセイトに、他の一族の者がゆっくりと話しかけた。
「ただ一度の邂逅、短い勝負だったが、一族の若者と語らったようだったと、珍しく長は興奮気味に話しておいでだった」
「正直、我々では長の相手としても不足だった。強き者ほど早く逝く。せめてタウルスが生きていればと思うが、それもかなわぬ」
「だから、そなたがこうして参ってくれたことは、正直嬉しいのだ。拳を奉じる一族になれとまでは言わぬが、長のこと、その技術を忘れずにいてくれると嬉しい」
「忘れることなどできようか。あれほどの戦士、生涯忘れ得ぬ」
その言うと、一族の者は少し微笑んでいた。マイルスだけは人目も憚らず泣いたが、ウルスはその肩をそっと抱き寄せ黙祷していた。
セイトがウルスに問いかける。
「団長との約束でイェーガーに入ると聞いたが、本当か?」
「そういう約束だからな、反故にする気はない。それに、どのみち帰るところもない。我々は一族の中でも強硬派だ。もう里に帰っても、本当の意味でティタニアと戦う気概のある者はいないだろう。緩やかに彼らは滅びゆくのみだ」
「そうか。ならばここにいるといい。歓迎されるさ」
「歓迎・・・されるか?」
ウルスが不思議そうに聞いたが、セイトは自信をもって頷いた。
「されるさ、ここの傭兵は獣人でも差別しない。団長がああだからな、そんなことで差別するような奴の方が少ない。それにそなたとベルゲイ殿の戦いを見れば、むしろ教えを乞いに来る連中が多くて困るぞ?」
「そうか・・・形を変えて、拳は繋がるのか」
「うん?」
「なんでもない。ティタニアを追うにも、ここにいる方が情報が集まるかもな。迷惑でなければそうさせてもらおう」
「そうするがいい。他の者も一緒に来るといいだろう」
「いいのか?」
「一人だろうが、五人だろうが同じことだ。団長ならきっとそう言う」
セイトが小さく笑うと、ウルスも同じく小さく笑って答えた。拳で語らう縁とは不思議な気もしたが、それも悪くはないとウルスは不思議な気分になるのだった。そして同時に、これこそが自分たち一族が目指す形だったのではないかとも。
***
「もう引き上げるのか?」
「ええ、やることが山積みですから。使い魔と早馬は飛ばしましたが、一刻も早く引き上げ陣頭指揮をとる必要があるでしょう。常備軍を動かすとして、予備兵を集結させるだけでも早くてひと月。軍備の時間を考えると、ぎりぎりですわ」
帰路につくミューゼの馬車の中、猫が対面に一匹座っているのは、何とも奇妙な光景だった。それとミューゼが真剣に話し合っているのはより奇妙なことだったし、防音の魔術が施されていなければ、御者が何事かと思っただろう。
当然猫の正体はウィスパー。ミューゼの帰路に同行し、これからの打ち合わせとしているところだった。
「ところでウィスパー殿。依頼の報酬もお支払いしたはずですが、なぜにまだ我々に同行するのです?」
「暗殺者としての依頼は達成したが、今度は戦争が起きるのだ。武器商人の我々がいなくてどうする」
「ならば、後方支援のレイファン王女やシェーンセレノ殿のところにいらしてはいかが? あるいはアルフィリースとか」
「アルフィリースとは個別の契約を締結した。その報告もあってな」
ミューゼの眉がぴくりと動いた。ウィスパーの行動が流石に早いと思ったからだが、次の言葉はさらにミューゼを驚かせた。
続く
次回投稿は、6/5(土)20:00です。