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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ピレボスにて、その4~空に舞う羽~

 アルフィリースは、思わず自分の腕の中に収まっている少女をまじまじと見た。その姿は、まさに神話に聞くところの天使のようである。はるか昔、人語を話す竜と共に天から舞い降り、人間やその他の種族に様々な知識を授けたとされる天使。白い羽に金の輝く髪を持ち、東方で金の髪を持つ人間達に特権階級の意識が強いのは、彼らの髪色が天使に由来しているからだと主張されていることは、アルフィリースも知っている。

 もっとも、グウェンドルフの話を聞く限りでは天使という種族は存在せず、有翼人ニケの長であったイェラシャの髪色がたまたま金だっただけのことで、有翼人自体にも金の髪が多いといえど、様々な姿形の者が存在していたらしい。神話など都合の良い方に解釈されるものだと、グウェンドルフは言っていたのを思い出す。

 そして今アルフィリースの腕の中にいる少女は、金の髪、白い羽根、玉のような肌をした、伝説の天使そのものである少女だった。胸に抱く黒い剣が、より彼女の白を強調する。アルフィリースは期せずして少女の羽を持って支えていたのだが、極上の生地のように柔らかい。その羽根を枕の代わりにして寝たらさぞかし気持ちがいいだろうと、アルフィリースは想像してみる。そして、少女自身も背が低いわけでもないのだが、体はまさに羽根のように軽かった。その軽さと姿形が相まって、非現実的な世界にアルフィリースは迷い込んだような錯覚さえ覚える。

 そして少女は一瞬気絶したように眼を閉じていたが、アルフィリースが抱え直したのを契機に覚醒すると、開いた眼がアルフィリースと交錯する。


「ええ、と・・・大丈夫?」

「・・・ヤーラ! イムカ、アレ!」


 少女が突然驚いた表情になり、アルフィリースの腕の中でよくわからない言葉を叫びながら暴れ始める。少女は軽い割に力は強く、アルフィリースは突然の少女が暴れたことで、アルフィリースもまた慌ててしまう。


「ちょ、ちょっと! 落ち着いて! 何もしないから!!」

「イムカ、アレ! ヤーラ! ヤーラ!!」


 だが少女に言葉は通じないのか、暴れる一方だった。そしてついに彼女は暴れすぎたためアルフィリースの腕の中からこぼれ落ちそうになり、同時に胸に抱いていた黒い剣も落ちかける。


「おっと!」

「ハウ!」


 そしてアルフィリースは左手で少女を抱きとめ、右手でこぼれおちる剣を掴んだ。その瞬間に少女が奇声のようなものを上げてアルフィリースをさらに驚いた眼で見たが、それ以上にアルフィリースの右手に違和感があった。


「剣が・・・?」


 黒い剣には厳重に封印のような剣帯が施されていたのだが、それがひとりでに外れたのである。剣帯はほどけただけなのだが、そのほどけ方が奇妙で、アルフィリースは確かに「パチン」という何かが切れたような感覚を右手に感じたのだ。

 アルフィリースが右手を見るのにつられるように、少女もまたアルフィリースの右手を見る。そして、その目がさらに大きく見開かれた。


「・・・ユーノ、レメゲート、マスター?」

「え?」


 少女が今までと違う口調で話したので、アルフィリースは思わず少女を見返した。といっても、言葉が通じるわけではないのだが、少女が何か大切な言葉を発したような気がしたのだ。

 そんな2人の上に、黒い影がさしかかる。ふとアルフィリースが我に帰ると、グリフィンがアルフィリースの頭を鷲掴みにできそうなかぎづめで、上から襲いかかって来るところだった。


「しまっ・・・」

「うらあっ!」


 対応の遅れたアルフィリースだったが、すんでのところでミランダがメイスを振い、グリフィンの腹を殴って追い払う。


「アルフィ、ぼーっとすんな!」

「っ、ごめん!」

「くそ、空を飛ぶ奴は厄介だね。あまり効いていない」


 確かにミランダのメイスを腹に受けながら、グリフィンは悠然と飛んでいた。踏ん張りがきかない空中では、さしものミランダのメイスも威力は半分以下だった。


「エアリー、弓で追い払って!」

「それは構わんが、数が多すぎる!」


 エアリアルの言う通り、空にはいつのまにかグリフィンの群れで覆い尽くされていた。グリフィンの隊長はおよそ3m。4足歩行でありながら、空を巨大な翼で飛びまわる肉食動物である。首から上は鷹を思わせる姿だが、胴体部分は獅子である。知能は高いとされるが性格は非常に獰猛で、人間のみならず魔獣や魔物まで襲って捕食すると伝えられている。かぎづめは非常に鋭く、人間の頭蓋骨程度なら簡単に砕いてしまうのだ。

 そんなグリフィンの群れが、頭上に50頭以上。足場も狭く、情勢は明らかにアルフィリース達に不利だった。グリフィン達は新たな餌を見つけたと思ったのか、白い羽根の少女だけでなく、アルフィリース達も取って喰わんと狙いを定めたようだった。


「どうしますか?」

「時間はかかるが、降りてきたところを少しずつ仕留めよう。我の弓でも、一撃で倒すのは難しいだろうからな」


 楓の問いに、エアリアルが答える。そして頭上を睨みながら、ミランダが嫌な予感を察知する。


「いや、まてよ。たしかグリフィンって・・・」


 ミランダが自分の知識から、グリフィンに関する事項を引っ張りだす。その中に、確かグリフィンはブレスを使う記述があったような・・・


「あ、まずいかも」


 ミランダがぼそっと呟いた瞬間、グリフィン達の群れが口を大きく開けていた。口からはちろちろと炎が漏れだしてくるのが見える。

 その動作に気が付いて、全員の体が一瞬硬直する。周囲に身を隠す所はあるといえど、この数のグリフィンのブレスを同時に受ければひとたまりもない。


「(くっ、間に合うか?)」


 ミランダが防御の魔術を展開しようとする以前に、先に動いていたのは白い羽根の少女だった。アルフィリースの手からするりと抜け出ると、腰に佩いていた二本の剣の内、一つの剣を抜き放つ。


「ユーノ、ダーヴ!」


 少女が何かしら叫び、アルフィリースは言葉がわからないなりにも、その意味を察する。


「皆、伏せて!」


 反射的に全員が伏せた時、白い羽根の少女が剣を天空に向けて振り払う。その瞬間、周囲一帯が光と轟音に包まれ、思わず全員がうずくまっていた。そして、光が去った後、おそるおそる全員が頭を上げる。


「今のは?」

「一体何が・・・」


 アルフィリース達が顔を上げた時、ぼるぼろと黒い物体が空から落ちて来るところだった。それらは露出した岩場に当たり、形を原型なく崩していく。その一部がアルフィリースの足元に転がって来るが、足元の黒い塊を見たアルフィリースは軽く悲鳴を上げてしまった。


「これは、グリフィンの頭?」


 アルフィリースの足元に転がるのは、炭となったグリフィンの頭だった。一体何が起きたのかわからず、アルフィリース達は呆然とする。白い羽根の少女は剣を振るった反動で後ろにこけたのか、地面にぺたんと座りこんでいた。

 上空では既にグリフィンの群れが撤退を始めている。


「驚いたな、精霊剣の一本だね」


 グウェンドルフがふと呟いたのを、リサは聞きのがさなかった。


「グウェン、精霊剣とは?」

「ああ、その昔エルフや人間が魔王に対抗するため、様々な武器防具を鍛えた時がある。聖剣、神剣、魔剣・・・呼び名は使われ方にもよって様々だが、あれは上位精霊そのものを御神体として作られた精霊剣だね。確か名前は、雷鳴剣インパルス」

「精霊剣」


 その言葉をかみしめるように、アルフィリースが上空を見る。一振りで10体以上のグリフィンを完全に絶命させた。インパルスを際限なく振るえるとしたら、戦争そのものが変わってしまうだろう。その力に感嘆しつつも、恐ろしさに身の気がよだつアルフィリース。

 だがそれは剣を振るった当の少女も同じようで、剣を握りしめたまま小さく震えている。アルフィリースは彼女にそっと近寄ると、剣をもつ両手を握りしめ、そっと指をほどいてやる。


「大丈夫。もう大丈夫だから」

「・・・ユーノ」

「ありがとう、助かったわ」


 アルフィリースが少女に微笑み、手を取って少女を立ち上がらせる。すると、少女が真っ赤になり、なぜかもじもじとし始めた。


「ユーノ、マリージ?」

「え?」

「レメゲート、プルーブ、ユーノ。ユーノ、マリージ、エメラルド?」

「??」


 アルフィリースには少女の言葉がさっぱりわからないのだが、どうやら真剣に何かを聞かれているような気がした。そして少女が段々と詰め寄って来るので、その剣幕にアルフィリースは徐々に押され始める。


「ユーノ、マリージ?」

「え、と・・・そう、なのかな」


 アルフィリースはよくわからず、せまる少女に呼応するようについ頷いてしまった。すると少女は顔を完全に赤らめ、両手で顔を覆ってしまった。


「何? 何なの??」


 アルフィリースがうろたえる中、見かねたユーティが近づいてくる。


「アルフィ、どうしたの?」

「いや、言葉がわからなくて・・・」

「へえ。この子は多分ハルピュイアなのかもね。それなら言葉がわからなくても、しょうがないかも」

「ハルピュイア?」


 アルフィリースには聞き慣れない言葉だった。目でミランダ達の方を見るも、誰も心当たりがないようだった。そんな中、ユーティが得意げに話す。


「ハルピュイアってのはね、ここピレボスで人間がとても到達できない様な、切り立った場所に居を構える種族の事よ。他の種族と関わらないから、滅多に人前に姿を現さないの。元は獣人に近いはずなんだけど、グウェンの話を聞く限りでは翼人族ニケとも関係があるかもね。戦いとは無縁な温厚な種族だし、外界と隔離されて長いから言葉が通じないのも無理ないはず。ともかく、彼女達と接するのはワタシ達妖精くらいのものよ」

「だから知ってるの?」

「まあ妖精って精霊に近いから、同じ集落にこもっていても他の集落と交信はできるのよ。話だけは聞いたことがあるわ。ちょっとこの子と話してみてもいいかな? ワタシなら言葉がわかるかも」


 そう言って、ユーティは白い羽根の少女と何やら話し始める。


「ユーノ、フェアリー?」

「そうそう、ワタシは水の妖精のユーティよ。よかったらお話を聞かせてくれる?」

「ヤー」


 そうしてしばらく話した後、ユーティが少女を伴って、アルフィリース達の元に歩いてきた。


「どうやらこの子は、族長のいいつけで旅に出る途中だったみたい」

「旅?」

「ええ、占いでこの子が旅に出る時が来たんですって。この子はハルピュイアの中でも、色々特別みたいね」


 ユーティが少女の肩に座って話し始める。



続く


次回投稿は5/21(土)12:00です。

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