大戦前夜、その4~失望と期待~
***
「ドライアン王、すぐにお帰りで?」
グルーザルド一行が宿舎を引き払い際、チェリオの言葉に、ドライアンは当然のように頷いた。
「用は済んだ。いつまでも我々が居座っては、無用の圧力を人間に与えるだけだろう」
「もし許可いただけるようならば、俺はこのまま人間の都市に留まりたいと思いますが」
「お前の部隊はどうする?」
「副長以下に集合場所さえ伝えれば、従います。急ぎじゃありませんし、どうせゆっくりと北上してくるのでしょう? それなら、戦に備えた人間の社会の動きってやつを俺は観察してみたい」
「観察してどうする」
「人間が俺たちと戦争をせんとは限らんでしょう」
チェリオの言葉にリュンカは意見しようとして、やめた。その可能性がないわけではないことを、先の戦で思い立ったからだ。そして、チェリオが思ったよりも様々な可能性を考慮して動いていることをリュンカも知り、彼に対する評価を改めたからでもある。
ドライアンは少し考えて許可を出した。
「構わんが、先立つものはあるのか?」
「統一武術大会での報奨金が少し。足りなければ、イェーガーで下働きでもしましょう。伝手はあるわけだし」
「獣将が下働きだと、お前――いや、そういうことを言っているから私はいけないのだな」
リュンカがぶんぶんと首を振ったが、ふとロッハが何も言っていないことに気付いて水を向けた。
「ロッハ殿はどう思われます?」
「・・・」
「ロッハ将軍?」
「ん、ああ・・・いいんじゃないか、別に」
「なんだ、気のない返事ですね」
「先日からずっとそんな様子だ。何かあったのか、ロッハ」
ドライアンも珍しく困り顔でロッハに質問したが、ロッハの方は呆とした表情で返した。
「いえ・・・結局、アキーラとニジェールを殺害した者の情報がなかったもので」
「そのことか・・・私も懸念しているが、そうそう証拠が出るわけでもあるまい。容疑者を絞るだけでも一苦労だ」
「容疑者は見つかりました」
「何!?」
「本当か? どこの誰です!?」
ドライアンも、それ以上にリュンカも食い下がったが、チェリオは逆に冷静に返した。
「・・・証拠が何もないんでしょ? そして、疑うには少々面倒な相手」
「そのとおりだ」
「それは一体――」
「口にすることはできませんよ。でも王もわかっているのでは?」
「――うむ、やはりそうなのか」
「何? 誰が容疑者なのだ?」
リュンカは話についていけず困惑したが、チェリオは無言のまま視線でアルネリアの方を見た。その行為の意味をリュンカが察すると、彼女は真っ青になっていた。
「そ、そんな――まさか?」
「言葉にはするなよ? だがそうとしか考えられんだろう。ロッハ殿がこれだけ悩むんだ」
「だが、どうして――」
「それがわかりゃ苦労はしない。そして証拠はないだろう。ひょっとしたらただの事故なのかも、あるいは誰かの独断専行なのかも。何にせよ、困ったことになるのは事実だ」
「・・・困る程度で済めばいいがな」
ドライアンの言葉の意図を誰もがそれ以上追及しなかったが、ドライアンはしばし困惑した顔をして、その後吹っ切れたように笑った。
「まぁ、収穫もあった。爪や牙を封じての戦いとはいえ、思ったよりも活躍した者がいたことだ。同時に鉄を使える相手との戦いというものを、次世代の戦士が経験したのは大きい」
「それに、セイトの奴が準優勝したのも」
「ああ、あれには驚いた。巡り合わせの妙や、戦いには相性があるとはいえ、あれは見事だった」
チェリオとリュンカは興奮と感動と共にセイトの戦いぶりの検討を始めていたが、ドライアンにはそれ以上の感慨があった。
「(妻に似て戦いには向かぬ性格だと思っていたし、戦など知らぬともよいと思って離れて育てていたが――血は争えぬのかな。亡き妻が知ったらなんと言うかな。だがこんな世の中では、戦いは避けられぬのだろうなぁ。いつになったら戦いのない世が来るものか。誰もがそう望んでいるはずなのに、結局は見果てぬ夢だと言うのか)」
ドライアンはそんなことを考えながら、アルネリアを去っていったのだった。
***
そのセイトはというと、祝勝会と名目をつけただけのただの宴会に連れ出されていたが、宴もたけなわとなったところで一人静かに抜け出していた。その手には上等の酒瓶があったが、自らが飲むわけではない。向かったところは、アルネリア郊外の静かな一画。
そこには先客が5名ほど。ウルスを始めたとした、拳を奉じる一族の生き残りだった。彼らは長であるベルゲイの墓を簡素に立て、そこで静かに喪に服していたのだった。
続く
次回投稿は、6/3(木)20:00です。