大戦前夜、その3~深緑宮のざわめき③~
「ブラックホーク2番隊隊長、ルイ=ナイトルー=ハイランダーです。ご拝謁の栄誉を賜り、恐縮にございます」
「おなじく2番隊副隊長のレクサスです。貴族の作法は知りませんので、ご無礼は平にご容赦を」
「アルネリア最高教主ミリアザールである。楽にされよ」
ミリアザールとルイ、レクサスはそれぞれテーブルにつくと、茶を出す暇もなくルイが切り出す。
「昨晩、夜会で唐突にお声を掛けさせていただきましたが、早速のお聞き届けをありがとうございます」
「うむ、天覧試合の進出者は十分にその権利がある。本来なら天覧試合の全員がその権利を持つのじゃが、警備の関係などで上位のみとさせていただいた。許せよ」
「いえ、元来それが目的にございますれば」
「どういうことじゃ?」
その言葉に、ぴくりとミリアザールの眉が動いた。そしてその視線がレクサスに動くと、しばし張り詰めたような緊張感が場に満ちる。水槽の水位が急に上がったように感じられた緊張感は、10も数える間にすうっと引いた。
「・・・暗殺、というわけではなさそうじゃな。躊躇うような情を持ち合わせているようには見えん」
「・・・そっすね。やる気なら席に着く瞬間を狙ったっすけど、まぁ無理かな。俺にゃあんたはやれねぇ」
「当然じゃ、たわけが。人間の剣士なんぞに暗殺されるくらいで、聖女が務まるか」
「聖女ってのは武闘派の魔物がなるものなんすか?」
レクサスの物怖じしない言い方を、ルイも咎めることはしない。同じ感想を抱いたからだろう。
ミリアザールは自分の正体を含め、アルネリアのあらましと意図を簡単に説明した。レクサスは胡散臭げにその話を聞いていたが、ルイはある程度納得したようだ。
「・・・なるほど。ワタシの要件を伝える前に、一つだけ聞いておきたいことがあります」
「申せ」
「貴女は、ローマンズランドをどうするつもりですか? 滅ぼすつもりですか、それとも平和的な関係を気付いてゆきたいとお考えか?」
その質問に対し、ミリアザールは即答した。
「正直、ローマンズランドなどどうでもよい。ワシにとって大切なのは国ではなく、そこに生きる人々がどう生き、どのように死ぬか。国など、単なる共同体の構成単位に過ぎん。別にアルネリア以外に国が一つもなくとも構わぬし、なんなら統一帝国があってもよい」
「では、目障りなら滅ぼすと?」
「そこまで横暴ではない。意にそぐわぬからと滅ぼすようなことはせぬが、数百年の努力でなされた平和を個人や単体で脅かすのなら潰す。今はまだ見極めている最中じゃが――」
「が?」
「カラミティの汚染がどこまで侵食しておるのか、とんと見当がつかぬ。中枢はほとんど奴の下僕かと思っておったが、今回来訪したローマンズランドの騎士団を見る限り、カラミティ直接の手勢はほとんどおらんように見えた。奴の能力は人を乗っ取るが、誰でもよいわけではなさそうじゃ。その仕組みがわからぬでのぅ。最初は潰すつもりでいたのじゃが、それではまずかろうと考えておるところじゃ。ローマンズランドはそなたの家のように、優れた武家が多いのも事実。全て失くしてしまうのは惜しいし、先にも申した通りそこまでの暴虐を成すほどの冷徹さは持ち合わせておらぬ」
「なるほど・・・そして、ワタシのこともご存じでしたか」
ルイは最初から伝えるつもりで姓名を名乗っていたが、言うまでもなくミリアザールは気付いていたようだ。
「氷刃の初代の話は知っておる。戦場を共にしたわけではないが、ローマンズランドに優秀な魔法剣の使い手がおるとな。氷属性のくせにカッときやすく、喧嘩っ早いとも」
「姐さんにそっくりじゃねえっすか。先祖返りかなぁ」
「黙れ、貴様」
ルイの肘がレクサスの鳩尾に命中し、レクサスが悶絶する。ミリアザールはそのやりとりを見てくすりと笑うと、茶を置いた。
「さて、ワシはそなたの信用に――あるいは、ブラックホークの信用に足る人物かのぅ?」
「ヴァルサス団長からは自分で見極めろと言われました――そして、アルフィリースが懇意にしていることからも、信用しても良いとは思います。どのみち、信用せざるをえないでしょう」
「どういうことだ?」
「ローマンズランド内の、最大の工場の場所を知っています。我々も黒の魔術士の拠点や工場を探索してきましたが、規模を考えるに、あれより大きなものは見つけていませんし、おそらくは敵方の中でも最大かと。ワタシの案内があれば、殲滅も可能でしょう」
その言葉に、ミリアザールは梔子とミランダの方を見ると、互いに頷いていた。
「――ローマンズランド王城に隣接する、連峰であろう?」
「ご存じでしたか」
「想像はしていた。今北部商業連合を脅かすオークの大軍も、そこで飼われていたのだな?」
「でしょうね。ですが、今まで踏み込んでこなかった」
「ローマンズランド内にアルネリアを派兵する正当な理由がない。そして派兵したとして、殲滅できるかどうかが未確定じゃった。あれは迷宮じゃな? おそらくは、王族が脱出する時に使うための」
「ご推察の通り」
ルイの言葉は予想できたものだが、ミリアザールにもわからないことはある。
「中の構造がわかると?」
「ローマンズランド王族の脱出経路は、実に休まず迷わず駆けても、丸一日かかるほどの大迷宮。ハイランダーの一族は脱出経路のうち三分の一の地図を与えられておりますが、ワタシの担当はその中の半分程度でした。
この一年近くでこのレクサスや仲間と協力し、残りの地図をほぼ埋めてございます」
「最近ブラックホークの活動が目立たぬを思っていたら、そんなことをしておったのか・・・ヴァルサスめの目の付け所はやはり常人と少し違うのぅ」
「獣よりも獣らしい団長ですから。あの人は普通の人とは違う角度から世界を見ている。おそらくは、アルフィリースも」
その言葉を呟くルイは少しだけ楽しそうで、ミリアザールは初めてルイに好感を抱いた。彼女の言なら、信用してもよいかと思ったのだ。
「ならば折あらばそなたたちを案内役に指名しよう。工場を潰し、ローマンズランドの憂いを断つ」
「一つだけお約束を。その道を使ってローマンズランドに攻め込むようなことだけはしないでください。捨てたとはいえ、まだ一族はローマンズランド内におります。それと知られたら、一族がどのような誹りを受けるか」
「確約はせぬ。じゃが善き者まで滅ぼすつもりはない。なんじゃったら、ハイランダーの一族だけは保護しようか?」
「それは必要ありません。必要とあれば、自ら首を斬りおとすのが我らの使命だと、本気で彼らは信じています。ローマンズランドのためになると判断すれば、アルネリアに手を貸しもしましょう。もしカラミティ如きの軍門に降る軟弱者がいれば、ワタシが自ら斬って捨てます。ワタシの行動は私心ではないことを知っていただきたい」
「では、何のために?」
「ローマンズランドが建国より大切にした、その意志を守るために。そして大陸に影を広げようとする、悪しき者を断つために。我ら氷刃は、ローマンズランドだけの脅威を払うためだけの存在にあらず、と考えるようになりました」
ルイの固い決意に呼応し、ミリアザールは書面に興してそれをヴァルサスに届けるように預けた。ヴァルサスもこれで決定的に決めかねていた態度をあらためるだろう。アルネリアと共に剣を振る事を躊躇わないはずだ。
一度こうと決めたヴァルサスは何倍もの力を発揮する。黒の魔術士をどこまでも追い詰め、その首に剣を突き立てるだろう。
アルネリアから去り際、レクサスがやや面白くなさそうにルイに話しかけた。
「姐さん、そんな糞真面目なことを考えていたんすね」
「いちおうは武家の出だ。それに大陸の平和が脅かされるとなれば、他人事ではあるまい?」
「他人事っすよ、俺にとっちゃ。俺は別に人間が全部死んでもいいっすもん」
「呆れるほど厭世的だな。それとも破滅願望か? そこまで屑だとは知らなかったぞ」
「俺は姐さんが生きてたらそれでいいっすよ。どうせ滅びるなら、最後の2人になりたいっす」
レクサスは割と大真面目で言ったのだが、ルイはふいとその言葉を流した。
「貴様と最後の2人? 考えたくもないな、怖気がする」
「あー、そういうこと言う? 俺なりの愛情表現なんすけど!?」
「それは別の形で示せ」
「なら約束っすわ。どんな絶望的な状況になっても、俺は姐さんの傍から絶対に離れず、目の前の敵を全滅させるまで剣を振るい続けてみせます」
「出来る気がしないな。そんな根性があるようには見えない」
「出来たらどうします?」
レクサスが調子よく話しかけると、ルイも冗談だと思っていたのかふっと笑って答えた。
「三日三晩、お前の床から出ないでおいてやろう。できるのなら、好きにしろ」
「・・・え、マジで? それ、マジっすか?」
「ワタシは冗談が嫌いだと知っているな?」
「・・・うひょー、言質取ったどー!! 覚えておいてくださいね、姐さん!?」
「まぁワタシが絶望するとなれば、千を超える敵でも不足するだろうが・・・聞いているのか、あいつ?」
突然街道で馬を走らせ始めたレクサスを見て、ルイはゆっくりと馬を進めてその後を追うのだった。
続く
次回投稿は、6/1(火)20:00です。