大戦前夜、その2~深緑宮のざわめき②~
「のぅ、ミランダよ。アルフィリースから報告はあったか?」
「報告とは?」
「トボけるでない、これからのことに関してじゃ。ローマンズランドに行くとかなんとか抜かしていたが」
「ああ、それですか。スウェンドルとは正式に傭兵契約を締結したそうですよ」
「なんと? 交渉は難渋しなかったのか?」
ミリアザールが意外そうに質問したが、ミランダとしても肩透かしを食らったようだった。
「それが、あっさりと二つ返事だったとか。内容や報酬は割とふっかけたそうですが、きちんと目を通したうえでの即決だったと」
「ふむ、即決とな・・・スウェンドルのやつめ、まさかのぅ・・・」
ミリアザールがその真意を汲もうとして考えを巡らせていたが、ミランダが続けた言葉に思考は遮られた。
「イェーガーはターラムの南に終結後、他の傭兵団とともに動き北上しますが、現地ではローマンズランドの軍隊が南下次第、合流して動くそうです」
「ふむ・・・アンネクローゼ殿下との縁を重要視したのか?」
「そういうことかと」
アルフィリースからもミランダからも聞いていることだが、旅の途中でローマンズランドの第二皇女と出会い、その後も親交を温めていることをミリアザールは知っている。そもそも、重要と考えられる手紙などは検閲を受けるので、その内容もミリアザールは把握しているのだ。
だがそれだけでアルフィリースがイェーガーを大規模に動かすかと、勘繰るミリアザール。
「それだけかの・・・他に何か言っておったか?」
「アタシもそこまで聞いていません。だけど、何か悪いことを企んでいる表情をしていました」
「悪い事のぅ。アルフィリースの腹黒さときたら、千年生きておるワシと大して変わらんからの」
「真っ黒かもしれませんが、マスターほど澱んじゃいませんよ」
「ワシの腹は毒の沼か?」
「大丈夫です、腐臭はしていませんから」
「したら困るわ!」
「ああ、そういえば。オルロワージュが、自分こそカラミティだと告白したと言っていましたね」
その言葉にミリアザールが盛大に茶を吹き出した。梔子は素早く避けたが、ミランダは手に持った書類をかばうことに精一杯で、避け損ねてしまった。
「自分からばらしたんかい!」
「まぁ予想はついたことですけどね。ありきたり過ぎて、つまらないと言えばつまらないですが」
「それはそうかもしれんが・・・それを知っていてローマンズランドにアルフィリースは行くのか?」
「夜更けまでカラミティとブラディマリアと飲んだそうですよ。割と面白かったとか」
それを聞いたミリアザールは開いた口が塞がらず、せっかくの絶世の美女が台無しになる表情となったので、梔子がしばしハンカチでその表情を隠した。
「ミリアザール様、お顔が崩れております。ちゃんと整えてください」
「う、うむ。しかしアルフィリースの度胸と頭の中はどうなっているんじゃ・・・あの2人と談笑じゃと? ワシは絶対にできんぞ」
「おそらく大陸全ての人物を合わせても、アルフィ以外無理ですよ。そのアルフィ曰く、人間の影響を2人とも受け過ぎているのではないかと。戦う以外の結末を考えてみたいと言っていました。そのために知りたいことがあるとも」
「知りたいこと? なんじゃ?」
ミランダも少し口にするのは憚られていたが、口にしないわけにはいかないのでそのままを質問した。
「スピアーズの四姉妹と、吸血種の王バルファベル。これらの処遇について、ミリアザールがどう考えているのか、聞いてみたいと」
「! アルフィリースのやつめ・・・そうきたか」
ミリアザールが険しい表情となり、腕を組んで考え込んだ。ミランダと梔子は互いに顔を見合わせ、ミリアザールの言葉を待った。
「アルフィリースの奴め、どこまでを知っていて、どこからが予想なのか・・・恐ろしい人物に育ちつつあるな」
「あの・・・マスター。アルネリアにおいても禁忌なのは知っていますが、その2体についての今後の方針はあるのですか?」
「落ち着いたらラペンティとメイソンを向かわせ、交渉する。ローマンズランドとことを構えるのに、後顧の憂いがあったのでは問題でな。じゃが・・・ふむ。1年じゃな」
ミリアザールが膝を打った。ミランダはその意図を察することができず、おずおずと質問する。
「あの、1年とは?」
「アルフィリースに言えばわかる。それでケリをつけろと言え。でなければ、強引な手段に出るともな」
「・・・わかりました」
ミランダは腑に落ちない表情で了承したが、そこに扉をノックする者がいた。
「会議中に申し訳ございません。梓ですが、急ぎ謁見希望の方がいらっしゃいまして」
「誰じゃ?」
「ブラックホーク2番隊隊長、ルイ=ナイトルー=ハイランダー殿でいらっしゃいます。その御連れ様の副隊長レクサス殿もご一緒です」
「要件は昨晩聞いておる。通すがよかろう」
「はっ」
梓に伴われて入って来たルイとレクサス。深緑宮の一番奥深くで謁見をするのは、諸侯でも十年に一度あるかないか。アルフィリースやリサはさらに奥の私室にまで通される特別扱いだが、会議室まででもまずないことなのだ。ましてルイとレクサスは一介の傭兵。その待遇の意味を知っているのか、さすがに緊張が隠せなかった。
続く
次回投稿は、5/30(日)20:00です。