大戦前夜、その1~深緑宮のざわめき①~
新しい章に突入します。
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大陸平和会議終了後、アルネリアは蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。まずは平和的な解決を模索するはずの場での合従軍編成の宣言。そしえそのための軍備の割り振りが成されたのだ。
いかに常備軍を抱えるアルネリアといえど、装備、糧食、移動手段、野営地などの選定や寝具の確保、各都市への通達。これらのことが一斉に動き出すのを受けて、深緑宮は大騒ぎになった。
日常業務はマナディルが一手に受け持ち、各都市への通達はドライドが請け負い、実際の陣頭指揮はミランダを筆頭として、エルザ、ラペンティが補佐となり、穴をミリアザールが埋めるという形で動いた。
連日のように深緑宮には早馬や飛竜での連絡が駆け込み、その忙しさは頂点を極めた。だがそれらの流れを受けても誰もその表情に疲労感はなく、むしろ黒の魔術士が引き起こした魔王をこれから全て征伐できるという使命感と、意欲に燃えているのが見て取れるほどだった。
「では総大将はアルベルトとして、副長はラファティ、軍監督はアリスト、参謀はエルザがやるということで」
「ミランダ様は出撃なさらないので?」
深緑宮の一室。神殿騎士団の中隊長以上と、巡礼の上位たちが集まる会議にて、ラペンティの質問にミランダが答えた。
「アタシたちは別動隊だ。軍で相手にできなような連中が現れた時、ミリアザール様と連携して動く」
「巡礼はどうします?」
「口無しと一緒に遊撃隊として動く方がいいだろう。進むほどに強力な連中が出て来るはずだ。軍が大きな被害を受ける前に、率先してそいつらを潰す」
「暗殺部隊かいな?」
ブランディオの指摘に剣呑な顔をした者が多く出たが、ミランダは平然と返した。
「巡礼はそのいう仕事の方が得意でしょう? 世の影で、人に知られずひっそりと善行を行うのがね」
「ま、特別褒章が出るんなら積極的に狩らせてもらいますわ」
「考えておくわ」
「となると、現地には先行して飛んだ方がよさそうだな、ですね。軍が来るまでの二ヶ月の間、許可があれば相手の数を減らしつつ、詳細な様子を探っておくが、おきますが?」
メイソンの申し出を、ミランダは首を振って否定した。
「現地には先行して飛んでもらうけど、斥候は必要ないわ」
「なぜゆえに?」
「現地はちょっと面白いことになっているからよ。軍が到着する頃にはその全容がわかると思うわ」
「?」
メイソンとブランディオは顔を見合わせたが、その日は一度解散となった会議。ジェイクも当然出席していたが、去り際に呼び止められた。
「ジェイク、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうか、ミランダ大司教」
「グローリアからも志願者を募って出撃させるわ。数は現時点では100から200名を考えている」
「? 少年兵を使うと?」
さすがにジェイクが怪訝な表情となるが、ミランダはさらりと答えた。
「大戦期では珍しい事でもなかったわ。それに志願者は放っておいても出る。戦意高揚のために、演説している者が既に学生にもいるくらいよ」
「・・・焚きつけた者がいるのでは?」
「そりゃあ兄弟が神殿騎士団や周辺騎士団にいればね。ともあれ、絶対に志願兵は出る。あなたには少しでも被害を減らしてほしくて、その監督と選抜をしてほしい。ハミッテも使うといいわ」
「無謀な者は断ってもよいと?」
「もちろん、その権限も与えるわ。同じ学生の方が評価はわかるでしょうしね。ちなみに合従軍だから、他の国から親兄弟が派兵されてくる場合もあるわ。それも考慮しなさい」
「・・・ややこしそうだ」
頭を抱えるジェイクに、ミランダがその背中を押した。
「そのためにデュートヒルデやブルンズがいるのでしょう? デュートヒルデは公爵令嬢として教育を受けているから、誰がどの国のどんな身分の出身か把握しているし、ブルンズの御父上は将軍だから諸国の軍の事情にも明るいはずよ。彼らの知恵を借りなさいな」
「・・・それでも任務は後方支援でいいんだろ? 俺は前線に出るはずだから、最終的な指揮は執れない」
「最終的な指揮はエルザにやらせるわ。もちろん前線に耐えうると思えば、連れて行ってもよくてよ」
「そんな奴はわずかしかいない」
「数名はいるのね?」
ミランダの意地の悪い指摘に、ジェイクは無言でぷいとしてその場を去った。ミランダは腰に手を当てながらため息をついたが、その様子を見ていたミリアザールと梔子は何やらひそひそ声で話をしていた。
「ハミッテとな・・・杠のことじゃったな? あやつは怪我で引退していたのではないか? いつ復帰してミランダと知り合いになった?」
「楓から報告は受けています。カラミティの分体がグローリアに出現し、それを始末したとも。その功績をもってもう一度アルネリアに仕えたいとか」
「馬鹿な。たしかにあやつはできる、怪我をしてなおカラミティの分体を始末する能力があることも納得しよう。じゃがお主がおるアルネリアに仕えたいと思うか? 執念深さも一級品ぞ?」
「そうなのです。まぁ直接深緑宮に仕えるのではなく、ミランダ様ですから・・・グローリアの一教官にしておくのは、たしかにもったいのうはございますが」
口ではそう説明する梔子だが、その内心での焦燥感を誰よりミリアザールは知っていた。かつて杠と同期であり、その才も功績も圧倒的に後塵を拝していた現梔子。それが再び深緑宮に出仕していると聞いて、不穏を感じ取らずにはいられないだろう。
そして気になることがもう一つ、ミリアザールにはあった。それはミランダが引き返してきてから、改めて聞いてみたのだ。
続く
次回投稿は5/28(金)21:00です。