戦争と平和、その709~大陸平和会議最終日②~
「後方支援にとどまらず、可能なら我らの手勢も出撃させていただきたく存じますわ」
「それは・・・もちろん助かりますが、よろしいのですか?」
「ええ、無論ですとも。これは同盟なのでしょう? 共に血を流さぬ者を同盟とは呼べませんもの。我々もまた皆様と同じく、戦場で苦労を分かち合いたいと思います。それに我が国の兵は戦が遠のいて久しい。これからも魔王が出現することを考えると、戦場での薫陶を受けることは必要かと」
その言葉に眉を顰めた者もいたが、シェーンセレノの一党と目される者たちは拍手喝采を送っていた。ミリアザールは表情を変えずその様子を見守っていたが、何を考えているかは、彼女の人となりを知っている者ならよくわかっていた。
ミランダ、ドライアンはミリアザールの表情を窺っていたが、意外なことにスウェンドルやブラディマリアまでもが盗み見るようにミリアザールの表情を見ていた。そしてミリアザールが何か言う前に、アルフィリースが手を挙げて発言を求めたのだ。
これにはミリアザールもドライアンも、レイファンですら目を丸くしていた。ただオルロワージュとブラディマリアだけは、興味深そうにアルフィリースの発言を見守っていた。
「あー・・・発言をしてもよろしいでしょうか?」
「あなた、アルフィリースとかいったかしら。いかに天覧試合まで出場したとはいえ、一介の傭兵如きがこの場で諸侯を差し置いての発言は無礼ではなくて?」
シェーンセレノが珍しく不平不満を口にしたが、アルフィリースはそれを無視してミリアザールに視線を送った。ミリアザールは興味深そうに、発言を手で促した。
「発言を許可します、アルフィリース殿」
「それでは失礼して。ま、レイファン殿下の交渉役も公務として兼ねているので、私に発言権がないだなんて、とんだお門違いの発言もいいところですけども。今までの会議の経過などには興味がなかったようですね」
アルフィリースがいけしゃあしゃあと皮肉を言ったので、スウェンドルとドライアン、それにミランダが小さく吹き出した。対するシェーンセレノは不快感を露わにしつつもぐっと我慢し、アルフィリースの発言を待っていた。
「シェーンセレノ殿、とお呼びさせていただきますが。先ほどの発言は、自国の兵に血を流させることを強要すると考えてよろしい?」
「発言に気をつけなさい、傭兵。不敬罪ととりますよ」
「そちらこそ質問に答えていませんよ。この場に置いて各諸侯の立場は対等。そして私の発言は諸侯を代行するものであると同時に、聖女に許可されたものです。それをどうこう言うなら、そちらこそ礼を欠いている」
「減らず口を・・・」
「口が回るからこの役に就いているのですけどね。それより、先ほどの発言の真意はいかに? それともお答えできない?」
「まさか。血が流れる量が同じなら、それを皆で分担しようと言ったつもりですわ。何がおかしくて?」
「そうですね。私の考える限り、三つはおかしい」
アルフィリースが指を三本立てた。そのことに諸侯の注目が集まる。
「まず一つ、あなたは使節団の代表であって、国内で軍部における地位はないはず。平和会議の参加者には軍関係者もいるでしょうが、あなたの使節団にはいませんね? 割り振られた兵士の出撃に関して国に持ち帰って協議することはできても、この場で軍部を動かすような発言をすることはできないはず。下手をすれば自国での責任問題となりますが、いかに?」
「我が国は私の立場と発現を尊重してくれますわ。この会議においても全権を委任されています。私の発言はそのまま国の意向。出兵に関しても事前に軍部に承諾を得ておりますわ」
「ほぅ。つまりあなたの国はあなたの言いなりとおっしゃっている?」
「・・・そんなことは申しておりません」
シェーンセレノの顔が、会議が始まって以来初めて歪んだ。その表情をアルフィリースはつぶさに観察していたが、リサは殺気が一瞬シェーンセレノから立ち上った気がして、思わず身構えそうになった。
アルフィリースは怯まない。
「ちなみに、派兵はどの程度の規模と人数を出すおつもりで?」
「そうですね、数個大隊または一個師団。こればかりは志願者を募ってから国で協議してみないと、なんとも」
「ちなみに、あなたはその中に入っていらっしゃる?」
「・・・さて、それに関しては軍部次第でしょうか。私は兵法のことは素人なので、軍部に邪魔者扱いされるようなら大人しく後方支援に徹するのが妥当と考えますが」
「それは異なことをおっしゃる! さきほど志願者を募ると言いながら、自分は志願しないと? なのに自国民には血を流せと? それで人はついてくるでしょうか!?」
「失礼な! 戦場で剣を振り回すことだけが戦いではありませんわ!」
シェーンセレノががたりと立ち上がろうとしたので、ミリアザールがテーブルをこっ、こっと叩いた。
「双方熱くなりすぎないように。発言は冷静にしてください」
「失礼しました」
「・・・失礼しました」
シェーンセレノは赤面したが、アルフィリースがちっとも悪びれなかったので、オルロワージュことカラミティは笑いを堪えるので必死だった。スウェンドルがテーブルの下で足をつねらなかったら、声が漏れるところだった。
アルフィリースはこほん、と一つ咳ばらいをして続けた。
「さきほどの質問が二つ目です。他人には血を流せと言うのに、自分にその覚悟がないとは、ということです」
「言い直さなくても結構ですわ! 私も戦場に赴きます、これでいいのでしょう?」
「煽り耐性がありませんね。もうちょっと冷静になってください」
「煽っている自覚がありましたの!?」
「アルフィリース殿?」
ミリアザールが嫌な笑顔になったので、アルフィリースは寒気を覚えて慌てて取り繕う。あれはかつて、恥ずかしい折檻がどうとかミランダに向けて言う時の笑顔ではなかったか。
続く
次回投稿は、5/22(土)21:00です。