戦争と平和、その707~最後の夜会⑥~
「ローマンズランドと密約は結んでいるんだよね? 内容は何?」
「・・・お主、もうちょっと歯に衣を着せようとは思わぬのか」
「やっぱり面白いわね~」
ブラディマリアが呆れ、カラミティが笑った。アルフィリースは悪びれずに続ける。
「この会議が始まる前からでしょ? あとはシェーンセレノの賢人会もかなぁ」
「賢人会のことも知っておるのか。あなどれん情報収集力じゃな」
「情報も一つの戦争だから、かなり重視しているつもりよ。ただ一つわからないのは、最初は黒の魔術士の繋がりで同盟を結んでいるのかと思っていたけど、どうもあなたたちがそんな小細工をするようには見えないのよね。ならばシェーンセレノと連携を取っているのは誰なのか。そしてシェーンセレノとやらは何者なのか」
「賢人会は策士とやらが関わっているけど、私もそちらは詳しくは知らないわ。そもそもあんな女のことは知らないもの」
「知らない? あなたも?」
カラミティはくすくすと笑いながら答えたが、その表情には一部不満と怒りもとれる感情が見え隠れしていた。
「私がオーランゼブルから預けられていた仕事は、ローマンズランドを籠絡して意図通りに動かせるようにすることと、魔王の生産工場にすることだけ。アノーマリーが死んだ今でもその工場は動いているけど、能率はアノーマリーのようにはいかないかしらね」
「じゃあ今回の行動は、その策士とやらの意図なわけ?」
「策士クラウゼル、それがあいつの名前よ。勇者ゼムスの仲間でもあり、オーランゼブルと繋がりがあったようだけど、それ以外にも意図がありそうな――私をもってしてもその意図が知れない相手ではあるわ。
そしてもう一つ勘違いしているのだろうけど、スウェンドル王は私の支配下にないわよ」
「そうなのか?」
「・・・なんとなく、そんな気がしていたわ」
ブラディマリアは驚いたが、アルフィリースはその言葉が予測できたようだ。カラミティはアルフィリースの反応が予想できたようだ。
「あら、わかっちゃったかしら?」
「あの態度をとれる王様が支配下だとはとても思えないわ。強烈な個性と意志を感じたもの」
「そうよねぇ。かなり私が手を加えたのよ? なのに彼の精神と強烈な意志は支配できなかった。今では本当の意味で気に入っているわ。あなたと浄儀白楽の関係と同じかしらね、ブラディマリア?」
「む。確かに旦那殿は面白い存在ではあるが」
「スウェンドル王も相当面白い人間だわ。やはり人間の意志は侮れない。元人間だからわかることだけどね」
カラミティは酒を自らグラスに注ぎ、飲みながら続けた。アルフィリースとブラディマリアにもそれを勧め、2人はそれを飲み干した。
「何が一番面白いって、私の正体に半ば気付きながら側仕えに上げたことね。よくもまぁこんな蟲女を」
「自分で言うんだ、それ」
「酒の席でもなければ言いませんけどね。自分がどれほど忌み嫌われる存在かは理解しているつもりよ。私はそこから始まったのだし、嫌われることには慣れているわ」
「じゃろうな」
「あなたには言われたくないわね、ティタニアならともかく。スウェンドル王は自ら私の力を受け入れ、そして人間以上の存在になったわ。彼には強烈な意志と確固たる目的がある。今はそれに協力することが当座の目的かしらね」
「目的って何?」
口を開きかけて、カラミティがアルフィリースを見て面白そうに笑った。
「スウェンドル王の寝室に言ってみたら? 寝物語として教えてくれるかもよ?」
「うげっ、それだけは無理」
「なんじゃ、そのくらい体を張らんか」
「嫌なものは嫌よ!」
「ま、あなたならいずれ普通に聞き出すかもね、王も面白い女は好きだもの。それに普通の人間では三晩ともたず壊されるわ。私だから持ちこたえているようなもので」
「そんなに激しいのか?」
「そりゃあもう。私も腰を抜かすわよ」
からからと笑うカラミティに、アルフィリースは耳を塞ぐ真似をした。
「そういう話は二人でしてくれる? それよりも、具体的な協力内容について話を詰めたいのだけど?」
「もぅ、まだまだ小娘ね。しょうがいないわ、明日王への謁見時間を確保してあげる。そこで正式に契約を結びなさいな」
「妾も旦那殿に話をしておこう。連絡役は――」
ブラディマリアが配下の執事たちを呼び寄せようとして、アルフィリースが制した。
「その前に一つ。浄儀白楽殿が直接、スウェンドル王と連絡を取っていたの?」
「そのはずじゃが? 間に誰か挟んでおるとは思うがの」
「ここではっきりさせておきたいわ。その間に立った人物は誰? カラミティに心当たりはある?」
「ない。城の中のことはおおよそ把握しているけど、たまに王は飛竜で遠乗りにでかけるから。その時だけは私も関与できないわ」
「そう・・・」
「何か気になることでも?」
ブラディマリアとカラミティがアルフィリースの瞳をのぞき込んだが、そこには不安の色があった。
「・・・もう一勢力、誰かの介入がありそうだと思って」
「もう一つ。誰じゃ」
「アルネリアじゃないわ、それは確認した。それにレイファンでもミューゼ殿下でも、アレクサンドリアでもなかった。ドライアン王でもなさそうだし・・・」
「アルマスではなくて?」
「アルマスも違うわ。確認した」
「ふぅむ、そうなるとまだ誰かおるかのぅ?」
「それがわからないから不気味なのよ。誰かいたかしら――」
考え込むアルフィリースに対し、ブラディマリアには一つ心当たりがないでもなかったが、それは口にしないでおいた。些事だと思っていたし、言わない方がよいとも思ったからだ。確証は何もない。
「ま、考え事はこの辺にして同盟記念の乾杯でもせぬか」
「妙に人間臭いわね、あなた。私と違って社交界になんて関与していないくせに」
「何晩も連続で夜会に参加しておれば、多少人間の流儀も理解するわ」
「えー、あなたたちと乾杯するの? なんだか嫌だなぁ」
「お主が持ち掛けたんじゃろ」
「腕でも組みながら飲み干す?」
「そこまで仲良しじゃないわ」
アルフィリースの言葉に薄く笑った二人。三人は軽くグラスを合わせたが、その影が蝋燭の炎で揺らめくさまを見た者がいたら、とても美女ではなく、怪物の寄り合いにしか見えなかっただろう。
続く
次回投稿は、5/18(火)21:00です。