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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ピレボスにて、その3~一時の別れ~

「ニアよ、獣将のロッハを知っているか?」

「ええ、もちろんです。『神速』の異名をとる将軍ですよね」

「そのロッハと俺は腐れ縁なのだが、奴から妙な伝令が来てな。グルーザルド領内に裏切り者が多数いると言うのだ」

「なんと!?」


 ニアがまたしても立ち上がる。グルーザルドの軍はその結束の固さで有名なのだ。他の獣人の国と違い、グルーザルドが一大軍事国家となりえたのは、その辺りの事情もある。軍にいたからこそ、ニアもまた実感の伴う事柄だ。その内輪に裏切り者など、ニアには信じられなかった。


「もちろん確証はない。だがそれは俺も引っかかっていたことではあるし、ゴーラ師匠も指摘をしていた。だから今回俺が出世したのも、ロッハが働きかけてのことだ。うかつな奴を信用できんとな。副官を当てられるのを断ったのも、信頼できる奴を傍に置いておきたいからだ。先ほどの内容を聞く限り、やはりお前は信頼できそうだからな」


 アムールがニアの方をじっと見ている。


「ですが、隊長・・・」

「お前の気持ちもわかっているつもりだ。だからずっと俺に仕えろなんてことは言わん。だがせめて3年、いや、1年でもいい。グルーザルドを蝕む連中の正体がわかるまで、俺の傍で働いてくれないか? お前の家族もグルーザルド領内にいるのだろう。疎遠とは聞いているが、無視もできまい?」

「・・・それはそうですが」

「それにな、お前の妹が今軍にいる。会ってみないか?」

「え!?」


 その言葉はニアには意外だったので、俯いた顔が思わず上がる。家を飛び出してから一度も帰省をしていないため、ニアはその顔を全く知らないが。


「強いぞ、お前の妹は。いずれ将軍職につくかもしれん」

「そんなに・・・」

「それだけじゃない。軍に入った理由が、お前に会うためなんだそうな。可愛いじゃないか」


 アムールがニヤニヤしたので、ニアは困ってしまった。一度も会ったことのない妹に慕われても、どんな顔をすればいいのかわからない。だが、確かに会ってみたくもある。

 それにアムールの言うことも尤もだった。もしグルーザルドに裏切り物が多数いるのなら、いずれは他の国にとっても無関係ではなくなるのだろう。ニアがどうすべきか悩んでいると、アルフィリースが彼女の肩に優しく手を置いた。


「ニア」

「アルフィ」

「一度グルーザルドに行ってきたらどう?」

「いいのか?」


 ニアが申し訳なさそうな顔をしたので、アルフィリースは力強く頷いてみせた。


「このままじゃすっきりしないでしょう? それに、私の方は傭兵団を立ち上げるまでに多少時間がかかるわ。彼らとの休戦協定もあるし、今すぐにどうこうなるわけではないと思うけど、そちらは急を要するんじゃない?」

「それはそうかもしれないが」

「それにもしかすると、彼らが裏にいるのかも」


 全員がはっとした。その可能性は十分にあり得るのだ。


「だから、ニアが行くのはきっと無駄にならないはず。心配しなくてもカザスはきっと生きてるし、彼にはちゃんと貴女の行き先を伝えておくから」

「・・・そうだな。私は、私にできることをするか!」


 ニアの決心がついたようだ。目に力強さが戻る。


「アムール隊長。その話、お受けします」

「いいのか?」

「はい! もう決めましたから。ただし、長居はしませんよ?」

「言うようになったぜ、こいつめ」


 アムールがニアの頭を腕で抱え込むように頭をわしゃわしゃと撫でる。


「それではすまないが皆さん、このニアを今しばらくの間借りて行くぜ」

「ええ、早めに返してほしいわ。私の友達なのだから」

「ああ、ノシつけて返してやるさ。じゃあなニア、行くぞ?」

「あ、はい!」


 既に歩き始めたアムール。その後に付いていこうとして、ニアがもう一度アルフィリースの元に駆け寄る。


「すまない、突然こんなことになって」

「いいのよ。それより、ニアの無事を祈っているわ」

「ああ、私もだ」


 アルフィリースとニアはがっちりと抱擁を交わし、他のメンバーとも別れを惜しんでいる。その一方で、アムールにそっとグウェンドルフが近づいて行った。


「アムール殿」

「これはグウェンドルフ様」

「ゴーラに伝言をお願いできるかな? 近くグウェンドルフが会いに行くと」

「はい、我が師も喜ぶでしょう」


 アムールは深々と礼をすると、ニアを促し去っていた。ニアは何度もアルフィリース達の方を振り返っていたが、やがてその姿も見えなくなる。


「行っちゃったね」

「ああ、突然だったね」

「全く、常識人が一人減ってしまいました」

「しばらくあのツンデレっぷりが見られないのは寂しいわね」


 ユーティがため息をついたのをきっかけに、その場に重い空気が流れる。その沈黙を破ったのは、イルマタルの声だった。


「ねーねー、ニアとはまた会えるんでしょ?」

「そうね、イル。きっと会えるわ」

「じゃあ私達ももう行こうよ? 早くしないと日が暮れちゃうよ?」

「あっはは、こりゃイルに一本取られたね。この子が一番のしっかり者だ!」


 ミランダが笑ったので、全員がくすりと互いを見て笑った。そして彼女達もニアとの別れを惜しみつつ、その場を後にするのだった。


***


 アルフィリース達はピレボスに向かい、さらに進む。アムールとの邂逅がありつつも、その日は予定通りピレボスの麓で一泊し、翌日ピレボスを越えるべくアンネクローゼの案内通りに進むつもりだった。だが――


「道が・・・」

「落石ね」


 元々道もあって無きが如き山道だったが、それにしても向うから来る人間が誰もいないのはどうなのだと、ミランダが危ぶんでいた矢先だった。


「どうしよう?」

「いったん戻ってここから南に行けば北街道の分枝には行けるが・・・」

「危険でしょうね。まだ検問があった場合、まずいことになるかもしれません」

「それに人が多いと目にもつく。加えてよく考えると、アタシ達って国境を超える時の通行証を持ってないのよね」


 ミランダの言葉に、全員が首をかしげた。


「通行証って何?」

「う、ニアがいなくなって、もはや全員世間知らずばっかりか。中央街道はあまりにも人が多いし、平和だってのもあるから通行証なんてよっぽど怪しい人間しか確認されないけどね。北や南の街道は人もそれなりにまばらで、治安もよくない。だから普通は国境ごとに身分を立てる通行証がいるんだよ」

「そんなの、ちょっと街道を外れて国境を越せばいいじゃない?」


 アルフィリースが堂々と言い放ったので、ミランダは呆れてため息をついた。


「そんなに堂々と犯罪発言をされてもね。まあその通りなんだけど、国境には巡回している警備兵がいるから、彼らに見つかったら言い訳はできないわよ? 楓みたいに単独の隠密行動ならまだしも、国境には一見何もないように見えて魔術で罠が張ってあったり、集団で抜けるとなると結構面倒臭いんだ。それに宿も治安が悪い場所ほどに、通行証がないと泊めてくれない宿が増える。ブリュガルではアタシのアルネリア教の証が通行証代わりになったけど、そうとばかりは行かないんだ。戦争地帯で国境破りと、野宿の連続になるよ?」

「それは・・・」

「どっちにしても野宿は覚悟の上ですけどね。アンネクローゼの言う通りに進めば、国境破りは上手くできると言ったところですか」


 リサが冷静な発言をしたので、ミランダが頷く。


「ミランダ、ちなみに南に戻った場合、どのくらいの確率で私達は国境を突破できると思いますか?」

「・・・アタシ達の実力なら突破はできるかもしれない。でも、ほぼ100%ひっかかるね。戦争地帯との境はとても警備が厳しいから。引っかかったら後の方が問題さ。もし懸賞金でもかけられようものなら、そこら中の傭兵の的にされかねないよ」

「それは上手くないなぁ・・・」


 これから傭兵団を作ろうかというのに、そのような危険を冒すことはアルフィリースにはためらわれた。そしてその後幾分か話し合った後、ピレボスをもう少し北上できるのではないかという結論に辿り着いた。


「地図の上では道がありそうなんだけどね」

「遭難はしたくないわねぇ・・・」


 アルフィリースは目の前に広がる山々を見ながら呟いた。背後には地上が見えるが、前面には見渡す限りの山である。最悪グウェンドルフに乗ればひとっ飛びではあるが、その場合馬や装備は全て犠牲になるだろう。シルフィードを置いていくことは、エアリアルが承知すまい。

 そうしてアルフィリース達は、当初の予定とは違う行動に出るのだった。


***


 道を外れてしばらく行くと、山はさらに高くなっていく。もはや標高2000mは超えているかもしれない。エアリアルの馬だから進みも早いが、普通ならもう日が暮れる時分だが、まだ適当な野宿の場所も見つからない。


「空気が少し薄いですね」

「ちょっと息苦しいかな」

「あ、楓が帰ってきた」


 このような山岳地帯では、馬よりも楓の方が圧倒的に足が速い。彼女は常に先行し、先の安全を確かめてくれる。その楓が帰って来たのだ。


「報告します」

「どうだった?」


 いつも報告を聞くのはミランダである。


「進路に問題はありませんが、魔物同士の争いが起こっています」

「魔物? どんな?」

「詳しくは見えませんでしたが、羽根のある魔物同士の争いのようでした。片方が一方的に追い立てていたようなので、ほどなくして止むと思いますが」

「うーん、じゃあしばらく休憩するのがいいかな? アルフィ、どうする?」

「そうね。あるいはこの混乱の隙に乗じて、一気に突破しちゃうってのも手かも」

「なるほど。皆は?」


 ミランダが意見を求める。


「待つ時間が無駄ではないか?」

「そうですね、もう日が中天を越えていますから、そろそろ安全な寝床を探しにかかるべきでしょう」

「岩山に水場は期待しない方がいいわよ~。だから水が無くなる前にこの山を降りる事を考えると、少しでも先に進むことをお勧めするわ」


 最後のユーティの言葉が決定的だった。旅に水は必須である。水がなくなることほど、旅に置いて怖いことはない。水なしでも旅だけなら3日程度はなんとかなるが、戦うことも考えると、1日でも水が無いと辛い。一行は多少強引にでも先に進むことにした。

 そしてしばらくすると、戦いとおぼしき喧騒が聞こえてくる。


「まだやってるわね」

「空か?」

「あちらです」


 リサが指した方向を、身を隠しながらそっと見るアルフィリース達。


「あれは・・・野生のグリフォン?」

「珍しいですね。しかも群れですよ」

「やられているのはなんだろうな。よく見えない」

「今ちょっと見えたよ! 白い羽みたい。あ、落ちてくる!」


 ユーティの言う通り、グリフォンの群れに追い立てられ、白い羽の何かがこちらに向かってくる。どうやら胸には何かを抱いているようだ。どうも鳥ではないようだが、その何かを守る余り、戦うことも身をこともままならないらしい。そしてグリフォンに空中で蹴飛ばされたのか、白い羽根の何かがバランスを崩したようだった。


「地上にぶつかるぞ?」

「いけない!」


 アルフィリースはいつのまにか駆けだしていた。小型の《圧搾大気ディーププレス》を地面に向けて発動し、その反動で落ちてくる何かの落下速度を緩める。そして上手い事こちら側に弾くことに成功したアルフィリースは、反射的にそれを抱きとめた。


「え、女の子?」


 アルフィリースが受けとめた何か。それは、背中か白い羽を生やし、胸には漆黒の剣を抱いた天使の様な女の子だったのだ。



続く


次回投稿は5/20(金)12:00です。

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