戦争と平和、その705~最後の夜会④~
「あー、エルシアがいたぁ!」
「ユーティ?」
「もう、救護室にも厠にもいないし、どこに行ったかと思えば! 心配かけないでよね!」
「その台詞は食い物で突き出た腹を引っ込めて、手に持った肉を置いてから言ってほしかったわ」
エルシアとユーティがぎゃあぎゃあと言い合うのを見て、ディオーレは可笑しくなってしまった。こんな時なのに、声に出して笑ってしまったのだ。
「はっはっは。面白いな、そなたら」
「そりゃあこのユーティ様が一言喋れば、死人も笑いだすっていう評判が――」
「属性がお笑いの妖精なんてどこにいるのよ!」
「相方はあんただよ?」
「相方って言うなぁ!」
「そなたら、いっそ契約したらどうだ? 精霊騎士になれるかもしれんぞ」
「「誰がこんなのと!」」
ディオーレの言葉に同時に反目し、ディオーレにずいと詰め寄る2人。エルシアは誰がお笑いの精霊騎士になるかとユーティの頬を引っ張り、ユーティはおまえみたいな生意気女はお断りだと蹴り飛ばす。恐れ知らずの彼女たちこそ、新しい風かもしれないとディオーレは頼もしささえ感じた。
「わかった、わかった。私が悪かった」
「ディオーレ様、そろそろよろしいでしょうか」
仏頂面をしたイブランが、ディオーレの背後から声をかける。ディオーレとしても、元々失礼でない程度に顔を出して、そのままこの場を辞するつもりだったのだ。思わぬ長居になってしまったとディオーレは、少々ばつを悪そうに返事した。
「済まぬ。もう行く」
「あ、介抱してくれてありがとう。感謝するわ、でも――」
「ああ、わかっている。次に会った時は容赦しない。戦場ならば殺し合いになるだろうな。そなたは充分な脅威だ。戦場で見つけたら容赦なく潰しに行かせてもらう」
ディオーレがわずかな殺気とともにエルシアを威圧した。その言動にごくりと唾を飲むエルシア。そしてディオーレがふっと表情を緩めてさらに付け加えた。
「――だが、できるのなら競技会などで互いを高め合う関係でいたいものだ。そのためにも平和を目指しているつもりだ」
「そうね、でも平和だったら傭兵の商売あがったりだわ。でも戦いばかりではすり減ってしまう。その均衡が難しいのだと、最近ちょっとわかるようになったわ」
「学ぶことが多いようだな」
「ええ、やっと面白くなってきたところよ」
エルシアの攻撃性を隠さない物言いを頼もしくすら思うと、ディオーレは外套を羽織って会場を去っていった。そして去り際に、傍にいるイブランにも聞こえないくらい小さく独り言ちたのだ。
「――若いな。なんて羨ましい」
「何か?」
「いや、なんでもない。そうか、ラインがあのような集団を指揮する立場にいるのなら、我が下に来ることはもうあるまい。だがそれはそれで――対等な立場として、今度は彼らと肩を並べてみたくはあるかな」
「そのための画策をいたしますか?」
「いや、おそらく放っておいてもそうなる。彼らの信用を損なうようなことだけはするな。彼らはこれからに我々にとって、非常に大切な存在になるかもしれない」
「――畏まりました」
イブランが果たしてどこまで承知したのかは不明だが、その間には今までにない納得があったように感じられたディオーレ。そして彼女は一つの決意と共にアルネリアを去る。
「(そう、アレクサンドリアという国を2つに割ることになろうとも、私がやらねばなるまい。聖女の演説ではないが、これをきっかけに国内の膿を粛清する。そのためなら――武力行使も辞さん。諸将はどこまでついてきてくれるのか――大勢が死ぬことになるだろうな)」
ディオーレの表情は暗い。だがエルシアたちのような光があるなら、これこそ我々が引き受けるべきだろうと決意を固め、自身の三軍がいるアレクサンドリア辺境へと帰国を早めたのだった。
***
夜会の最中、個室に呼び出された人物が2人いた。一人はブラディマリア。もう一人はオルロワージュである。2人は個室で顔を合わせると、互いに敵愾心を孕んだ目を向けた。
「そなたかえ、妾を呼び出したのは?」
「・・・いいえ、違いますわ。討魔の代表の愛人になど、用はありませんもの」
「なに、では誰が――」
「私です。お招きに応えていただいてありがとう!」
部屋の扉を開けて入って来たのはアルフィリース。不審そうな視線を投げる2人に向けて、アルフィリースは開口一番とんでもないことを言い放つ。
「黒の魔術士のお二人さん、少し話をしませんか?」
「・・・度胸のある小娘じゃな。まさかこの場なら殺されぬとでも思うておるのか? 貴様の首をひねるのにかかる時間は、瞬き程度ぞ?」
「心外ですわ。黒の魔術士などと私は無縁でございます」
ブラディマリアは殺気を滲ませ、オルロワージュは優雅に否定した。だがアルフィリースは笑顔のまま、さらに彼女たちの手が届く間合いまで近づくと堂々と言い放った。
「ブラディマリアはさておき」
「さておくでないわ! 貴様、妾に対する礼儀というものを――」
「隠さないでよ、カラミティ。もう察している人もいることだし、今更でしょう? これから共闘しようって言うのに、正体を隠されたら作戦立案もままならないわ。そろそろ腹の内を明かさない?」
「何の事やら――」
いきりつたつブラディマリアをよそに、アルフィリースの視線はオルロワージュに注がれる。オルロワージュが視線を逸らそうとしたので、アルフィリースはさらに踏み込んで、互いの息がかかるところまで顔を近づけた。
「美しい人だわ、でも――」
「な、なんなのかしら」
「ライン風に言えば、口が臭い――と言えばいいのかしら?」
その言葉にブラディマリアがその場から飛びずさった。ブラディマリアはカラミティをそれほど恐れているわけではないが、挑発に巻き込まれるのは御免だと思ったからだ。
案の定オルロワージュからは凄まじい殺気が漏れ出ており、アルフィリースがその場からどかぬのが不思議に思えた。ブラディマリアはその胆力に素直に感心する。
「(大した女よ。それともただ無謀なだけか?)」
「口が――臭いですって?」
「ま、私にはわからない感覚だけど、そういう表現をする人はいるのかしらね。ただセンサーを阻害するような衣服を着こんでいたとしても、全ての精霊を誤魔化せるわけではないわ。私にはわかる、あなたがカラミティよ。いえ、そうでなければいけないかしら」
「腹の内を割るといったわね――その腸をぶちまけてやろうかしら?」
「御免被るわ。それよりやりたいことがあるのでしょう? そこのブラディマリアもそうだけど。それぞれ目指すことに違いはあれど、オーランゼブルに一泡吹かせたいことは共通しているはずよ。そのための作戦を、この女三人で練らないかって言ってるの。どうかしら?」
オルロワージュはしばしアルフィリースを睨んでいたが、ブラディマリアの方が先に声をかけた。
「――その女がカラミティかどうかは妾も知らぬ。誰に寄生しているかは、我々も知らぬでな。じゃが、そちの提案には興味がある。耳くらいは傾けてもよいとは思うが、オルロワージュとやら。いかがじゃ?」
「・・・いいでしょう」
オルロワージュは殺気を収めると、アルフィリースとブラディマリアに座るように促した。そして自ら名乗ったのだ。
続く
次回投稿は、5/14(金)21:00です。