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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その703~最後の夜会②~

「さて、ミランダ。事情を先んじて聞いておくことは可能なのでしょうね?」

「ああ、勿論さ。アルフィにも言っておきたいんだが」

「エルシアの様子を見に行ったようです。先に私だけでも事情を聞いておきましょう。それに、私も直接ミリアザールに話がしたいですから」

「・・・わかった、こっちだ」


 ミランダが促し、リサはジェイクを伴いあとをついて行く。ほどなくして、厳重に結界が敷かれた控室にいる『聖女』ミリアザールの私室に通された。

 聖女はゆったりとした服を着て、女官たちに囲まれながらもきびきびと指示を出しているところだった。リサが来た事で聖女はその手を止めた。


「うむ、来たか」

「やはり同一人物、ということでよろしいのでしょうね。今まで通りミリアザールとお呼びしても?」

「態度を変える必要はなかろう。そなたら、外すがよい」


 ミリアザールの一言で梔子以外の者が全て席を外し、ミランダ、リサ、ジェイクもその場に残った。ミリアザールは聖女然とした態度を崩し、いつものようにどっかりと椅子に座ると足を組んでリサを迎えた。


「肉付きがよくなったのだから、その足の組み方をおやめなさい。はしたない」

「かかっ、地は変わらぬものよ」

「とんだ聖女もいたものです。姿も態度も、何もかも偽りですか」

「何もかも偽りではない。姿はワシが最初に人間の姿を取った時のもの――この姿形は偽りなく聖女アルネリアのものじゃ」

「なんと。これほど美しい女性がかつて存在したと?」


 リサは感知でおおよその美醜はわかるが、リサの経験上これほどの女性は記憶にない。成長したレイファンがどうか、というところだった。

 だがミリアザールはからからと笑う。


「うーむ、胸と尻はもう少し控えめじゃったかのぅ。ワシそのものがそういう体つきゆえ、幻身するとどうしてもな」

「お、おのれ自然に豊満アピールをするとは・・・裏切り者め! その駄肉を削いでやる!」

「わあっ! リサ、よせぇ!」


 ジェイクが慌てて止めに入るのを、面白そうに笑って眺めるミリアザール。隣では梔子とミランダがため息をついていた。


「マスターも人が悪い。アタシだって事情を知ったのはしばらくしてからだ。お披露目も終わったんだし、ちゃんと話してあげて」

「無論じゃ。まずこの姿に戻るには、それなりに準備がいる。しばらく人目につかぬようにしたのはそのせいよ。ただの幻身とは違い、骨格ごと変更する必要があるでな。途中は身動きもできぬようになるし、隙だらけゆえそこの梔子以外には知らせなんだ。許せよ」

「それは構いませんが・・・なぜ今その姿に?」

「褒章授与式で説明したとおり、前の姿に責任をなすりつける形にした。諸侯の内には気付いた者もおるじゃろうが、証拠はない。ワシを魔物じゃと糾弾したところで同様じゃ。今のワシを力づくでどうこうできる者など、数えるほどしかおらぬじゃろうからな」

「どうやら私の周りには腹の底まで真っ黒な、ド汚い女しかいないようですね。なんて嘆かわしく、いとおしいことか」

「結局好きじゃん」

「ま、この場に限っては否定もできんのぅ」


 ミリアザールがからからと笑い、梔子が茶を出した。


「どうぞ、聖水というほどではありませんが」

「浄化するつもりなら、そなたも呑めよ?」

「結構です。私、きちんと濾過しておりますので」

「上澄みはどうした?」

「で、いつまでその姿は保てるのですか?」


 リサの質問が核心を突いたので、ミリアザールから笑みが消えた。


「もうちっと騙されてくれんかのぅ、リサよ」

「阿保なことばかり言っているからです。デカ女も気付きますよ。貴女の気と魔力の満ちようは尋常ではない。おそらくは、ブラディマリアと同程度まで練り上げられている。そんなことがいつでもできるならとっくにやっているでしょうから、その力は前借りしているのか――いえ、残りの寿命を燃やしているのですか?」

「なぜそう思う?」

「貴女から受ける印象の問題です。まるで、燃え尽きる前のろうそくの輝きのよう。たかがローマンズランド国内の蛆虫の群れを狩り尽くすために、そこまでしますか?」

「・・・言うた通りよ。根こそぎ狩り尽くす、今回の戦いの現況をな。オーランゼブルだけでない。カラミティ、ブラディマリア、ドラグレオ、ドゥーム、ティタニア、ヒドゥン。その全てを。そして必要とあらば、スウェンドル、浄儀白楽、オリュンパスや生き残っとる大魔王たちもな」


 その決意表明に、思わずリサは茶を飲むのをやめて目を丸くした。


「・・・本気のようですね?」

「5年」


 ミリアザールが手を広げ、リサの前に突き出した。


「この姿でおることのできる、ワシの寿命よ」

「・・・もう他の姿を取ることはできない?」

「できなくはない。じゃがやる気はない」

「なぜ」

「もう十分に生きたからよ。シュテルヴェーゼ様より真竜の血を分け与えられ、もう十分に生きた。いつやめるかと悩んでいた生じゃ。あと少し、あと少しと思うていては、キリがなかろうて。それに、辞めるなら今が潮時じゃ。アルネリアには人材が多く、ワシがおらずともやっていけるじゃろう。今回の戦いで憂いとなる者どもを一網打尽に出来れば、心おきなく逝ける。止め時を自身で選べるとは、なんと幸せな人生か」

「ですが、しかし」

「もう解放してくれ、リサ。これ以上生きておっては、いずれワシがそれと知らず悪そのものになりかねん。いや、むしろもうそうなのかもしれん。じゃが人の世の乱れを見れば、見て見ぬ振りもできぬ損な性分でもある。ワシは良くも悪くも影響を与え過ぎる、そのための方法も知り過ぎた。おらぬのが一番じゃ」

「ぺった・・・いえ、最高教主様。それは決定事項ですか」


 項垂れかけるリサの傍で、ジェイクが背筋を伸ばして質問した。その質問にも、ゆっくりと頷くミリアザール。


「ああ、決定事項じゃ」

「俺が大陸最強の騎士になるまで見届けてはくれませんか」

「ならば5年で可能性を示せ。そのくらいなら待ってやる」

「わかりました、感謝します」


 ジェイクはそう告げて一礼すると、その場からすっと立ち上がって部屋から出て行こうとする。その後ろをリサは慌てて追おうとする。


「ジェイク、どこへ? この駄肉を説得しなくてもよろしいのですか?」

「リサ、俺たちより遥かに大人が決めたことだ。もう何を言っても変わらないさ。なら、俺が変わる努力をすべきだ。茶を飲む時間すら惜しい。俺は自分のすべきことをする」

「ですが、別の良い解決策が――」

「誰が悪いわけでもない時もある。もちろん最高教主様も、ひょっとしたら黒の魔術士とかいう連中ですらも。ただ一つだけ残念なのは、ミルチェは大きくなったら貴女に絵を送りたいと言っていた。その約束が果たされそうにないことだけが、残念です」

「――そうか」

「ミルチェがアルネリアに帰国する時には、俺から言って聞かせます」


 ジェイクは深々と礼をし、部屋を退室した。リサもそれに続く。そしてミランダがおずおずと口を開いた。


「――マスター、あんたの決意が固いことは説明を受けている。だけど、本当に後悔はないのかい?」

「何を言う、ありまくりじゃ」

「だったら今からでも――」

「言うたじゃろ、キリがないわ。それに決意した一つの理由は、ジェイクとリサよ」

「え?」

「ジェイクはアルベルトを超えるよ、ミランダ。お主には悪いが、必ずそうなる。それが10年後か、もっと先かは知らんがな」

「な、なんでそんなことが――」

「わからんか、朴念仁め。他人のことは言えんわな」


 想いミランダのためだけに強くなろうとした男と、想いリサのためだけに大陸最強の騎士になろうとした男では結果は見えておるじゃろうがと言いかけて、ミリアザールはやめた。不器用だがゆっくりやればいいと思ったのだ。急ぎ過ぎてもよいことばかりではないだろう。

 そしてリヒャルドの件を経て、あの事件は自分にも責任があると強く自責するようになった。自分の夫が末裔たちにワシを守れなどと告げなければ――リヒャルドは祖たるワシとミランダを天秤にかけることなどしなかったろうと、ミリアザールは強く自分を責めていた。


「(ワシの存在そのものが呪縛のようなものじゃ――若者たちを自由にしてやらねばなるまい。せめてアルベルトとミランダには、望んだような人生を掴み取ってほしいものよ)」


 困惑するミランダを見ながら茶を啜るミリアザールを見て、梔子が珍しく微笑んだ。梔子だけは、代々ミリアザールの本当の意図を汲んでくれる。今代の梔子もようやくその領域に達してくれたかと思い、万端の準備が整ったと確信するミリアザール。

 最後に少しだけ迷っていた。だが、リサとジェイクを見ていると未来の明るさを目の当たりにしたようで、命を使い切ることに躊躇いはなくなっていたのだった。



続く

次回投稿は、5/10(月)22:00です。

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