戦争と平和、その702~最後の夜会①~
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「今頃、イェーガーはどんちゃん騒ぎでしょうか」
「会場の撤収作業、露店は売り切りに入るからその警備と撤収作業、来賓たちの撤収警護に神殿騎士団や周辺騎士団が駆り出されるからその穴埋め。仮設宿場の解体作業、周辺街道や地域の安全確認のための巡回、その他諸々の雑事で7割以上の団員が駆り出されているわ。それに主賓たちがいないのでは、盛り上がりに欠けるでしょう。私たちが騒ぐのは3日後の夜と言っておいたわ」
「その時は朝まで騒ぐことになりそうですね。先ほどちらりと戻った際に、エクラが酒を大量に運び込ませていたのはそれですか」
「その時は私もぱーっといきたいけど、今日と明日の結末次第かしらね」
リサとアルフィリースは引き続きレイファンの護衛として、最後の夜会に出席していた。ルナティカは会場全体を見渡せる位置に陣取っているが、リサとアルフィリースはレイファンの傍に控えている。
もうこの期に及んでレイファンにおかしな誘いをする者はいなくなったが、逆にレイファンの有能さを見込んだ交渉や会話は多い。レイファンはひっきりなしに話しかけられ、笑顔でその応対を続けていた。またアルフィリース自身の元へも、多くの賓客が訪れるようになった。
統一武術大会決勝に残ったセイト、ライン、エルシアもこの夜会には出席を要請されていた。だがセイトは人間社会の夜会になど慣れていないせいか、戦いの最中よりもよほど緊張した様子で壁を背にして固まっている。人間が着るような礼服を仕立てさせたが思いのほかよく似合っているので堂々としていればよいのだが、当のセイトは何を話してよいのかわからず聞かれたことにだけ言葉少なに答えるだけだった。だがそれが奥ゆかしいととられたのか、周囲には何名かが物珍しそうにしながら、困り顔の屈強な獣人の戦士を取り巻いて会話をしていた。
エルシアはドレスを仕立てて出席していたのだが、イェーガー内の礼儀作法の講習などほとんどさぼっていたせいで、歩くのすらおぼつかなかった。それを見かねたユーティが助け舟を出したのか、はたまた食い意地が張っていただけなのか、食事をほおばりながらエルシアの前を飛び回り、話しかけてくる者たち相手に大弁論を振るっていた。
エルシアに興味を持って話しかけてきた者も饒舌な妖精にいつの間にか興味をさらわれ、ユーティを中心とした輪が形成されている。そのうち緊張のあまり強めの酒を一気に煽ったエルシアはすぐに酔っぱらい、見かねたディオーレに連れられて会場の外に避難していった。アルフィリースはその様子を見て、まだまだ優雅な姫騎士には程遠いなぁと微笑んでいた。
意外に上手くやっているのはライン。貴族相手にも嫌な顔一つせず、また礼儀作法も完璧にこなしながら、やってくる貴族の子女たちを適当にあしらい続けていた。最初は余計なことをしないかどうかはらはらしていたアルフィリースとノラだったが、さすがに弁えたラインの様子を見て、安堵して胸を撫で下ろした。
「大丈夫ですよ2人とも。あの男は決める時はちゃんとやります」
「わかっちゃあいるんだけど、かつてのあの男を知っているだけにねぇ」
「そうそう、自堕落だもんねぇ」
「はぁ・・・それもまた演技のうちだとわからないから、貴女方は良い男が捕まえられないのです」
「「なんですってぇ!?」」
「おっと、つい本音が」
眉を吊り上げたノラとアルフィリースを残し、リサはするりとその場を離れた。先ほどから話し疲れた様子の見えるレイファンに気付き、ジェイクに連れ出すように言っておいたのでそちらの様子を見に行くことにしたのだ。
レイファンとジェイクは離れた庭園で、果汁を片手にくつろいでいた。
「それにしても、随分と見違えましたわ」
「そう? まだそれほど時間は経ってないはずだけど」
「時間はそうでも、神殿騎士団で中隊長まで出世されたとか。それに背丈も伸びられましたわ」
「うーん、言われればそうかも」
「精悍になられましたわ」
「よせよ、褒めても何も出ないぞ?」
「そうですよ。人の男に唾をつけるのはやめていただけます?」
リサが笑顔で割って入った。わざとらしくジェイクに腕を絡ませるとジェイクは赤面し、レイファンは微笑んだ。
「まさか。そんなつもりは毛頭ございませんのことよ?」
「そうだとしても、レイファン殿下におかれましては、もう少し自分の美貌を正確に評価した方がよいのでは。貴女に微笑みかけられれば、大抵の男は正気をなくすでしょう。襲われても知りませんよ?」
「お、おいリサ。王族の前だぞ?」
「構いません。レイファンの息抜き兼、私の息抜き。それにジェイクへの戒めです。リサが気配遮断していますから、誰も気付きませんし聞こえませんよ」
リサがぷぅと頬を膨らませたので、レイファンが微笑んだ。
「ありがとう。緊張をほぐすために気を使っていただいたのですね?」
「まぁ、そんなところです。気の置けない間柄というのは大切でしょう? それに、イェーガーのお得意様でもありますし」
「アルフィリースへの報酬の件ですか?」
「ええ、保険をかけておくことは重要ですから。ああ見えてデカ女は慎重ですよ」
「知っています。思ったよりもはるかに慎重な方だということが今回の護衛でわかりました。ドワーフのように大胆に、エルフのように繊細に、でしたか?」
「フェンナの金使いは大胆極まりませんがね。おおよそ合っていますが、見る目も信用しています。男以外は」
「それも知っています。私もお眼鏡に適うように頑張りますわ」
ふわりと微笑むレイファンに、ジェイクの体温が上気するのがわかったので、その足を踏んづけるリサ。感知でレイファンの目鼻立ちはわかるが、こういう時は直に見たいと思う。きっと夜に咲き誇るつつましやかな白銀の花のように、輝いているだろうから。
リサは悔しさを感じつつも、ジェイクを立たせた。
「では気遣いついでにもう一つ。もう少しこのままお待ちください。意中の人間を呼んでおきました」
「?」
「おーい、リサ。ここか?」
そこにひょっこり現れたのはライン。ラインはこちらを避けるように陣取っていたのだが、アルネリアからの呼び出しだということでこの場に呼んでおいたのだ。リサが気配遮断を解いたことで騙されたと知ったが、誰が目の前にいるのか気付いたラインはぎこちない笑顔を作ってレイファンに挨拶した。
「よ、よぅ。元気か?」
「ライン様・・・ええ、私は息災であります」
「さて、行きますよジェイク。ぺったんこが呼んでいます。いえ、今ではその呼び名は不適当ですか・・・ぼんきゅぼんの化け物をしばき倒しにいきましょうか。あの裏切り者め」
「リサ、目が座ってるぞ?」
ジェイクはよくわからずその場をあとにしたが、リサが去り際にぼそりと呟いた。
「朝まで帰らなくても結構ですよ。いえ、いっそそうしなさい。それで我々は一生安泰です」
「お、お前なぁ~」
「この罪作り」
ラインの顔が歪み、レイファンの心拍と体温が上がるのを感知したが、それ以上は野暮だと思ったリサは、感知を切ってその場をあとにした。
そしてミランダを見つけると、その背中を小突いて褒章授与式のことを問い質す。
続く
次回投稿は、5/8(土)22:00です。