戦争と平和、その701~統一武術大会、閉幕③~
「父上、これは――まさか、アルネリアは我が国の領土で大戦争をするつもりですか? そんなことになればどれほどの被害が――」
「落ち着け、アンネ。元々協力を申し出たのは我々だ。まさか聖戦とまで仰々しい言葉を出すとは思わなかったが、さほど驚くことはない。今のアルネリアなら、まさか我が国を焦土とすることはなかろうよ」
「今の? ではかつては」
「やった。人道的配慮を謳いながら、魔王に屈服して先兵となった小国家を、まるごと地図から消したこともある。欲に駆られてその小国家の領土を分割統治しようとした国家も、いつの間にやら魔物に攻め込まれて崩壊したと、我が国の記録にはあるな。
気を付けろよ、アンネクローゼ。あの女狐は人の欲と恐怖を操る術に長けている。隙を見せれば、あっという間に取って食われるぞ。今回の戦争の肝は、いかにわが軍の損耗を減らして諸国に肩代わりさせるだと思っていたが、これは逃れられんかもしれんな。我が国もかなりの出費と人的被害が避けられなくなるだろう。そうせぬために俺が出向いたつもりだったが、俺がここにいる以上、惚けるのも難しいな。衛星国の領土はなくなることを覚悟しておいた方がよいかもしれん」
「まさか、そこまで?」
「皇女殿下、油断はなりませんわ。人の欲深さは底知れぬもの、そしてその性は邪悪。他人の痛みなど素知らぬ顔ができるのが人間というものです」
「貴様がそれを語るか、毒婦めが」
思わず強い言葉が口をついて出たアンネクローゼだが、スウェンドルもオルロワージュも意地の悪い笑みでそれを流した。スウェンドルがオルロワージュに問いかける。
「あの女狐は、我々の本当の狙いに勘付いていると思うか?」
「そう考えて行動する方が妥当でしょう」
「そうか。むしろそのくらいであってほしいものだな」
「ええ、本当に。上手く踊って頂きたいものですわ」
くすくす、と嗤うオルロワージュの表情に底知れぬ悪意を感じたアンネクローゼは、思わず一歩後ずさっていた。自分が知らない何かをこの2人は思い描いている。そう感じて、また芽を出そうとする不安の種を悟られぬよう、アンネクローゼはぎゅっと口を引き結んでいた。
一方、討魔協会では詩乃が手に持っていた扇子をぽとりと床に落としていた。そしてその隣では藤太が殺気立つ。その様子を見て、浄儀白楽はふぅとため息をついた。
「一筋縄ではいかんか。あれが女狐の切り札だとよいのだがな。どう見る、詩乃?」
「あ・・・いえ、すみません。『そう』だろうなとは思っていました。ですがこの間合いでこの札をきってくるとは思っていませんでした」
「一応は、貴様の見立て通りか。ミリアザールが本来の実力を隠しているのではないのか、ということについては」
「・・・想像はしていたことです。あの魔物が姿形を変えて長らく君臨しているのであれば、童女のような姿を取ることによってその能力が制限されるというのは。東の真鬼にもそのような輩はおりますゆえ」
「争いを好まぬ真鬼の一族におったな、そのような者たちが。本気で戦う時には、全員が巨大化していた。真鬼の中でも、一、二を争う強さの一族だった。で、どう見るブラディマリア。藤太の反応を見れば、想像はつきそうなものだが」
浄儀白楽は水をブラディマリアに向けた。そこには、明らかに不機嫌そうなブラディマリアがいたのだ。姿こそそのままだったが、口調は既に元に戻っていた。
「ふん、おかしいとは思っていたのじゃ。最初にドゥームめが踏み込んだ時に直に見ていたが、あまりに存在が希薄じゃった。妾の血族をことごとく排除したとは思えぬほどのぅ。妾やライフレスも能力を押さえるために幼体となるが、あれもそういうことじゃったか」
「どのくらいだ?」
「限りなく互角」
ブラディマリアが手元にあった酒のグラスを一気に煽った。その表情は真剣だった。
「ここまでとは思わなんだ。妾が全力を出しても、互角にやるぞ。少しだけ妾が上かの」
「なんと、そこまでか」
「そうなると子を産んだのは失策じゃったな。力が元に戻るまで数年はかかる」
「ならば二人がかりでやればよい」
「そうなればシュテルヴェーゼやジャバウォックが黙っておるまい。その方が厄介じゃて」
「ならば俺の策は上手くゆかぬか?」
「どうかの――初手は上手くいくじゃろうが、その次がの――」
「――いえ、上手く行く方法があります。彼女の本質が変わらないのなら、必ず成功します」
「ほぅ? どんな策か?」
詩乃の思わぬ発言にブラディマリアが興味をそそられる。だがその怪しく輝く瞳に宿る光を見て、ブラディマリアは思わずぞくっとした。
「詩乃、お主――」
「? 何か?」
「・・・いや、なんでもないわ。その策とやら、教えてもらえるのだろうな?」
「ブラディマリア殿はこざかしい策は苦手でありましょう? 弄するのは私と白楽様、ブラディマリア殿は来たるべき時にその力を十全に発揮していただければ」
「ふむ、そうか」
気のせいか、とブラディマリアは自らの感情を考えないようにした。真竜相手ならまだしても、とてもそんな感情を人間に抱くとは信じられなかったのだ。そう、たかが人間如きに自分が恐怖するなどとは。
そして熱狂に包まれる観衆と、統一武術大会後の平和会議にて何が話し合われるのかを知り、諸侯たちは穏やかではいられなかった。その中でただ一か所、シェーンセレノの陣営だけが熱するでもなく、驚くでもなく、ただただ静かに笑顔のミリアザールが執り行う褒章授与式の様子を見守っていたのだった。
続く
次回投稿は、5/6(木)22:00です。




