戦争と平和、その696~統一武術大会、女性部門決勝⑦~
リサがしのび笑いを漏らし、アルフィリースが渋い表情をするのもエルシアが優勢だったからなのだろうか。エルシアの攻撃は確実にディオーレを追い詰め、観客には一方的にさえ見えた。大いに盛り上がる観衆に応えるようにエルシアの攻撃は加速し、熱を帯びてついにはディオーレの髪留めの一つを弾き飛ばしていた。ばさりとツインテールの片方がほどけ、観衆の盛り上がりが最高峰に達する。
その様子をベッツが見て呟いた。
「すげぇもんだな、あのお嬢ちゃん。あそこまでディオーレ様を追い詰めるかよ」
「ベッツの攻撃とどっちが上?」
「んー・・・嬢ちゃんだな」
その言葉にヴァイカが目を丸くした。
「本当に? それなら人間の中でも最上級の戦士ということになる」
「攻め一辺倒ならそうかもな。俺はどちらかというと、攻防同等――やや受け寄りの剣士だ。あの年であの攻撃の多彩さ、速度。長じれば、もっと素晴らしい戦士に育つだろう」
「なら、勝つ?」
「それはどうだろうな」
チャスカの疑問に、ベッツは曖昧な返事をせざるをえなかった。あのエルシアとかいう少女が人間の中では特に攻撃に秀でた剣士だとしても、ディオーレは間違いなく防御の最高峰。ベッツが勝ったのも、ディオーレが盾を持っていなかったということもある。かつてのレーベンスタインとて、何度盾持ちのディオーレと戦ったのか。
何より、まだディオーレの目は爛々と光っている。対して、目に見えてエルシアの息があがり始めていた。
「さて、ここからだ。あといくつ手を残しているか」
「終わりか?」
「――ふぅ、ちょっとくらい油断しなさいよね」
ディオーレは憎らしいほどに冷静で、エルシアは様々な緩急をつけて攻撃したのだが、それでも初手以外は動揺してくれなかった。変化をつけた攻撃の筋も見切られつつあるのか、防御の動作が徐々に小さくなり、ついには攻撃を逸らされかけたところでエルシアは一度後退した。
あと一つ風船が割れれば逃げ切れる――そう観衆もイェーガーの仲間も期待していたが、エルシアだけは違った。
「(むしのいい考え方はやめなさい、私。相手は完璧で最高の騎士。偶然なんて期待しては駄目!)」
「(まだ目が死んでいないか。かなりの疲労だろうに、気力が充実している。あと一つ、二つは仕掛けがありそうだな。まだ攻勢に出る時ではないか)」
それでも、エルシアが再度死角に回って逃げようとしたら押し込むつもりだった。それが素直に後退したので、ディオーレは前に出そびれていた。エルシアの逃げる方向次第では、決着はついていた。
エルシアは再度構えをとった。だが今度は左手に小さな木球をじゃらじゃらとたくさん用意している。ディオーレはそれを見て、より油断なく構えていた。
「(器用なものだ。投げるだけでなく、指で弾いたり、放り投げるだけでも完璧に距離と方向をコントロールする。それに回転による跳弾まで自由自在。それこそは才能だろうな。これがせめて鉄製の武器だったら、もう少し脅威だったのだが。木製では急所に当たらぬ限り無視して構わぬ。突きの手数が減った時が最後だ)」
ディオーレが一歩大きく踏み込んだ。それと同時にエルシアが無数の突きを繰り出し、左手は指で弾いて木製の球を連続で飛ばす。ディオーレはそれら全ての攻撃から最後の胸の風船を守りながらじりじりと前進し、エルシアとの距離を詰める。
エルシアは攻撃しながら後退し、ディオーレは守りながら前進する。観衆の目にも、趨勢が逆転しつつあることがわかった。
「ディオーレー! 行けー!」
「エルシアー! 押し切れー!」
エルシアの息があがり、動きが鈍りつつあることを考えれば、これが最後の攻防だろうと観衆が大声援を送る。それに応えるようにエルシアは手数を繰り出したが、徐々にその軌道が単調になっていった。
ディオーレが注目するのは、左手の木球の数。
「(5、4、3・・・0!)」
左手の木球の数が尽き、エルシアが補充すべく腰の袋に手を伸ばした瞬間をディオーレは逃さない。ここぞとばかりに踏み込もうとした瞬間、エルシアの口から小さな木球が飛び出した。
「(目つぶし!)」
思わぬ攻撃にディオーレは盾でそれを弾くが、一瞬エルシアの上半身が盾で隠れる。その隙に上がるエルシアの足。
「(なんだ、何を蹴ろうとしている?・・・木球だと?)」
エルシアが蹴飛ばした木球が曲がりながらディオーレに襲い掛かる。左手は差し出したばかりで動かず、盾を弾くようにして襲い掛かった木球はディオーレの側頭部に直撃した。
「こんなことで――え?」
その瞬間、ディオーレは我が目を疑った。左目が完全に見えなくなったのだ。瞼が完全に落ちたのだと理解するのにかかる間を、エルシアは逃してくれない。
続く
次回投稿は、4/26(月)23:00です。