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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ピレボスにて、その2~ニアの苦手~

 目の前に現れた黒豹の獣人は細身だったが、精悍な顔つきと、戦士として纏う気配が尋常ではないことをアルフィリース達に悟らせる。その獣人が凄まじい使い手なのは、誰の目にも明らかだった。

 アルフィリース達は一瞬身構えるが、彼には殺気が全くなかった。その獣人がゆっくりと鋭い目でアルフィリース達を見回すと、アルフィリースに隠れるようにしているニアに目を止める。


「ニア? 何してるの?」

「な、なんであの人がここに・・・」


 ニアが涙目でふるふると震えていた。その様子を訝しむアルフィリース。


「ニア? いったいどうして・・・」

「きゃあ~! ニアちゅわあ~ん、お久ぶりね~!」

「「「はあ?」」」


 思わずアルフィリース達が、気の抜けた声を同時に上げてしまった。先ほどまで精悍だと思われていた獣人の男性が、いきなり女言葉を発したのだ。しかも手を目の前で組み、その手に頬ずりしながら筋肉質な体をくねらせている。見ていてあまり気持ちの良い光景ではない。いや、正直気持悪い。


「なんだ、あれ?」

「あれが世に言う、オカマでは?」

「ふむ、外の世界には不思議がいっぱいだな」


 エアリアルでなくとも不思議であったであろう。そんな呆然とする全員の後ろで、ニアはガタガタと震えていた。


「た、た、隊長! なんでここに!?」

「え、隊長!?」


 アルフィリースが思わず目の前の獣人をまじまじとみる。目の前のオカマ風獣人が、ニアが常々話していた凄まじく強い隊長だというのだろうか。その獣人が女言葉で挨拶する。


「はあ~い! 只今紹介に預かりました、ニアちゃんの上司のアムールでーす。『アムちゃん』もしくは『アムたん』って呼んでね?」

「うわぁ・・・」

「ニアが旅に出た理由が今わかりました。グルーザルド、恐るべし」


 リサの感想は全員が同様だった。全員が完全に開いた口がふさがらない。グウェンドルフですら少しあんぐりしていたので、これは凄まじい衝撃なのを認めざるをえないだろう。だが、ニアは一向に震えが止まらず、アルフィリースにしがみつくようにしていた。


「な、なぜここに。まだ期限には時間が・・・」

「んもう、ニアちゃんたら! そんな後ろに隠れてないで、出てらっしゃい?」


 と、ふとアムールの体がアルフィリース達の目の前から消える。いや、正確には消えたように見えたのだ。すると、彼はいつの間にかニアの背後に回り込んでおり、ニアの肩に手を置いていた。


「え?」

「速い」

「ひえっ!」

「相変わらず照れ屋さんなんだから~」


 そうして笑顔を軽い口調とは裏腹に、アムールはあっという間にニアの腕を後ろで捻りあげてしまった。ニアの腕は既に固定を取ったとはいえ、まだ本調子ではないのだ。


「いた、いたた!」

「あら、ニアちゃん怪我してるの?」

「そ、そうなんです。だからあんまり乱暴はやめてください」

「そういうわけにはいかないわよ~だってこの子、久しぶりに上官に会ったって言うのに、ろくに挨拶も出来ないんだもの」


 アルフィリースが止めようとするが、アムールの顔は笑っているものの、目が全く笑っていない。内心ではかなり怒っているのだろう。言葉遣いや態度はどうあれ、彼も規律に厳しい軍人には違いないのだ。


「ほら、ニアちゃん挨拶は?」

「お、お久しぶりですアムール隊長!」

「うむ、よろしい」


 ぱっとアムールがニアの手を放し、ニアが左腕をさすりながら体勢を立て直す。その様子をアムールは一見にこやかに見ている。

 だがアルフィリース達の警戒心はかなり上がっていた。先ほどのアムールの速度、全員が完全に目が付いていかなかったのだ。


「(速い・・・ニアとは比べ物にならないくらい。これがグルーザルドの隊長格の軍人)」


 アルフィリースには驚嘆の出来事だったが、とりあえず敵ではなさそうだ。そうこうするうちにニアが姿勢を正してアムールに質問をする。


「それで隊長、いかな用事ですか? まだ冬になるまで、私の旅には期限があったと思いますが?」

「それがね~、中原の情勢が慌ただしくなってきたから、グルーザルドも本格的な戦争になりそうなのぉん。アタシも嫌だって言ったんだけど、今回指揮官クラスの人間が足りないからってことで、アタシも無理矢理千人長に戻されてねぇ。それで副官をあてがわれたんだけど、てんで使えない子だったから、アタシの副官を連れてきますってことでここに来たの」

「つまり・・・」

「そう、ニアちゃんをアタシの副官にって話よぉ?」


 ニアが驚きの表情を隠せない。グルーザルド軍を辞めるかどうかの話をしていたところに、突然の昇進の話である。しかも一足飛びに千人長の副官であるから、五百人長と同等の扱いとなる。さしものニアも、予想外の話に戸惑っていた。


「隊長、本気ですか?」

「・・・俺の顔が冗談に見えるか?」


 突然アムールの口調が男のものに戻る。表情は真剣で、まるで戦場にいるかのように目が鋭い。それだけ本気なのだろう。

 ニアもそのことは察したようだ。ニアもまた真剣な表情になる。


「しかし、なぜ私をそこまで?」

「以前からお前には目をつけていた。少し短気なところはあったが、それを差し引いても広い視野、冷静な判断力がある。お前は一戦士で終わる器じゃない。今の獣将達が引退すれば、いずれは彼らにとって代わる器だと俺は思っている」

「でもそんなことは一言も・・・」

「当時のお前にそんなことを言っても、素直に聞いたか?」


 アムールの言葉に、ニアは首を横に振る。


「いえ。きっと聞かなかったでしょう」

「俺もそう思った。だからお前を旅に出したのさ。人間の世界で修行すれば、少しは学ぶこともあるかと思ってな。何か得る物はあったか?」

「はい」


 澱みなく答えたニアに、アムールの瞳が光る。


「ほう、何を?」

「友人を得ました」


 きっぱりとニアが言いきる。その答えに頷いたアムール。


「なるほど。それは何よりだ」

「つきましては、私から隊長にお願いが」

「なんだ?」


 少し上機嫌になったのか、アムールが顎をさすりながら聞いていたが、次のニアの言葉で彼の機嫌は一気に損なわれることになる。


「グルーザルド軍を辞めさせてください」

「何ぃ!?」


 アムールの全身の気が一気に逆立つ。周囲の空気さえ凍てつかせるような凄まじい殺気に、アルフィリース達は思わず一歩下がったが、ニアも余程の決心で言ったのか、彼女だけは青ざめながらも下がることなくその場に佇んでいた。


「この俺がわざわざここまで出向き、しかも貴様の出世まで取りつけてきた。それがそんなに不満か?」

「いえ、隊長のお心遣いは非常にありがたいかと。しかし、私は自分の行くべき道を見つけました」

「それはなんだ!?」


 アムールが爪を出す。その様子にアルフィリース達が武器を抜こうとするが、ニアがいち早く制した。


「俺の納得がいく答えを言ってみろ、ニア! もしつまらん理由なら、今ここで首が飛ぶぞ!?」

「私は旅の中で学びました。戦わされるのではなく、自らの意志で戦いたいと」


 ニアはアムールの殺気に気押されながらも、あくまで冷静に言い放つ。


「私が軍に入ったのはつまらない理由です。家に居づらくなったのを、父と母に憧れて軍に入ったことにした。特にグルーザルドのために尽くしたいとか、強くなりたいとか、少しはあったとしても、決してそれが一番の理由ではなかった。ですが、この旅に置いて様々な経験や感情をこのアルフィリース達を共有するうちに、私にも心から守りたいものができました。私の力はそのために使いたいし、そのためならもっと私は強くなれるでしょう」

「・・・」


 その言葉を聞いた後、アムールはしばらく黙っていたが、やがて爪を引っ込め殺気を収めた。場の緊張感が一気に終息する。


「言うようになったな、ニア。自分の頭で考える事が少ない現在の獣人達において、大したもんだ」

「・・・」

「だが、この短期間で何があった? もう少しお前の話を聞いてみたい」

「アルフィリース、話していいだろうか?」

「・・・しょうがないと思うわ」


 アルフィリース達は出立を一端取りやめ、その場でアムールに黒いローブの魔術師達の事を説明した。その説明をじっと腕を組んで聞いていたアムールだが、全ての話が終わるとゆっくりと口を開く。


「なるほど・・・事情はわかった」

「アムール隊長」

「だが、それならなおさらだな。ニア、やはりお前は一度グルーザルドに戻れ」

「え?」


 その言葉に思わずニアが身を乗り出した。理由がわからず、困惑の色が見える。


「隊長、それでは!?」

「いや、お前の気持ちはわかってる。もはやお前がグルーザルドのために働く気が無い事も、隣の友人達が心配な事も、そのカザスって男の事が心配な事もな」

「な、なっ、ちがっ」


 ニアが顔を真っ赤にし、尻尾が左右に高速で動いている。その様子を見てアムールは意地悪そうに笑った。


「既に事態が俺の想像をはるかに超えている。これは一端ゴーラ爺さんに相談した方がいいだろう。だからお前は一度あの人に話を直接するがいい」

「ゴーラ? 彼はグルーザルドにいるのかい?」


 グウェンドルフが突然意外そうな声を上げたので、全員が彼を見た。


「貴方は?」

「これは失礼をした、獣人の戦士よ。私の名前はグウェンドルフ。君達が5賢者とかつて呼んだ者の一人だ」

「真竜グウェンドルフ! これは失礼をいたしました」


 アムールが地面に膝と拳をつき、臣下の礼を取る。


「知らぬこととはいえ、真竜の長にとんだ御無礼を。若輩者、礼儀知らずの獣人ゆえ、平にご容赦のほどを」

「いや、そのようなことは気にしない。それよりも君とゴーラの関係は?」

「私はゴーラ老の弟子にございます」


 うやうやしくアムールが礼をする。


「貴方様の事も師匠から伺っております。お恥ずかしい話しですが、私はその昔とんだ暴れん坊でして、その性根を叩き直さんとゴーラ老に懲らしめられました。それから師匠より非常に多くの事を学び、現在に至ります。獣将達、また国王であるドライアンも、我が師匠より多くを伝えられた者。私は師匠の言い付けでグルーザルド軍内にて、新しい獣人の才能の芽を発掘し、育て上げるように仰せつかっております」

「なるほど、その内の一人がニアだと」

「その通りにございます」


 アムールがニアの事をチラリと見る。


「だが、ニアを連れ帰るのはそれだけではないのだろう?」

「! これは隠せませんな」

「隊長、どういうことですか?」


 アムールがより深刻な面持ちになった。



続く

次話投稿は5/19(木)12:00です。

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