戦争と平和、その695~統一武術大会、女性部門決勝⑥~
エルシアは間合いを詰められたのを感じると、競技場の端に近づく前にディオーレの死角に回って再び距離を取る。そんなことを二回程繰り返すと、試合の趨勢が変わりつつあることに気付いた者が増え始めた。
「ディオーレ様が相手の攻撃を把握しつつある」
「ああ。受けと見切りがあの方の本領だからな」
アレクサンドリアの騎士たちが冷静に分析する。ディオーレの風船は腹部、背中を除いて全て破損。対するエルシアは一つも破損していない。だがディオーレを脅かすほどの攻撃をエルシアがしているかといえば、最初の一撃以外はそれほどでもないのかもしれない。ディオーレは左目をしっかりと開けて、エルシアの攻撃を観察していた。
「(片目では掴みにくかった間合いも把握できてきた。攻撃の筋はおおよそ17種類。それに複数種類のフェイントを組み合わせて織り交ぜると、その攻撃手段は実に二百近いが――ほぼ全て繰り出し尽くしたか。惜しむらくは手数の多さに比べて、強引な手段が少ないことだな。腹部と背部さえ守っておけば、負けは避けられる)」
戦場ではまた違った結果かもしれないし、刺突剣の先端に毒でも塗られれば脅威しかないだろう。だが今は競技会であることを考えれば、時間制限のある段階でない限り、強引な手段で勝ちを狙いにいける相手――そうディオーレが考えた。
「(天覧試合以前で当たっていればな。成す術もなく私が負けた可能性もあるが、それしか手がないのなら仕留めてしまうぞ?)」
勝ち筋を感じ取ったディオーレの闘気が膨れ上がる。だがエルシアがディオーレの様子を見てふっと笑った。
「大陸最高の騎士様、ちょっと真面目過ぎるんじゃない?」
「?」
「あなた、小さい頃は虐められたクチでしょう?」
ディオーレが思わずカッとなる。確かに兄弟には小突かれることが多かったが、小馬鹿にしたようなエルシアの口調が上の兄たちと同じようで、思わずディオーレは反応してしまう。
強引に前に出たディオーレに対し、エルシアは迎撃すらせず飛び退いた。ディオーレがそのあとを追うが、エルシアはディオーレの元いた場所を見て指した。
「いいの? 落とし物があるけど」
「何っ!?」
突然よそ見をするエルシアにつられ、思わず自分がいた方向に視線をやってしまったディオーレ。その瞬間、ディオーレの背中に走る衝撃。背中にエルシアの木球がぶつかり、背中の風船が破損していたのだ。
「あ、ごめん。反対だった。ちなみに落とし物をしたのは、私よ」
「~~貴様っ!」
エルシアは飛び退く時に、回転をかけた小さな木球を後ろ手のままふわりと投げておいた。それに気づかなかったディオーレが背中を向けると、地面に落ちた木球が弾けてディオーレの背中を撃ったのだ。
その様子を見ていたレイヤーとゲイルが、別の場所で同じことを口にした。
「「うわぁ、いじめっ子だ」」
「いい性格してますね」
「リサがそれを言っちゃう?」
楽しそうに感想を述べたリサに、思わずアルフィリースが横やりをいれた。再度エルシアは構えを取り、今度は真っ向からディオーレを迎え撃つ姿勢を取った。
「あとは腹だけね」
「そう上手く行くと思うな!」
「それが上手くいっちゃうんだなぁ」
ディオーレがはっとして腹部を盾で防御すると、そこに命中する複数の木球。既にエルシアは仕掛け続けていた。ディオーレがまたしても防戦となる展開。
「だが、これだけ守れば命中は不可能だろう?」
「どうかしら?」
エルシアが左手で投げつけた球が、急激にディオーレの目の前で沈む。そして地面に当たると、盾の下をかいくぐるようにして跳ねてくる。
「ぬああ!」
「女性の出す声じゃないわね。もっと優雅になさいな」
エルシアが髪をかき上げるようにして、転がり回って逃げたディオーレを挑発する。それが挑発とわかっていても、ディオーレはぎり、と歯を食いしばらざるをえなかった。
「投擲武器なぞを使っておきながら、どの口で!」
「あら、不細工な武器も使い方では芸術になるわ。まして出し惜しみして負けるなんて、愚の骨頂。剣だけで戦うなんて、誰が決めたの? これは騎士の戦いじゃないわ。平民も参加可能な統一武術大会よ?」
「さすがイェーガー。手段を選ばないのはアルフィリースの影響ということか!?」
「よしてよ。団長ほど汚い手段は使えないわ」
「くっくっく。言いますねぇ」
「・・・絶対悪口よね」
二人の会話を拾っているリサは忍び笑いを漏らしたが、アルフィリースにはその内容まではわからない。ただ何となくよくない内容だろうということは想像できる。
続く
次回投稿は、4/24(土)23:00です。