戦争と平和、その694~統一武術大会、女性部門決勝⑤~
「フウッ!」
エルシアの足音が一段と速度を上げた後、一気に間合いを詰めて攻撃が繰り出された。盾を持つディオーレの基本戦法は、盾で受け止めるか受け流してからの反撃。受け止め切ればディオーレの膂力に勝つことができる女子はほとんどおらず、流して体勢を崩せば一瞬で試合を決める技術を持つ。
だが刺突剣だけは、ディオーレも苦手としていた。受け止めるには細すぎ、受け流すにしても接点が小さすぎる。そしてさらに未経験だったのは、エルシアの攻撃の速度と種類の多さだった。
「なっ――」
エルシアの突きは速度重視ではなく、手数重視だった。まるで戦場に降り注ぐ矢のような攻撃が、ディオーレを襲う。しかも直線の軌道ではなく、曲線を交えて。その攻撃、まさに変幻自在。
「くあっ!」
受け損ねた一撃が、ディオーレの肩の風船を割った。時間制限のない決勝戦では意味のないことだが、どちらが優勢かを示す参考にはなる。また全損すれば、そこから30数える間に敗退が宣告されるのは変わらない。
ディオーレは連撃を読んで反撃しようとしたが、その隙が全く来ない。
「(なんだこの連撃は? 切れ間がないだけでなく、全く読めない!)」
エルシアの攻撃は雨のように降り注いだかと思えば、次の瞬間には蛇のようにのたくって軌道を変えた。嵐の中に舞う無数の木の葉の如き、無尽蔵の軌道。ディオーレの経験をもってしても覚えのない攻撃だった。
観衆が攻勢に大いに盛り上がる。
「いいぞ、姫騎士!」
「やれぇ!」
「大穴だ!」
エルシアの倍率は実に20倍近く。誰もがディオーレの勝利を疑わない中で、少なからずエルシアに賭けた観衆が大騒ぎしていた。
当然、イェーガーの面々も気になっている。
「おいおい、勝っちまうぞ!?」
「マジでか。こんなにエルシア強かったのか?」
「誰かエルシアに賭けたか?」
ロゼッタが確認したが、誰もが首を横に振った。その視界の端に、エアリアルが映る。
「エアリアル大先生よぅ」
「なんだ、その大先生というのは」
「賭け事に関しちゃ大先生だろう?」
「よくわからんが、エルシアに賭けたかどうかのことか?」
「そうだ。また全財産一点賭けか?」
今度は大勢がごくりと唾を飲むが、エアリアルははぁとため息をついて否定した。
「我をなんだと思っている。そこまで博打を何度もしない。今度は確信のない賭けだからな」
「そうか。で、どっちにいくら賭けた?」
「せいぜい財産の五分の一程度だ。エルシアに100万ペンド」
「ひゃ、ひゃくひゃく――百万!?」
「勝ったら二千万・・・うーん」
フローレンシアとラキアを始めとした何人かが気絶した。ターシャは指折り数えながら、頬をつねっている。
エアリアルはそれを見ながら、しょうのないものを見たかのようにため息をついた。
「だから、確信があるわけではないのだ。結果が出るまで目を回すのは早い」
「そ、それでもよぅ。勝ったら一生豪華に遊んで暮らせるじゃねーか!」
「馬鹿め。金は有意義なことに使うから価値があるのだ。貯め込んだり、遊びに散在して意味があるものか」
「わっかんねー! じゃあ何に使うってんだよ? 破産する胴元を見て喜ぶのかぁ?」
「それはまだ秘密だが――エメラルド。試合の趨勢をどう見る?」
同じ刺突剣の使い手として、エメラルドに意見を求めるエアリアル。そのエメラルドはやや興奮気味にエルシアの試合を応援していた。
「エルシア、優勢!」
「まだその程度か。あそこまでディオーレの反撃を封じるエルシアの特徴はなんなのだ?」
「ふぇいんと! 1つの動きに、3つの幻惑。かた、ひじ、ひざ、反対のうで。ぜんぶ、ばらばらに動かして幻惑する!」
「その出所をわかりにくくするための直垂か。なるほどな」
掴まれれば不利かとも思った直垂も、どうやらエルシアの攻撃には一役かっているようだ。手数と幻惑、そして最初に視界を半分潰されたディオーレ。そう簡単に反撃には出られまいとエアリアルは想像する。
だがそのままではいないからこそ、ディオーレは大陸最高の女騎士と呼ばれる。じり、じりと被弾覚悟でエルシアとの間合いを詰めていた。
続く
次回投稿は、4/22(木)23:00です。