戦争と平和、その692~統一武術大会、女性部門決勝③~
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段上に上がってくるエルシアをディオーレが待ち受けていると、そこにはまずユーティが昇って来た。だが観衆はざわめきながらも目を見張り、何事が起きているのかを理解できないでいた。
それはミランダも同じ。統一武術大会決勝の審判を務めるにあたり、どんな不測の事態にも対応すべく相当の覚悟で臨んでいたはずなのに、一瞬目を奪われ理解が追いつかなかった。
なぜならそこにいたのは、人間の成人の姿になったユーティだったからだ。上位精霊と見まがうくらいの気品あるいでたちと、妖精の時よりもさらに薄絹で魅せる艶やかな肢体。その美しさに、誰もが見惚れていた。
そのユーティが踊り子のようにふわりと絹を舞わせ、踊るように軽妙な舞を見せ、地に膝まずいて段上に登るエルシアを迎えた。観衆の視線がはっと映ると、そこにはユーティ以上の美姫が出現していたのだ。
息を飲んだのは観衆だけではなく、当のアルフィリースもだった。
「うわぁ・・・想像以上」
「アルフィ? センサーだけでは詳細がわからないのですが、何が起きたのです?」
「そこまでやれって、誰も言ってないし」
「だから、アルフィ?」
リサの疑問に答える余裕は、アルフィリースにはなかった。階段を上がりながらローブを脱ぎ捨て、姿を現したのはエルシア本人だったのは当然だが、誰もがその姿をエルシアとは認識できなかった。
いつものやや癖がかったくすんだ金髪は流れるように輝き、そばかすの目立つ顔も化粧のせいかほのかに赤みがかった玉のような肌へと変わっていた。青を基調としたプールポワンの上につける白銀の鎧は女性的なスタイルを強調し、下半身は膝丈のドレスに白のタイツとブーツという姿だった。いつもの少年のような恰好のエルシアとは、似ても似つかぬ姿。
戦闘用ではある。だがそのまま社交場にいてもおかしくなさそうな格好に、会場の誰かが呟き始めた。
「・・・姫騎士」
「姫騎士?」
「そうだ、姫騎士だ」
「姫騎士エルシア!」
会場のざわめきが熱狂に変わりつつあるなか、ユーティの手を取る姿はまさに貴婦人に対する騎士の様だった。
会場の反応に、ユーティはニヤニヤしながらエルシアと入れ替わりに段上から降りる。
「気張んなさい。人生の分岐点よ?」
「わかっているわ。降ってきた好機よ、必ずものにしてみせる」
観衆の熱狂にも浮かれることなく、集中するエルシア。言うまでもなかったか、とユーティは手を振りながら段上を去った。そしてエルシアはディオーレの方を見もせずに、会場に備え付けてある武器を取りに向かった。
「・・・はっ?」
「目を奪われるとはこのことだな。昨日までとは別人だ」
ミランダとディオーレは呆然とエルシアの様子を見守っていたが、ようやく我に返った。
「それもそうだけど、ユーティが・・・」
「一瞬上位精霊かとも思ったが、気配が違うから幻夢の実だろう。妖精にも効果があるものなのだな。今度ピグノムにも食べさせてみるか」
「それより貴女が食べてみたら?」
「経験済みだ」
ディオーレの言葉にミランダが目を丸くした。その反応に、ディオーレが気まずそうにミランダを睨んだ。
「なんだ、おかしいか?」
「いえ、結構お茶目なのかしらと思って」
「百年以上前の話だ。成長しない体になってしまうと、成人の姿に憧れることもあった」
「結果は?」
「聞くな」
ディオーレがむっとしたので、ミランダはくすりと笑ってしまった。大陸最高の女騎士も、悩める人間だったようだ。
「うーん、そっか。不老者も姿が若いとそういう悩みになるのか」
「何を知ったかのように。大司教殿も、十分若いではないか」
「さて、どうでしょう?」
ミランダがはぐらかしていると、さらに歓声が上がった。エルシアが鎧とドレスを脱ぎ捨てると、下半身は短いスカートに白のタイツとブーツになったからだ。
ミランダは口笛を吹き、ディオーレは渋い顔をした。だが左腰に短剣を、右手に刺突剣を持ったエルシアが軽く素振りをしただけで、ディオーレの表情が俄に引き締まった。
「・・・できる」
「ディオーレ、準備は?」
「ああ、今する」
エルシアの準備が終了する頃ディオーレが自分の準備を行ったが、一瞬で準備は終わりエルシアと共に引き返してきた。式典用の鎧を外し、襟元を一つ開け、剣と丸盾を手に戻る。わずか10数える程度の早業に、会場にいた騎士たちが感嘆した。
「――早い」
「さすが戦場の女神と呼ばれるだけのことはある」
「常在戦場か。誰よりも苛烈な女騎士、いや、騎士の中の騎士だな」
100年以上騎士であるディオーレにとっては、朝の支度と同じくらい慣れた所作なので当然のこと。だがエルシアはその動作にも見向きはせず、ミランダの前で向かい合った時に初めてディオーレを正面から見据えていた。
続く
次回投稿は、4/18(日)23:00です。